「誰か助けてくださあああい!!」
最初は、ヘタレなハルから始まります。
シノが作った方ですね。
それでは、本文をどうぞ!
Side Hal. ~ハル・サイド~
「今日が……いや僕のせいじゃないよ。……そんなコト言わないで、困ったときは頼むよ、シノライン」
行き交う人達がじろじろと僕を見、そして視線を外して通り過ぎてゆく。そりゃ、怪しい独り言を呟く人には関わらない方がいいと思うよ、僕も。
僕は目の前にある酒場の扉を眺めた。スイングドアというものか、胸の辺りの高さにある二枚の板が扉の役目を果たしている。初めて見た。いや、ここで見るものはすべてが目新しい。なんて言ったら、世間知らずだと思われるだろうか?
『ハル、早く入ろうぜ。酒の匂いが気になって仕方ねえ』
「わかってるよ、シノライン。ちょっと格好よく、決めたいじゃん?」
脳内に勝手に響く声に、僕は独り言を返す。何かつぶやいている時は大抵、この声と会話している。僕の頭がおかしいのではない……と思う。声の主は誰だがわかっているし。
背中のロングソードを担ぎなおし、格好つけて、胸でドアをすいっと押しながら、なかへ入る。
店内は汗と酒にまみれた男達でごった返していた。また、それぞれが立てる喧騒や歓声、盃の音で騒々しい。僕は酒場全体を見回して、空席を探した。うまい具合に、カウンターの端が空いていたので、そこに座ることにした。
周囲は、本当に男だけだ。そのほとんどが僕より確実に屈強だ。若年から壮年、さらにわずかだが老齢と世代は様々だ。しかし共通していえるのは、眼が鋭いということだろうか。あんな眼光でひと突きされたら、今の僕ではとても耐えきれないだろう。恐ろしや。
「あの、マスター……水を」
磨かれたグラスコップに水が注がれ、カウンターに置かれる。僕は、初めて来た場所で酒を頼む度胸のない、そんな引け腰な人間なのだ。そこがいくら酒場でも。そもそも、お酒に弱いし。
思いのほか喉が渇いていたので一気に水を飲み干す。酒場の店主はそのグラスを片付けるついでに僕に言った。
「おまえさんも、この席に座るたぁ、いい度胸してんな」
度胸? この店は席に座るのになにか覚悟が必要なのだろうか。
「あの、僕この店に入るの初めてなんです。なにか、その……ルールでもあるんですか?」
店主の男は顔の傷跡を引っ掻きながら、呆れたように説明してくれた。
「はぁ、ここがただの酒呑み場だと思ったのか? ここはな、傭兵の中でも特に腕利きの輩が集まる場所だ。俺は、そいつらに仕事の情報を売ってる。おまえ、名前は?」
「あ、ハルです。ハル・カーストウッド」
「名前もひ弱そうだな、ハル。でもここに来るってぇことは、ある程度の腕はあるんだろうな?」
「あ、その、えっと……ないです」
急に気恥ずかしくなってきた。凄腕で幾多の戦いをくぐり抜けてきた者の中に、ズブの素人が飛び込んでいる愚かさをじわじわと身で感じてきた。
「は?」
「あの、だから戦ったことないです」
「……斬ったことは?」
「何を?」
しばらくの沈黙ののち、ため息を吐かれた。
「悪いことは言わねえ。早いトコ出ていきな。下級クエストのギルド紹介してやろうか」
「あ、いえ。紹介されてここに来たんです」
「そりゃ何かの間違…」
その言葉は店内に入ってきた新たな騒音によって掻き消された。
「がああ。今日も大したことねー獲物だったなあ。腕がなまっちまう」
やたらと声を張り上げる大男が現れ、あれほどうるさかった店内は一瞬静まる。すぐに宴は再開するが、先ほどよりいくらかトーンが落ちている。
「あの人は?」
僕もよくわからないが声を潜めて訊いた。
「あいつは態度こそ最悪だがその剣の腕は確かだ。名前はギル。ここに集まる傭兵のトップだと豪語している。あながち間違っちゃあ、いないがな」
「それはそれは……」
「だがな、最近は派手にやりすぎたらしい。ここにいる他のヤツらもよく思ってないだろうな。別の町では首だったか?」
「首?」
「賞金首のこと」
確かに返り血がこびりついた鎧(本人は怪我一切なし)で悠々と仁王立ちする姿はふてぶてしく、強者の余裕(と、いうのだろうか?)を振り撒いていた。それがまた、俺は強えぞというオーラを見せつけんばかりに溢れている。
と、視線を感じたのか、ギルはジロリと僕を睨み付けてきた。……そりゃもう、蛇に睨まれたカエル状態の僕。
「あ、言い忘れてたが、このカウンターの端っこの席、彼の占領席だから。縁起でもかけてんのかよくわからねえが、このテリトリー侵すとどうやら…」
みなまで聞かず、飛び上がるように席を立つ。さっき言ってた度胸って……そういうことは先に言ってよ!
ギルはその体躯に似合った大股でずんずんとこちらへ向かってくる。酒場にいた全員が何時の間にか静まっていて、好奇の視線が僕に集まる。
「やあ」
野太い声でギルが話し掛けてきた。第一印象は、悪くない。やあという挨拶、悪くない。ただ、すでにしつこいくらいの酒の匂いが染み付いている。
「こ、こんにちは、初めまして」
自分の持ち得る中での最高の笑顔を浮かべたつもりが、浮かんできたのは引き攣った笑みと冷や汗だった。
「俺はギルってえんだ。おまえは?」
「はっハル・カーストウッドですっ」
ギルはぐぐっと顔を近付けて僕の顔をみた。うっ、酒臭くてクラクラする。
「んでよお、ハル。なんでここ、座ってたんだ?」
話し合い、悪くない。平和的解決、悪くない。大賛成。
「知らなかったんです。その……あなたのことを」
「俺を知らねえ?」
雲行きが変わったことが声色に込められていた。平和的解決が、手を振って去ってゆく。
マスターが、僕に耳打ちする。
「こいつは酒に酔うとどうしようもねえ。逃げるか、剣を抜くかだな」
「逃げます」
「なぁにこそこそやってんだ? ハル。さっきの言葉、聞こえなかったんだがなあ」
「急ぐので、失礼します!」
それからはもう、振りむくことなくあのスイングドア目指して走り抜ける。
「あっこら待て!?」
ギルは僕の急すぎる行動に唖然とし、ただ走り去る後ろ姿を見つめた――だけでなく、追ってきた。凄い形相、顔が真っ赤なのは酒のせいだけではないだろう。
店の敷居につまずきながらも外へ出る。もちろんすぐ後を、ギルが走っている。あの体格のわりにかなりの素早さだ。
「待てって言ってんだろーが! 殺すぞてめー!」
周囲には一般の人間が何事やと騒めいている。何やってるかって? よくわからない酔っぱらいの癇癪に触れて死にそうなんです。
傭兵稼業第一日目、このハル・カーストウッド、すでに命の危機。
いや、そんなことよりも…。
「誰か助けてくださあああい!!」
次回、レイ視点で始まります。
よろしくお願いしますね?
それでは、また次回(^^)ノシ