レイの気持ち、リエナの決意。
Side Ray. ~レイ・サイド~
あのダンスパーティから三日後。
あの山賊たちは俺や村人が監視しながら畑を耕す手伝いや、家の補強など、集落の復興に力をいれさせた。これがなかなかの戦力で、たった三日の間に集落は見違えるように活気を取り戻した。(とはいえ、地図にも載らない集落の活気など高が知れているが)ちなみに、ヤツらは仲間意識が強いらしく――それはセラフィに打ち抜かれた山賊が逃げずに俺らを攻撃してきたことからも明らかだが、一人の仲間をこちらで捕縛しておけば、暴走することはなく、監視は存外楽だった。
この三日間、俺たちパーティ“アカシア”はこの集落の復興に全力を注ぎ、村人たちにも非常に感謝された。俺たちとしては乗りかかった船、これくらいは普通だったのだが、あちらとしてはそうでもなかったらしい。ありえないくらい感謝された。どれくらい感謝されたかって言うと…。
「だから、是非あんたらパーティの名前を集落の名前にしたいんだ」
「そうだ、俺たちはあんたらに感謝してる。この集落もこれから先、なんか特産品でも考えて名を挙げてみせるっ」
「そしたら、あんたらの名声も上がるぞ! 俺たちが有名になって、あんたらがすごいパーティになる手伝いをしてやるっ!!」
と、何人もの男共に迫られるくらいだ。
………………正直、ひっじょーに鬱陶しいっ!!
別に俺らは名声なんて求めてねぇよ! つか、んな簡単に特産品なんか考え付いたら、王都付近にあるこの集落がここまで落ちぶれるハズがねぇんだ。ありえんだろう、こっからなら王都は、歩いても二時間程度の距離だぞ? それにおそらく、規則やら税やらがめんどくせぇ王都より気楽な上、集落単位で馬でも飼育しとけば王都へ出稼ぎに行くのも簡単だ。なかなかに好条件の集落なんだが…。
いや、王都が繁栄しているというのに、ここまで近くに集落など不要だったということか? それなら、なんでそこまでこの集落が好きな者が少なくとも十五人以上集まるのかは不明だが。
まっ、どちらにしても俺には関係ない。集落の名前だって、勝手に決めりゃあそれでいい。俺たちだって、花の名前を拝借しているのだから。
「ん、まぁ勝手に使え。名声とか興味ねぇけど、それであんたらの気が済むなら。……ついでに言うと、俺に関してはあの日のダンスパーティだけで充分な報酬だって考えてんだから、これ以上なにもしなくていいぞ」
正直、コイツらなら“感謝”と言ってこちらとしては迷惑なことを提案してくるに違いない。んなめんどくさくなりそうな芽は、早めに摘んでおくのが吉だろう。
俺たちの使う宿屋の一階、そんな密閉された空間で、密かにそう思った。
「なんとっ! あんなダンスパーティだけでそこまで満足してもらえるとは!!」
「もうあんたらは神かっ!! いや、神と呼ばせていただけると光栄でありますぅぅ!!!」
…………俺には、このテンションはついていけないよ…。
それと、“アカシア”の花言葉が『友情』と『秘めた恋』だと知ったら、こいつらはどう思うだろうか? ……ちょっと、おもしろいかもしれない。
そう思っていると、左手の方にいたハルから話しかけられる。他にも、ここにはリエナ以外のメンバーが勢ぞろいだ。
「レイ、ダンスパーティで満足って、そこまで楽しかった? まあ僕も、ルナールちゃんと踊れたから満足だけどっ」
「いやいや、僕が思うにダンスパーティが楽しかったんじゃなくて、二人でデレタイムを満喫できたのが楽しかったんだろ?」
「そうだね。せっかくわたしも演出にまほうをつかったんだから、それくらいじゃないと」
とりあえず三バカは今日十回ほど転べ! そして地味にケガしろ!! 治療してやんねぇからな!!!
「祈りが地味だけど、案外つらいっ?! そして僕は結構とばっちりな気がするっ!!」
「だいたい、僕はそんなに転ばないっ!」
「ちりょうしてもらわなくても、わたしは自分でできる。まほうがあるから」
「…………俺の心を読むなぁぁ!!」
「「「口に出してたっ!!」」」
……………………つ、疲れる。やはり、こいつらの相手は非常に疲れる。俺にとっては、こいつらが面倒事の象徴だよ…。
「はぁ、もうなんでもいい。集落の名前、アカシアに決定。それで終了。俺たちがここに残る理由もほとんどねぇし、山賊については処遇は任せる。王都に突き出すなりここに住まわせるなり、好きにしな。俺らはそろそろ、依頼の遂行に戻らねぇとな」
「ほえ? 依頼ってなんだっけ? あたしたちって、特に大きな目的もなくのんびりと旅してただけじゃ…」
「ねぇよボケっ! セラフィ、お前はいつの間にそんなボケた!? お前まで俺の心労を溜め込ませるつもりかコノヤロー!!」
言いながら、でこぴんを一発。
「いだぁ!! レイっ、なにすんのよ!!」
「ジュリーの護衛依頼受けてんだろうが!! 報酬を受け取る以上、依頼はしっかりこなさなきゃダメだろ!!」
「あっ……忘れてた。でっ、でも、最近、あの惚れ薬の事件とか山賊の事件とかいろいろあったから、忘れちゃうのもしょうがないのよ!! うん、しょうがないわ、絶対!!!」
「開き直るなボケ! 一応依頼人にも聞かれてんだぞ、今頃呆れら、れ……?!」
ん? なんか、ジュリーの表情が呆れというよりは…。
「なぁハル、僕も忘れてたんだが、やっぱり黙ってた方がいいかな?」
「う、うん。そうだね。レイ、また怒るかも…っ」
…………………いえ、怒るというよりは呆れます。
怒る気にもなれねぇ。依頼人が依頼したこと忘れてどうするよ? 普通に一緒に旅を楽しんでいるだけだとでも思ったか?
確かに、ジュリーは俺たちにかなり馴染んだ。それでも悲しいことにあいつは王族。そのまま俺たちの仲間にしてやることは叶わないのだ。少しは、王族としての自覚を持って欲しいものだ。
いや、十一歳の子供にそこまで求めるのは、酷な話かもしれねぇけど。
まぁなんにせよ、俺は依頼を遂行するだけだ。その先の問題については、ヤツの知り合い……いや、仲間として、首をつっこみたくなりゃあそうするだけだ。
「さっ、じゃあ俺たちは王都に行く準備がしたい。だから、集落のヤツらはとりあえず戻ってくれ。まだ、復興作業も終わったわけじゃねぇし、手伝ってやりな」
声をかけ、出て行った集落の男共三人を見送ったのち、備え付けのソファにどっかりと座り込んで、一つ、大きく息を吐き出す。全身の力を抜き、軽くリラックスだ。うん、悪くない。
俺は大抵の必要なモノを懐に収納出来るため、出発の準備をする必要がほとんどないのだ。それを分かっている皆は、それぞれの荷物を纏めに行く。………いや、行こうとしたところで、バンッと扉が荒々しく開けられ、そちらに目を向けた。
扉の前に立つ深緑の髪を持つ女性。…………えーと、リエナ? なんか嫌な予感すんだけど。
「レイっ! 一つ、話があります!!」
あぁ、やっぱり…。
俺は、かなり力のこもった鋭い視線を背中に突き刺されながら、リエナに引っ張られて宿屋から出ることとなった。言わずもがな、視線を突き刺してきたのはセラフィだ。一応、補足しておく。
「んで、話って? 既成事実とか言い出すんなら、お断りだぞ? 逃げるからな」
集落の端。周りには誰もいない………しかも狭い路地裏に呼び出され、困惑しているのを押し隠すように、いつも通り冗談まじりに話しかけてみた。
「………レイ、大事な話なんです。真剣に、聞いてくださいね」
珍しい。いつに無く、リエナが真剣だ。………そうか、俺も真剣にいこう。
「おう、分かった。じゃあもう一度訊く。俺をこんなところに呼び出して、何の用だ?」
「あの、レイは………レイは、私がどれほど好きと言っても、セラのことが好きなんでしょうか?」
…………おーっと? そんな感じの話? 自身が魔物であることに関して、もっと重要な何かを相談してくるかと思った。動揺するじゃねぇかよ。
いや、こちらの方が、答えやすいかもしれんけど。なんせ、何を言われようと答えは決まってる。
「リエナ、一つ、俺の話を聞いてくれ」
「話、ですか?」
困惑しているようだ。まぁ、確かにYesかNoで済む話だったのに、新しく話を始めようとされたら困るだろうな。
だけど、構わない。今から告げるのは、俺の気持ちだから。
「実は俺って、孤児だったりするんだ。九歳の頃、親に捨てられてな」
「え、じゃ、じゃあ、レイはその時から自立して…?」
「いやいや、んなワケねぇだろ。俺の場合は結構特殊な事情があってな、施設に預けられ、そこの責任者が俺を見て何を思ったか弟子にしてきたんだ。だから、保護者であり、師匠である人物は確かにいた。……まぁ、十四歳になってからは自立してるけど」
なにか悲しそうな顔でこちらを見てくる。俺を拾ってくれた師匠でさえも、十四歳になる時に亡くなってしまったことを悟ったのだろう。
他人の不幸話で、自分も一緒に悲しむ。リエナは、やっぱり優しいヤツだ。
「それから三年間、生きるのに必死だった俺は、ちょっと前、どっかのへたれたお荷物を拾った」
とはいえそのまましんみりしたって意味ない。ここで一つ、冗談をかまし、リエナの控えめな微笑を見たところで、話を続ける。
「そのヘタレは俺にたくさんの面倒事を運び、ワイバーンの討伐やらもさせられたな。んで、その後も巻き込まれるのは勘弁! ってことで、ハルと別れようとしたところで、俺はギルドマスターに一つの依頼を頼まれた」
「依頼、ですか?」
そう、依頼。その依頼のおかげで、俺は彼女に出会った。
「ああ。その依頼は、とある名家のお嬢様が迷子になった、探し出せ、っていうめんどくせぇミッションだったワケだ。普段はそんなめんどくせぇ依頼なんて受けねぇ。だが、俺には労働条件最高のお荷物がいた。既に飛龍討伐の件でヤツに恩を売っていた俺は、とりあえずヘタレを相棒として存分に利用させてもらうことにしたんだ」
「利用………あんまりいい響きじゃありませんね」
まぁ、確かに。そこは認めよう。ただ、その時の俺にとって、ハルはそんなヤツだった。
「ははっ、だけど………今じゃ良い相棒だ。あいつがいるから、俺たちのパーティは笑っていられる。あいつのへたれた笑みが、皆に安心をくれてると思って………いや、今はハルの話じゃねぇな。話を元に戻そう」
なんか脱線して結構恥ずかしいことを言っちまった気がする。これから、セラフィについても言わなきゃならんのに。
「とある名家のお嬢様、それが迷子となっているため、探す依頼だった。俺はハルを伴い、とりあえず街道沿いに歩いていたんだが……そこで、ちょっと運命的な出会いを果たした」
「運命的? セラとの出会い、そんなにロマンチックだったんですかぁ?」
「ふふっ、そうかもな。ヤツは、俺にたくさんのプレゼントをくれたよ。例えば、最初の出会いでは後ろにたくさんの魔獣を引きつれ、逃げながらのものだった。素敵な魔獣プレゼントだな」
「う、運命的……でしょうか?」
「しかもっ! 助けてやったら逆に怒鳴られるときた! その迷子のお嬢様は、とんだじゃじゃ馬だったんだ」
そう、俺のセラフィに対する初期イメージはそんな感じ。少なくとも、プラスイメージでは断じてない。それでも、放っておけなかったのは俺の幸運か…。
「だけどな、迷子のお嬢様には、怒ってでも逃げなきゃならない事情があったのさ。なぜなら、そいつは親に捨てられ、奴隷にさせられるとこだったんだから」
「親に………って、それって…!」
「ああ、俺と同じ……いや、奴隷にさせられそうになったって点では、さらに悪い境遇でな。なんか、放っておけなかった。彼女に、親に絶望した俺の過去を重ねたのかもしれないな。でも、ストレスが溜まる現象であったことに変わりない。セラフィの親は全力で脅して、ヤツの過去の犯罪歴を利用して牢にぶち込んでやったよ」
「ふふっ、なかなか黒くておもしろいことしますね」
…………黒くておもしろいって…。リエナも、なかなか腹黒な性格に仕上がっているらしい。
「でな、そん時に助けた彼女だが……容姿は俺のドストライク、そして性格は俺にとって超最悪だった。正直、関わり合いになりたくない人種だったよ」
「あれ……でも、セラのことですよね? それじゃあセラのことは好きじゃないんじゃ…」
「ああ。だけど、その時は、って限定だ。まあ、話の続きを聞けよ。…………俺たちはセラフィを助け、身寄りのないセラフィが生活していけないのは俺にとっても後味がわりぃし、一緒に旅することになった。その中でも俺とセラフィは今と同じようにケンカや言い争いが絶えなくてな? 正直、非常に鬱陶しくて、早く離れたいって思ってた」
でも、それは俺の思い込み。あいつに惚れたことを俺が認めたくないだけの、最後の抵抗だ。実際はその時から、彼女のことが好きだったんだろう。
「ところが、だ。何度も何度も言い争いを続け、ルナールを仲間に入れ、旅を続けても言い争いを続けている内に思った。…………あいつとの言い争いは、楽しい」
「楽しい…? 言い争いや、ケンカが、ですか?」
「そう、楽しいんだ。言いたいことを言い合って、怒鳴りたいことを怒鳴り合って、ストレスは溜まらないし、なんか新しい繋がりが出来たみたいで、嬉しかった。こんな風に気兼ねなく、自然体でいられるヤツと、ずっと一緒にいたいと思った」
「ずっと、一緒に…」
なにか考え込むように、言葉を咀嚼し、俯くリエナ。
しかし、別に考え込ませるところでもないので、話を続ける。
「その時だ、俺がセラフィのコトを好きだって自覚したのは。どんなに綺麗な女性を見ても、どんなに優しい女性と会っても、関係ない。俺はセラフィが好きだ。一緒にいると、安心するんだ。……俺にとって、あいつ以外は考えられないんだよ」
………うわっ、こんな恥ずかしいこと、よく言うな、俺。本人には絶対に言えない。
「だから……俺はリエナが期待するような行動は取れないし、期待させるのは悪いと思ってる。…………この際はっきり言おうか。俺がリエナを異性として好きになることはない。悪いが、絶対だ」
俺は、嫌なヤツだな。こんなにはっきり言って、傷つけて。期待させるよりはマシだと思ったが、それでもやはりもっと言い方ってもんがあったかもしれない。
でも……俺にはこの答えしかない。なら、こう言うしかないじゃないか。恋愛とか、そういうことについて、俺にはよく分からない。相手の気持ちを尊重するべきだ、とも思う。それでも俺はセラフィのコトが好きで、その気持ちを尊重したいから。そんなのは俺自身のエゴでしかないけど。俺はこの気持ちを貫き通したい。そう、思った。
「そう……ですか。………いえ、かえってすっきりしました。いつまでも微妙な態度だったら、私も諦めきれませんから。……………だからァ! アタシは諦めるっ! てめぇのことなんざ、もう知るかっ!! 今すぐとは言わないけど、さっさとセラを安心させてやれクソヤロォ!!」
…………。
そう言うなら、そんな悲しそうな顔、しないでくれ。………いや、そりゃ悲しいか。やっぱ、俺は自分勝手だ。リエナは、精一杯俺に気を遣ってくれているんだ。それなのに俺は、悲しい顔をされて困ってる。ホント、最低なヤツだな。
でも、最低なヤツにも最低なりの答えってもんがある。だから、俺の意見は揺らがないし、返す言葉は一つだ。
「リエナ。ありがとな」
「ふんっ! 感謝されたら虚しくなるだけだって分かんないかァ? これだからアンタみたいなヤツは嫌いで嫌いで、どうしようもなく好きなんだっ」
「そう、か。……俺には、これくらいしか言えねぇんだ。謝るのは、筋違いだろ? なら、感謝するしかねぇ。気ぃ遣ってくれて、サンキューな」
「だから虚しくなるんだってェ! チッ、やっぱこんなヤツ好きになるんじゃなかったなァ! だからアタシは決意するっ!!」
リエナは左手を腰に当て、右手をビシッと俺の方に突き出し、目の前で人差し指をぴんっと伸ばして一言。
「アタシはァ! ………私は!! ここに残りますっ」
!!? ここに、残る…?
「別に、子供たちから癒しを別けてもらって、失恋の傷を癒そうとか、そういうんじゃないですよぉ? ただ、ここの復興をお手伝いして、みなさんと交流を深め、新しい出会いを求めるんですっ! それに、私には旅はあまり向いていないみたいで…。レイを早くオトしてどこかで二人、永住しようかと息巻いてましたが、諦めたので……決めましたっ」
「……ホントに、残るのか?」
「はいっ! もちろん、子供たちから癒しをもらうのは忘れませんよぉ。だから、私は大丈夫ですっ」
俺に、止める権利はない。リエナも、せっかく俺を諦めたというのに、その後も俺たちと旅を続けるのは嫌なんだろう。
「……分かった。止めない。ただ一つ、覚えていてほしい」
「なにを、ですかぁ?」
こてんと首を傾げ、リエナは疑問を呈した。それに俺は、簡潔に応える。
「俺たちパーティ“アカシア”は、ずっとリエナの仲間だ。いつでも頼れよ」
俺の言葉に、大輪の花が嬉しそうに咲き誇る。……それは、彼女の微笑みだった。