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測量士×異世界転生_異世界で丁張りを立てたら、世界を救う設計図になりました  〜測量士は今日も座標を刻む〜  作者: もしものべりすと


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第五章 城壁の測量

竜骨山脈へ向かう道中、測たちは一つの町に立ち寄った。


辺境伯領の北端に位置する「ノースゲート」という城塞都市。竜骨山脈への入り口とも言える場所で、補給を済ませ、現地の情報を集めるためだった。


「なんだ、あれは……」


町に近づくにつれ、測は眉をひそめた。


城壁が見える。だが、その城壁は——


「傾いている。酷く」


「ああ」


リーネは暗い顔で頷いた。


「ノースゲートの城壁は、十年前から傾き始めて、どんどん悪化しているの。補修しても補修しても、すぐにまた傾く」


城壁の一部は、明らかに危険な角度に達していた。目測で十度近い。あと数年もすれば、完全に崩壊するだろう。


町の門をくぐると、住民たちの不安げな表情が目についた。城壁の傾きは、町全体の雰囲気を重くしているようだった。


「ノースゲートの城代は、カルトグラフ家の親戚筋よ」


リーネは言った。


「私たちが来ることは伝えてあるわ。宿と補給の手配をしてくれるはず」


城代の屋敷で、一行は歓迎を受けた。城代は五十代の痩せた男で、リーネを見ると安堵の表情を浮かべた。


「リーネ様、よくぞいらっしゃいました。辺境伯様からのお手紙も拝見しております」


「叔父上、お久しぶりです。城壁の状態が酷いと聞いていましたが……」


「ええ、見ての通りです。何度補修しても無駄でした。このままでは、あと数年で……」


城代は言葉を詰まらせた。


測は口を挟んだ。


「城壁を見せてもらえるか」


城代は測を見た。怪訝そうな顔。リーネが説明を加える。


「ハカル様は測量の専門家です。城壁の傾きの原因を調べられるかもしれません」


「測量……」


城代は半信半疑だったが、藁にもすがる思いだったのだろう。すぐに案内を手配してくれた。


────


城壁の上に立つと、被害の深刻さがよくわかった。


石積みの城壁が、北側に向かって大きく傾いている。傾斜は均一ではなく、東の角が最も酷い。基礎部分には亀裂が走り、所々で石が崩れ落ちている。


「クロード、水準器を」


「おう」


クロードが道具を渡す。測は城壁の上面に水準器を置き、傾斜を測定した。


「八度から十一度。場所によって違う」


「原因は何だと思う」


ボルガが訊ねた。


「まだわからない。だが——」


測はスキルを起動した。城壁周辺の座標を測定する。


「基礎の沈下だな」


「沈下?」


「地盤が下がっている。特に北東の角が酷い。五十センチ以上沈んでいる」


「なぜそんなことが……」


「原因は二つ考えられる。一つは地下水脈の変化。もう一つは——」


測は城壁の下を指差した。


「あそこを掘らせてもらえるか。地下に何かあるはずだ」


城代が許可を出し、兵士たちが掘削を始めた。


数時間後、予想通りのものが出てきた。


「古い石組みだ」


地下二メートルほどの深さに、明らかに人工的な石組みが埋まっていた。風化が進んでいるが、規則的なパターン——建築物の基礎のようだ。


「昔、ここに何か建っていたのか」


城代は首を傾げた。


「記録にはありませんが……この町は三百年前に建設されましたので、それ以前のことは……」


「三百年より古い」


測は石組みを調べた。


「これは——おそらく千年以上前の建物だ。測位術が失われる前の時代の」


石組みの中心部に、見覚えのある形状があった。


「基準点だ」


黒い石柱の一部——スラント村の塔で見たのと似た材質——が、崩れた石組みの下から顔を覗かせていた。


「この基準点が狂っているから、周囲の地盤が歪んでいる。城壁が傾いているのは、そのせいだ」


「直せるのか」


城代が期待を込めた目で訊ねる。


「直せる。スラント村で同じことをした」


測はクロードとミーシャを呼んだ。


「座標を計算する。時間をくれ」


────


翌日、測は基準点の修正作業に取り掛かった。


まず、城壁周辺の詳細な測量を行った。ボルガをポールマンとして使い、リーネに記録を取らせ、複数の測点から座標を測定する。


「そこだ、動くな」


「わかってる」


ボルガは不満そうだったが、ポールを垂直に保持し続けていた。最初の頃と比べると、格段に上達している。


「次、三メートル右。……そこで止まれ」


データが集まるにつれ、歪みのパターンが明らかになってきた。


基準点を中心として、座標系が放射状に歪んでいる。スラント村と同じパターンだが、規模が大きい。影響範囲は、村の三倍以上——町全体に及んでいる。


「これは……」


測は計算結果を見つめた。


この基準点に正しい座標を与えれば、城壁の傾きは止まるだろう。だが、既に傾いた部分を元に戻すことはできない。物理的な補修は別途必要だ。


「城代殿」


測は報告に行った。


「基準点を修正すれば、これ以上の傾きは止められる。だが、既に傾いた城壁は、人の手で補修する必要がある」


「なるほど……」


城代は考え込んだ。


「しかし、傾きが止まるのなら、補修の意味がある。今のように、補修してもまた傾くという状況よりは、遥かにましだ」


「もう一つ、報告がある」


「何でしょう」


「この基準点は、『竜骨山脈の石』——この大陸の大基準点——の下位に位置している。竜骨山脈の石を復活させれば、この基準点も自動的に正常化する可能性が高い」


「では、わざわざ今修正する必要は……」


「ない、とも言える。だが、私たちが竜骨山脈から戻るのは、早くても二ヶ月後だ。それまでの間、城壁はさらに傾き続ける」


城代は難しい顔をした。


「つまり、今修正するか、二ヶ月待つか、の選択……」


「そうだ。今修正すれば、一時的だが傾きは止まる。大基準点が復活すれば、さらに改善される。リスクは、私たちが失敗した場合——その場合、この修正も無意味になる可能性がある」


「……」


城代は長い間黙っていた。やがて、決断を下した。


「やってくれ。今、修正してくれ」


「よいのか」


「このまま待って、城壁が崩れるよりはましだ。失敗のリスクは——あなたを信じて、引き受けよう」


測は頷いた。


「わかった。今日中に修正する」


────


夕方、基準点の修正作業が完了した。


ミーシャの魔法で新しい座標を刻み、石碑が青白く光り始めた。周囲の座標系が、ゆっくりと安定していく。


「終わったぞ」


測は城代に報告した。


「効果が出るまで数日かかるかもしれないが、傾きは止まるはずだ」


「ありがとう……本当にありがとう」


城代は深々と頭を下げた。


「カルトグラフ家に、素晴らしい客人がいらしたものだ。竜骨山脈への旅の成功を、心から祈っている」


翌朝、一行はノースゲートを出発した。


城壁の上から、住民たちが手を振っている。その中に城代の姿もあった。


「良いことをしたな」


ボルガが言った。


「俺たちの旅の途中だが——あの町のためになった」


「測量とは、そういうものだ」


測は前を向いたまま答えた。


「どこへ行っても、歪みを見つけたら直す。それが測量士の仕事だ」


竜骨山脈の稜線が、青紫色に霞んで見えていた。


あと数日で、山脈の入り口に着く。


そして——大基準点を探す旅が、本格的に始まる。


道中、測は考えていた。


スラント村で最初の修正を行い、ノースゲートで二回目の修正を行った。どちらも成功した。理論は正しいことが証明されつつある。


だが、大基準点は小基準点とは規模が違う。


「始原の五石」は、世界全体の座標系を支える根幹だ。その修正には——おそらく——小基準点の修正とは比べ物にならない精度が必要になる。


現在のスキルレベルでは、誤差約五センチ。


これで足りるのか。


それとも——


「ハカル」


リーネの声で、思考が中断された。


「どうした」


「前方に、誰かいるわ」


測は顔を上げた。


街道の先——山道に差し掛かる手前——に、黒衣の人影が立っていた。


「一人か」


「そうみたい」


ボルガが剣に手をかけた。


「怪しいな。待ち伏せか」


一行が近づくと、黒衣の人物がこちらを向いた。フードの下から覗く顔は、若い男のものだった。


「測量師ハカルだな」


男は静かに言った。


「我が主が、お前に興味を持っている」


「主? 誰だ」


「歪曲公——と、呼ばれている御方だ」


歪曲公。


その名前を聞いた瞬間、空気が変わった。ミーシャが鋭く息を呑む音が聞こえた。


「歪曲公……千年前の……」


「そうだ、エルフ。お前は覚えているのだな」


男はフードを取った。若く見えたが、その目には年齢を感じさせない深い光があった。


「我が主は、千年前にこの世界の座標系を崩壊させた御方だ。そして今も——この世界の歪みを維持し続けている」


測は息を呑んだ。


座標系の崩壊は、自然災害ではなかった。誰かが——意図的に引き起こしたものだった。


「なぜだ」


測は問うた。


「なぜ、わざわざ世界を歪める必要がある」


「それは——我が主に直接お訊ねするがいい。もし、竜骨山脈にたどり着けるならば」


男は微笑んだ。


「警告だ、測量師。これ以上、座標を正そうとするな。さもなければ——」


言葉が途切れた。


「ボルガ!」


測が叫ぶより早く、ボルガが剣を抜いて斬りかかっていた。だが、刃は空を切った。男の姿が霧のように薄れ、消えていく。


「影分身か……」


ミーシャが呟いた。


「本体は、ここにはいない。遠くから投影しているだけ」


「歪曲公の配下、か」


測は消えた男がいた場所を見つめた。


敵がいる。


千年前から世界を歪め続けている、黒幕が。


そして、その黒幕は——測の存在を、既に知っている。


「どうする」


ボルガが訊ねた。


「引き返すか?」


「いいや」


測は首を振った。


「進む。何があっても、竜骨山脈に行く」


この世界を救うために。


そして——歪曲公という存在が何者なのか、その真実を知るために。


一行は再び歩き始めた。


竜骨山脈が、目の前に迫っていた。

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