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魔女が詠う絶対終末  作者: 此渓和
第一部:ウソで創られた《今》 
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四章 チガウ夢のスガタ1

 何かうるさい。耳につくやかましい音楽の源を探そうと、ぼんやりとした視界で辺りを見回した。瞬間、今の自分が置かれてる状況に気づく。


「えっと……」


 何がどうなって、俺は廊下に寝転がってんだ? 唄華じゃあるまいし。

 うつ伏せの状態から体を起こそうとして、「ぐおっ!」と突然走った痛みに悲鳴をあげた。身もだえながら、自分の両手両足が何か縄のようなもので縛り付けられていることに気づく。両手を後ろ手で拘束されてているのに無理に起き上がろうとしたためか、背中の筋を痛めでもしたのだろう。


 途端、蘇る記憶。


「……あの野郎」


 縄はかなりきつく結ばれているようでとてもほどけそうにない。仕方なく、変な体勢で寝かされていたせいか軋む体を気にしながらも、壁を使い、体を揺することで何とか向きを変えて移動し、うつ伏せの状態のまま玄関を確認する。

 やはり、あいつのピンクのスニーカーは無い。

 時間も確認したかったが、この格好ではこれ以上の移動は少し厳しい。


 でも、このまま何もせず時が経つのを待つ気はさらさらなかった。

 やっと決めたのだ。もう迷うつもりはない。俺は俺のやり方で、鈴璃への贖罪を果たす。

 だから、今からすぐにでも、エンドを追いかけなければいけないのに。

 歯痒い思いで、玄関を睨み付けたとき。


 ピンポーン。


 途端、この場の状況にそぐわない、やたらのんきな電子音が響いた。

 こんな遅くに、一体誰が……?


「深漸くーん。いるのはわかってるんだよ。おとなしくこのドアを開けなさい。そして、私の可愛いケータイを返しなさい」


 ドア越しに聞こえる、聞き慣れた女子の声。


 ……わかってしまうのが悲しい。


 間違うことなく、家まで送り届けたはずの唄華の声だった。叫んでいる内容からすると忘れていったケータイを取りに帰ってきたようだ。

 そうか、少し前にうるさく鳴って、俺を起こしたのはあいつのケータイだったのかと一人納得する。


「……ん? 何で開けてくれないの。何で返事もしないの。居留守使っても無駄なんだよ。……はっ! もしかして、そんなに私のことが嫌いだったの? 顔も見たくないとか、そんな、酷い……」


「……」


 一体何が言いたいんだろう、こいつ。このタイミングで人が来るなんて本当は幸運なことなんだろうけど……神さま、どうしてこいつ何ですか?

 唄華の声のトーンが徐々に下がっていくにつれて、俺も自分の幸運を呪う。

 うわー、放置しときたい。触れたくない。でもこのまま何時間も放置されるのはたまったもんじゃないよな……。

 苦渋の決断だが、エンドを追おうと思うなら一秒も時間を無駄にできない。


「えっと……唄華、ちょうどいいところに来てくれた。実はな」


 ピンポーン。


「……へ?」


 ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。「おい」ピンポー。ピンポー。ピンポー。ピンポー。「ちょっと待て、唄華」ピンポ、ピンポ、ピンポ、ピンポ「唄華!」ピンポ、ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポ。


「開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて」


「怖ーよ! いい加減にしろ! 脳みそが音でおかしくなるじゃねーか!」


「深漸くん! やっぱりいるじゃん。何で開けてくれないんだよぅ」


「うるせぇ、こっちはそんなことできる状況じゃねぇんだよ! お前の茶番なんかに付き合ってられるか!」


 喉が痛くなるほど全力で怒鳴り返すと、ガチャガチャ、と小さな音が聞こえ、鍵がかけられていたはずのドアがキィと開いた。


「……え」


 呆然とするが、唄華は少し怒った顔で平然と玄関にあがってくる。


「茶番って何よ。私は真面目に言ってるのに……って、うおっ! 深漸くんがSMプレイ! どうもすいませんでしたっ」


 俺を見た瞬間、唄華は早口でそうまくし上げ勢いよくバンッとドアを閉めた。慌てて俺は引き留める。


「ちょっと待て、唄華。これには理由が……、とにかく話を聞け!」


 唄華はドアの隙間から、ジーっと何か言いたげな視線を向けながらもそろそろと玄関に入って来て、俺を見下ろす形で言った。


「何ですか?」


「……いや、先に俺から質問していいか? お前、どうやって入ってきた」


「ピッキングだよ。深漸くんにはまだ言ってなかったけど、小二の時アニメで怪盗がこれしてるのを見てから、一時期鍵穴を見つけたら手当たり次第針金を突っ込んで遊ぶのがブームになって、今じゃ大抵の鍵は開けられるようになったの」


 と、唄華は自慢するわけでもなく、当然というふうに言う。つくづく規格外なやつだった。


「……そうか、道を踏み外さないことだけ俺は祈ってるよ」


「んじゃあ、次は深漸くんの番。一体どうして、こんな哀れで惨めで、とってもおもしろそうなことになってるの?」


「おもしろいことって、人の不幸を笑いやがって……」


 この時、俺は事の顛末を唄華に話す気はさらさらなかった。この状況を説明するためには、鈴璃の真実にどうやっても触れる必要がある。

 信じてもらえないからとかではない。むしろ唄華は、信じるとか関係なく嬉々として首を突っ込んでくるだろう。


 この、平凡を嫌う彼女は。


 しかし、これは俺の戦いだ。勝手に罪悪感を感じて、自己中心的に贖罪をしようとしている。

 あんな、得体の知れない何かに巻き込むわけにはいかない。

 はぐらかしたり、適当な嘘をつくこともこの一瞬で色々考えたが、こんな日常ではまずありえないこの状況を唄華に誤魔化せられる自信はなかった。

 だから、


「唄華、話は後でしっかりしてやるから、今はこの縄を早くほどいてくれ」


 平気で嘘をついた。ほどいてもらったら、脱兎として逃げるつもりだった。


「最低……」


 唄華は、ぽつりと呟いた。(まなじり)を下げて、どこか悲しげに。

 唄華は縄をほどくわけでもなく、ただ静かに俺の前にしゃがみこんた。俺の顔を覗き込むようにして、不満げに言った。


「嘘つきは嫌いだよ」


 俺は言葉につまる。


「お前……また読心術なんか使って……」


「ううん、そんなもの使わなくてもわかる。すぐ顔に出るんだから。深漸くんは、深漸くんが思ってるよりも真面目で素直で……優しいんだもん。私は、知ってる」


 普段の唄華なら、俺の言葉が嘘だとわかっていても何も言わなかっただろう。相手の領域に必要以上に踏み込まないやつなのに……。俺は動揺してしまう。その、言葉にも。


「私だけじゃなくて、楽士くんも留伊くんも、カラオケに来てたみんなが心配してた。『なんかこいつ様子がおかしい』って。だから、私が代表でここに来たんだよ」


 唄華が俺の家に無理矢理押し掛けてきた理由を聞いて、俺は目を見開く。

 何だよ、それ。俺は、誰にも頼らないように。自分のモノだから誰にも関わらせてはいけないと思って。心配させてはいけないと。

 鈴璃の事故で俺が落ち込んだせいで周りを心配させてしまったことが、もう二度とないようにしようと思っていたのに。

 なのに、気づかないうちにみんなにまた気遣われていた。黙っているぶんだけ、余計に。


 じゃあ、俺は、一体どうすればいいんだ。


「話しちゃいなよ、私に」


 唄華は慈愛に満ちた笑顔で言う。


「全部背負うことはないよ。って言うか、深漸くんみたいに何でもかんでも背負い込んでる方が珍しいと思う。何でもかんでも背負って、他人と距離おかないで。心配させてよ。手伝わせてよ。人は一人で生きれるほど強くできてないんだから、だからこそみんながいるんでしょ?」


 その言葉に、俺は揺らぐ。抱えてきたものを、これから抱えようとしていたものに戸惑う。


「どんなものでも、私は受け止めるから」


 まるで聖母のような微笑み。キズに触れてくる温かな言葉に、胸がいっぱいになるのを感じながらも、それを拒絶すべく声を振り絞る。


「で、でも、お前を巻き込むわけには……」


 最後の足掻きもいいところだった。俺の孤独な決意はもう折れかけていたが、ただ信じられなくて口にした言葉だった。

 しかし唄華はその言葉を聞くと、途端、女神のようだった笑顔を、ニィッと猫の笑みのように歪めた。


「そう、まだ話さないつもりなんだ……」


「…………えっ?」


 さっきまでの雰囲気をあっさり投げ捨てて、心底楽しそうな笑みを浮かべる唄華。


「深漸くん、馬鹿だねぇ。深漸くんの自由が奪われている今、生存権は私が握っていると言うのに」


「う、唄華さん……?」


「ふふふ」


 青ざめる俺に、唄華は両手を猫のように構えて、指をわしゃわしゃと動かす。


「さぁ、――――拷問の時間ですよ?」


「う……ぎゃあああああああ!」


 非日常を愛するいつもの彼女の姿が、そこにあった。


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