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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第六部:蛇足なゼンザ
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第一章 キエル消えるイタミ1

 無音、暗闇。不安定な足場は、少しの頼りにもならない。

 視覚は使い物にならないから、目を閉じて集中力を上げるほうを優先する。

 手にしている銃の重みと、勘だけが頼りだ。


「なぁ、エンド。提案一、なんだけど」


 言いながら、発砲。はじかれたことによる金属音が遠くから聞こえた。

 だからと言って、油断なんかしない。

 頭上に振り下ろされた刀を銃身で受け止め、右手にあるもう一丁の銃で撃つ。

 気配が一瞬で遠ざかる。まぁ、当たらないよな。当たったら当たったらで驚きだけど、やはり悔しい。俺はまだまだ、こいつの足元にも及ばない。


「神様が寿命で死ぬって言うなら――エネルギーをあげればなんとかなるんじゃないのか? 具体的には、想片を集めて、何らかの方法で供給すれば」

「無理だ」


 背後から聞こえた声に向けて、振り向かずに発砲。気配の主はあっさりと避けて言葉を続ける。


「否理師は自らの心のエネルギーの流れを操作して、効率よく消費させることで寿命を延ばしている。これは最初にも教えたことだが、それが可能であるのは自身のエネルギーだからだ。自身にあるうちは操作が可能だが、体外から出した場――想片の形となってしまったものはすでに別物であり、再び自身に戻すことはできない。治癒の術もエネルギーの循環の流れを操作しているだけで、注ぎ込んでいるわけではない。神も同じだ」


 下からの突き――上体を逸らすことですれすれのところでかわす。

 そのまま右足を蹴りあげて刀をはじこうとしたが、一瞬早くエンドは大きく距離を置いている。

 エンドのスタイルだ。

 距離を置いて、わずかな隙を狙い懐に入り込む。失敗してもそのまま居座ることはしない。また距離を置き、相手の隙をうかがう。

 ほんの少しでも気を散らせば、ひやりとした刀の感触を肌で味わうことになる。


「神は――人と同じだって言う前提で考えたらいいのか?」

「馬鹿を言うな、神が人間と同じなわけないだろう」 


 ……さっき、お前がそう言わなかったか?


「この世界のルールを作ったのは神だ。神だけが何の力も使わずに、ルールを自由に作り、変えることができる。そして神は自身さえもルールで縛っている」

「……どういうことだ?」


 放った弾丸はまっすぐエンドに向かったが華麗な一太刀で切り伏せられる。そして――すっと、俺の目の前に。

 両手にある銃を交差し、とっさに構えたが――


「人ごときに、神の意志は分からない」


 鋭き一閃。

 鉄の塊が切り伏せられ、二丁の銃口は真っ二つに裂かれた。

 ゴミになったそれらを投げつけるが、目を逸らさせることもできない。手に巻かれていた想片で再度銃を精製、突きつけるが――――

 それよりも、俺の喉元に切っ先が当たる方が早い。


「――まいった」

「うん。今日はここまでだな。もう解いていいぞ」


 小さくため息を吐いて、額に浮かぶ汗を拭く。


『もう終わり――』


 呟くと、黒い空間はみるみるうちに収縮していく。疲れ切って、屋根の上に腰を下ろした。

 目を開くと月の輝きが見える。ちらちら瞬く星が目に入る。

 刀を消したエンドが、腕組みをして値定めするように俺を見ている。


「結界を保持したままの戦闘。五感をほぼ抑制された状態での、反射速度。まぁまぁといったところだ、悪くない」

「そりゃどうも」


 あまり嬉しくないがな。

 勘に頼りきって、俺自身が強くなっている感じは全くしないし、《終末》に対する糸口だって見つかっていない。

 俺の焦りを感じ取ったのか、エンドが笑う。


「そう苛立つな。君の成長速度は驚嘆に値する。何度も言ってるだろう?」

「でも、エンド。あと二年と少しだ」

「そうだ。でも、前からわかっていたことだろう? 時は変わらないよ、在須。私は無駄に希望を振りかざしたくないから励ましてやるようなことはできないが、君が今を生きていることを忘れるなよ」

「……」

「たとえ二年と少しで世界が終わっても、終わらなくても、高校二年生という君の時間は今しかないんだ。いついかなる状況でも、今を忘れてはいけない」


 幼い面立ちに浮かべる、すこしぞくりとする笑み。

 長い時を生きてきた、老獪な魔女の笑み。


「……わかってるよ」

「よろしい。じゃあ、そろそろ……っ、在須! その腕!!」

「え?」


 腕?

 ちらりと見ると、ぽたりぽたりと赤い血が垂れている。

 暗いから全く気付かなかった。


「たぶん、さっき拳銃が割れた時に破片がふれたりなんかして切ったんだろう。これぐらいだったら、すぐに治る」


 腕にぐるぐると赤い包帯――想片――を巻きつける。


「じゃあ、帰ろ」

「待て、在須。なぜさっさと治癒の術を使わない」


 ……やっぱり、ばれるか。


「もったいないからな。この程度の怪我でちまちま使ってたら、いざという時に想片が足りなくなる。平気だよ、平気平気」


 あ、でも明日は兄貴のところに行くんだった・

 ……それまでには治しておくか。


「在須、何度も言っているが」

「否理師は自身の限界を知っていることも重要だ、だろ。わかってるって、これくらい大丈夫だ」


 エンドは不満そうな顔をしている。

 本当に心配性な奴だ。


「大丈夫だ」


 エンドを宥めるように俺は言葉を繰り返した。


「これくらい平気だよ」


 もう慣れた。

 痛まないこと、ただ血だけが流れていくことに。


「俺のことは俺が一番わかっている」


 そもそも痛みとはどんな感覚だったのか。

 もう――思い出せない。


「そう言えば、エンド。さっきの話で分からないことがあったんだが」


 話をそらすようになってしまった俺の言葉に、エンドはまだ不満げだったが、黙ったまま目で先を促した。


「えっと、な。神様が自身をルールで縛っていてそのせいで救えないんだったら、その縛っているルールを破ってもらえばいいんじゃないのか? 神が人と違うって言うのは、自分の意思でルールをどうこうできるっていう点にあるならば」

「……確かにその通りだ。本来ルールは神にとって何の縛りにもならない。そのルールを消してもらう、もしくは都合がよいルールを作ってもらえば手っ取り早い話だな」


 エンドは渋い顔をしたまま、呻くように言う。


「神にとって自身の寿命をのばすことが救いであれば、こんなことにはなってない」

「――神様は、死にたがってるってことか?」


 エンドは答えなかった。

 ただ憂いがこもった瞳で俺を見た。

 疲れ果てたように、小さく笑って。


「さぁな……」


 ただそれだけの言葉に、何かを込めて、吐き出した。



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