表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女を選んだのなら、もう殿下の尻拭いはいたしません  作者: 風谷 華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/22

第15話「選ばれなかった者たち」

 夜の王城は、いつもに増して静かだった。


 廊下の燭台が揺れ、長い影を壁に落とす。


 昼間は絢爛な金の装飾も、夜になると重たい鎖のように見える。


 私は一人で、王城の中庭へ出た。


 冬前の空気は冷たく、薔薇の葉はほとんど落ちている。


 中央の噴水は止まり、水面は静かだ。


 


 選ばれなかった。


 その言葉が、胸の奥でゆっくりと沈んでいく。


 王子が聖女を正式に選んだあの日から、王城の空気は変わった。


 貴族たちは距離を測り、侍女たちは囁き、派閥は揺らぐ。


 そして私は――


 王妃候補ではなくなった。


 それは屈辱のはずだ。


 怒り、嫉妬、悔しさ。


 小説の中のサラは、王子がアクアを選んだ瞬間、壊れた。


 愛に飢え、王子に執着し、アクアを追い詰めた。


 そして最後は、思い悩んだアクアに血を吸われ、操られる。


 私はその未来を知っている。


 知っていても、胸が痛まないわけではない。


 


「寒いわよ」


 背後から、静かな声がした。


 振り返ると、アクアが立っていた。


 淡い青のドレスに白いショール。金の髪が月光に溶ける。


「あなたも夜の中庭に来るのね」


「ええ。あなたが一人になるとろくなことを考えないから」


 二人でいるとアクアは毒舌になる。


 私は小さく笑った。


「心配性ね」


「違うわ。観察しているだけ」


 アクアは私の隣に立つ。


 噴水の縁に腰掛けると、石の冷たさが伝わる。


 しばらく、沈黙が二人を包んだ。


 遠くで鐘が鳴る。九回、低い音が響いた。


 


 私はぽつりと言った。


「まだ気にしているの?ってあなたに言われそうだけど……選ばれなかったわね、私たち」


 アクアは空を見上げたまま答える。


「ええ。綺麗に外された」


 その言い方が、少し可笑しくて、少し切ない。


「悔しい?」


「悔しい、というより……」


 彼女は言葉を探す。


「ほっとしたかもしれない」


 私は息を呑んだ。


「ほっと?」


「ええ」


 アクアの青い瞳が、まっすぐ私を見る。


「だって、殿下の隣に立つ未来は、あなたを壊すもの」


 その言葉が、胸に刺さる。


 私は視線を逸らす。


「壊れるほど弱くないわ」


「強いから壊れるのよ」


 即答され、逃げ場がない。


「あなたは"勝つこと"でしか自分を認められない。殿下に選ばれなかったことを、敗北だと思っている」


「違う」


「違わない」


 静かな断言。


 私は立ち上がり、噴水の縁を背にする。


「私はただ、国のために最善を尽くしてきただけよ」


「それが問題」


 アクアの声は優しい。でも逃げ道はない。


「国のため、殿下のため、家のため。あなた、自分のために生きたことある?」


 その問いに、言葉が詰まる。


 日本で生きていた記憶がよぎる。


 仕事に追われ、期待に応え、役割をこなしていた三十代の私。


 "ちゃんとしている人"。"頼れる人"。


 でも、私自身は?


 ここに生まれ変わってからも同じだ。


 王妃候補。炎の家の娘。強い女。


 勝たなければ、価値がない。


 選ばれなければ、意味がない。


 私は、拳を握った。


「……私は、選ばれたかった」


 本音が零れる。


 アクアは静かに頷く。


「ええ。知ってる」


「でも、殿下にではない」


 言いながら、自分で驚く。


 そうだ。


 王子に愛されたかったわけではない。


 私は、必要とされたかった。


 "いなければ困る存在"でありたかった。


 それが、私の誇りだった。


「殿下は、あなたを必要としていない」


 アクアが淡々と言う。


「崇拝してくれる人を必要としている」


 桃の顔が浮かぶ。


 彼女は殿下を肯定する。


 殿下を支えるというより、殿下を"主役"にする。


 私は、殿下を主役にしなかった。


 対等に立とうとした。時に、上に立とうとした。


 王子の劣等感を刺激した。


「……選ばれなかったのは、当然かもしれないわね」


 自嘲が混じる。


 アクアが微笑む。


「違う。あなたは選ばれなかったんじゃない」


「じゃあ何?」


「あなたが、選ばなかったのよ」


 その言葉に、心臓が跳ねる。


「殿下に合わせて小さくなれば、選ばれたかもしれない。でもあなたはしなかった」


 確かに。


 私は、弱いふりをしなかった。


 殿下を立てるために、能力を隠さなかった。


「……誇り、かしら」


「ええ。誇り」


 アクアは立ち上がり、私の正面に立つ。


「選ばれなかった者たちは、敗者じゃない」


 彼女の瞳が、深い湖のように揺れる。


「自分を曲げなかった者たち」


 胸が熱くなる。


 原作では、ここで私は嫉妬に狂った。


 でも今は違う。


 


 私はアクアを見つめる。


「あなたは?」


「私も選ばれなかった」


 彼女は小さく笑う。


「殿下は、私を"都合のいい存在"として見ていた。でも、私が殿下を愛していたかといえば……違う」


 私は目を見開く。


「違う?」


「ええ」


 アクアは、月を見上げる。


「私は、あなたを失うのが怖かっただけ」


 その告白に、息が止まる。


「殿下が私を選べば、あなたは壊れる。だから私は、選ばれたくなかった」


 静かな本音。


 私は、ようやく理解する。


 私たちは、王子を中心に回っていたわけじゃない。


 互いを中心に、回っていた。


 相互依存。


 最大の恐れは、相手を失うこと。


 


「ねえ、サラ」


 アクアが言う。


「もし、国を出られるとしたら?」


 その言葉に、心が揺れる。


「出る?」


「ええ。殿下も聖女も関係ない場所へ」


 私は笑う。


「そんなこと、許されないわ」


「許されなくても、選べる」


 アクアの瞳は、本気だ。


 私は目を閉じる。


 国のために生きる。家のために生きる。


 それが当然だと思ってきた。


 でも――本当に?


「……自由って、何かしら」


 ぽつりと零れる。


「自分で決めること」


 その言葉が、胸の奥に灯る。


 選ばれなかった。


 でも、選ばないという選択は、できる。


 


 私は深く息を吸う。


 冷たい夜の空気が肺に満ちる。


「アクア」


「なあに」


「私たち、殿下のために生きすぎていたわ」


 アクアは、静かに頷く。


「ええ。国のためにも」


 私は笑う。少しだけ、軽い。


「だったら――」


 言葉を飲み込む。


 まだ決断は早い。


 でも確実に、何かが動いた。


 王妃候補という肩書き。


 殿下の隣という未来。


 それらが剥がれ落ちた今、残ったのは――


 私。


 ただのサラ。


 そして、隣に立つアクア。


 選ばれなかった者たち。


 でも、曲がらなかった者たち。


 


 夜風が、二人の髪を揺らす。


 遠くで鐘が鳴る。


 私は胸の奥で、静かに思う。


 ――檻の外に出る日は、近い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ