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測量士×異世界転生_異世界で丁張りを立てたら、世界を救う設計図になりました  〜測量士は今日も座標を刻む〜  作者: もしものべりすと


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第六章 運河の呪い

竜骨山脈の麓に到達するまでに、さらに一週間を要した。


道中、測はチームのメンバーと共に測量を続けた。街道沿いに基準点を設置し、座標データを記録していく。この作業は二つの目的を持っていた。一つは、基準点網を拡大すること。もう一つは、チームの練度を上げること。


「ボルガ、またずれているぞ」


「くそ、どこがだ」


「右に二センチ。気泡を見ろ」


ボルガは舌打ちしながら、測量ポールの位置を微調整した。水準器の気泡がようやく中心に収まる。


「……こうか」


「そうだ。動くな」


測は視認の杖——クロードが製作した簡易経緯儀——を覗き込み、角度を読み取った。


「記録。水平角三十四度十五分、鉛直角八十九度三十分」


「記録完了」


リーネがノートにデータを書き込む。


ポールマンとしてのボルガは、日に日に上達していた。最初は「棒を持つだけ」と馬鹿にしていたが、今では水準器を見ながら瞬時に姿勢を正し、強風の中でも微動だにせず立ち続けることができる。


「戦士としての鍛錬が、ここで役に立つとはな」


ボルガは苦笑した。


「立ち続ける忍耐と、微細な感覚。剣術と同じだ」


「測量にも通じるところがあるからな」


測は頷いた。


「俺の世界では、『一流の測量士は一流の剣士に通じる』と言われていた。集中力、持久力、精密な動作——どちらも極めるには同じ資質が必要だ」


「ほう。では俺も、一流の測量士になれるかもしれないな」


「なれるさ。才能はある」


その言葉に、ボルガは驚いた顔をした。


「……お前、意外と褒めるな」


「事実を言っているだけだ」


測はそっけなく答えたが、心の中では確かに感心していた。ボルガは粗野な男だが、真面目に取り組めば誰よりも成長する。傭兵として生き抜いてきた経験が、そのまま測量の能力に転化しているのだろう。


────


竜骨山脈は、遠くから見ても威容を誇っていた。


青紫色に霞む山々が、まるで巨大な竜の背骨のように連なっている。最高峰は雲を突き抜けており、頂上は常に雪に覆われているという。


「あの山の、どこかに大基準点がある」


測は山脈を見上げながら呟いた。


「『響きの谷』よ」


ミーシャが言った。


「山脈の中央部、二つの峰に挟まれた谷間。そこに、大きな石柱があった——千年前に」


「今もあるのか」


「わからない。ただ、私の記憶では——消えていなかった」


ミーシャの断片的な記憶が、どこまで正確なのか。千年という時間は、人間の感覚では途方もなく長い。だが、エルフのミーシャにとっては、それは一生のうちの一部でしかない。


「信じるしかないな」


測は言った。


「行こう。響きの谷へ」


────


山脈への入り口は、古い街道が通っていた。


かつては商人たちが使った交易路だったが、今は荒れ果てている。道は雑草に覆われ、所々で崩落が起きている。


「三百年前までは使われていた」


リーネが説明した。


「でも、座標系の歪みが酷くなってから、山越えの旅は危険になったの。道が途中でおかしくなる。登っているはずなのに、いつの間にか元の場所に戻っている」


「座標の歪みが空間認識を狂わせているんだな」


「そう。だから今は、誰も山を越えようとしない」


だが、測には「絶対座標認識」がある。歪みを検知し、正しい方向を見失わずに進むことができる——はずだ。


山道を登り始めてすぐ、歪みの影響が現れた。


視界の座標格子が、激しく揺らぎ始める。水平のはずの線が波打ち、垂直のはずの線が螺旋を描く。通常の人間であれば、この中で方向感覚を保つことは不可能だろう。


「おい、ハカル。道が二つに分かれているが、どちらだ」


ボルガが前方を指差した。確かに、街道が二股に分かれている。だが——


「両方とも偽物だ」


測は言った。


「何だと?」


「見ろ。座標を追うと、両方とも同じ場所に収束している。どちらを選んでも、元の地点に戻される」


「では、どうする」


「本当の道を探す」


測は周囲を見回した。座標格子の歪みを注意深く観察する。二つの偽の道の他に、歪みが比較的小さい方向がある——


「あそこだ」


測は藪の中を指差した。一見すると道はないが、座標を追うと、その先に山の奥へ続くルートがある。


「藪を切り開く。ミーシャ、先導してくれ」


「わかった」


ミーシャは軽やかな足取りで藪に入っていった。エルフの彼女は、森や山の中を移動する術に長けている。


一行は、偽りの道を避けながら、本当の道を進んでいった。


「これは——」


リーネが息を呑んだ。


「歪曲公の仕業ね。千年前から、ずっとここを守っているのよ」


「守っている?」


「大基準点に誰も近づけないように。この歪みは、防衛システムなのよ」


なるほど、と測は思った。歪曲公は、大基準点を完全に破壊したわけではない。封印し、誰も近づけないようにしただけだ。


それは——まだ復活の可能性があるということだ。


────


三日間の山登りの末、一行は「響きの谷」にたどり着いた。


谷は、二つの峰に挟まれた深い裂け目のような地形だった。両側の岩壁は垂直に切り立ち、底には小さな川が流れている。


そして、谷の奥に——


「あれだ」


ミーシャが指差した。


巨大な石柱が、谷の底に聳え立っていた。


高さは三十メートル以上。黒い石でできており、表面には見慣れた文字——座標を表す古代文字——が刻まれている。スラント村の塔やノースゲートで見たものと、同じ形式だ。


だが、規模が全く違う。


「これが——『竜骨山脈の石』」


測は石柱を見上げた。


視界の座標格子が、石柱を中心に激しく渦巻いている。この歪みの規模は、小基準点とは比較にならない。


「近づける?」


リーネが訊ねた。


「やってみる」


測は一歩、石柱に向かって踏み出した。


瞬間、強烈な圧力を感じた。体が押し戻されるような——いや、空間そのものが拒絶しているような感覚。


「くっ——」


測は歯を食いしばり、前に進んだ。座標認識を全力で起動し、歪みを分析しながら進む。


一歩。二歩。三歩。


石柱との距離が、少しずつ縮まる。


「ハカル、大丈夫か」


ボルガの声が遠くに聞こえる。


「大丈夫だ——多分」


測は石柱の根元にたどり着いた。


刻まれた文字を読む。古代の座標系——リーネから教わった知識で、何とか解読できる。


《竜骨山脈基準点》

《座標:X 45892.731、Y 78234.156、Z 3421.885》

《設置年:暦元年夏至》

《管理者:始原測位院》


座標値が刻まれている。これが、千年前のこの場所の正確な座標だ。


だが——


測は自分のスキルで現在の座標を測定した。


《X 45891.204、Y 78235.892、Z 3420.107》


誤差がある。千年の間に蓄積された歪みだ。


「直せるか……?」


測は考えた。


小基準点の修正と同じ手順でいいのか。それとも、大基準点には別のアプローチが必要なのか。


「リーネ、古文書に何か書いてなかったか。大基準点を修正する方法について」


「待って——」


リーネは持ってきた巻物を広げた。


「ここに——『大基準点の座標を修正するには、周辺の小基準点網を構築し、網平均計算によって最確値を求めよ。個別の修正は不安定を招く』と」


「網平均計算……」


それは、測量学の基本的な手法だ。複数の観測データを統計的に処理し、最も確からしい値を導き出す。


だが、そのためには——


「周辺に基準点を設置する必要がある。少なくとも四点以上」


「できる?」


「やるしかない」


測は石柱から離れ、チームのもとへ戻った。


「これから、この谷の周囲に基準点を設置する。ボルガ、クロード、ミーシャ——力を貸してくれ」


「何をすればいい」


「谷を囲むように、四箇所に杭を打つ。各点の座標を測定し、石柱との相対位置を記録する。そのデータを使って、正しい座標を計算する」


「わかった。指示してくれ」


チームは動き始めた。


測量作業が始まった。


────


三日間、谷の中で測量を続けた。


ボルガとミーシャが交代でポールマンを務め、測がオペレーターとして角度と距離を測定する。リーネはデータを記録し、クロードは機器の調整を担当した。


「次、三番基準点へ移動」


「了解」


声を掛け合いながら、効率よく作業を進めていく。チームワークは、日を追うごとに洗練されていった。


夜は、データの整理と計算に費やした。


測は、現代日本で学んだ網平均計算の知識を総動員した。最小二乗法による誤差配分。観測方程式の構築。正規方程式の解法——


この世界には計算機がない。すべてを手計算でやる必要がある。それでも、リーネの協力を得ながら、何とか計算を進めていった。


「ここの係数、間違ってない?」


「どれだ——ああ、確かに。直す」


「符号が逆よ」


「くそ、またか」


計算ミスとの戦いだった。現代なら、ソフトウェアが一瞬で解いてくれる問題を、人力で何時間もかけて解く。


だが、その過程で測は改めて気づいた。


測量の本質は、技術ではなく、思考だ。


機械がなくても、コンピュータがなくても、原理さえ理解していれば測量はできる。千年前の測位師たちも、同じことをしていたはずだ。


彼らは——自分と同じ道を歩いていたのだ。


────


計算が完了した。


「結果が出た」


測は、導き出された座標値を見つめた。


《最確値:X 45892.731、Y 78234.158、Z 3421.887》


千年前の刻印とほぼ一致している。誤差は数ミリ単位。これは——


「歪曲公が歪めた量、ということか」


つまり、千年前の座標は正しかった。歪曲公は、その座標を直接変えたわけではなく、周囲の座標系を歪めることで、相対的にこの基準点を「狂わせた」のだ。


「逆に言えば——この石柱に、千年前の座標をもう一度入力すれば、周囲の歪みが補正される」


「入力? どうやって」


「ミーシャの『刻印』の術だ。小基準点と同じように」


だが、規模が違う。


小基準点の修正でさえ、相当なエネルギーを使った。大基準点ともなれば——


「私にできるかしら」


ミーシャは不安げな顔をした。


「千年前の私なら、できたかもしれない。でも今の私は——記憶も、力も、断片しか残っていない」


「やってみるしかない」


測は言った。


「失敗したら?」


「また考える。だが、やらなければ何も始まらない」


ミーシャは数秒間、測を見つめた。やがて、小さく頷いた。


「わかった。やってみる」


────


翌朝、作業が始まった。


測は石柱の前に立ち、ミーシャに座標値を伝えた。


「X 45892.731、Y 78234.158、Z 3421.887。この数値を刻んでくれ」


「了解」


ミーシャの指先に、光が灯った。小基準点のときよりも遥かに強い輝き。彼女の全身から、魔力が放出されているのが見える。


指先が石柱に触れた。


瞬間——世界が震えた。


「くっ——」


測は踏ん張った。地面が揺れている。いや、地面だけではない。空間そのものが振動している。


石柱の表面で、古い文字が消えていく。そして——新しい文字が刻まれ始める。


だが、途中で止まった。


「ミーシャ!」


ミーシャの体が、激しく震えていた。顔色が蒼白になっている。


「だめ……力が……足りない……」


「諦めるな!」


測はミーシャの隣に駆け寄った。何かできることはないか——


「俺の座標認識——使えないか」


「何を——」


「俺のスキルは、座標を『見る』だけだ。でも、もしかしたら——座標を『伝える』こともできるかもしれない」


測は意識を集中させた。スキルを最大限に起動し、石柱の座標を——自分が計算した正しい座標を——強くイメージする。


《X 45892.731、Y 78234.158、Z 3421.887》


その数値を、石柱に向かって投射するように——


「!」


突然、スキルの精度が跳ね上がった。


《センチ単位 → ミリ単位 → サブミリ単位》


視界の座標格子が、かつてないほど鮮明になる。そして——測の意識が、石柱と繋がった。


「ミーシャ! 今だ!」


「わかった!」


ミーシャの光が、再び強まった。今度は——止まらない。


文字が刻まれていく。新しい座標が、石柱の表面に浮かび上がる。


そして——


石柱が、光を放ち始めた。


白い光が、石柱から天へと昇っていく。それは雲を貫き、空の彼方へと消えていった。


同時に、周囲の歪みが——消えていく。


座標格子が、正常化していく。水平は水平に。垂直は垂直に。あるべき姿に、戻っていく。


「成功……したのか……?」


測は呆然と石柱を見上げた。


石柱の表面には、新しい座標が青白く輝いている。千年前と同じ——いや、より正確な座標が。


《スキルレベルアップ》


脳内に声が響いた。


《「絶対座標認識」精度向上。現在の精度:ミリ単位》


スキルが進化した。大基準点の復活によって、測自身の能力も向上したのだ。


「やった……」


リーネの声が聞こえた。振り返ると、彼女は涙を流していた。


「本当に、復活したのね。千年ぶりに」


「ああ」


測は頷いた。


「これで——この大陸の座標系は、正常化に向かう」


竜骨山脈の石が、復活した。


残りは、四つ。

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