第二十一章 世界の再測量
二十年後。
測は——六十歳を過ぎていた。
髪には白いものが混じり、顔には皺が刻まれている。だが、眼光は衰えていない。測量士としての鋭さは、健在だった。
「名誉会長、お時間です」
秘書が声をかけてきた。
「ああ、今行く」
測は杖をついて立ち上がった。足腰は弱っているが、まだ歩ける。
今日は——国際測量機構の年次総会だ。世界中から代表が集まり、測量の発展について話し合う。
「お父様」
会議室の前で、基が待っていた。
三十歳になった彼は——座標院の副校長を務めている。測量士として、すでに多くの実績を積んでいた。
「来てくれたか」
「はい。今日は——特別な日ですから」
「特別な日?」
「お父様が、正式に引退を発表する日です」
測は苦笑した。
「誰にも言っていないはずだが」
「顔を見ればわかります」
基は父親と同じ、鋭い目を持っていた。
「……そうか」
測は頷いた。
「引退しても——死ぬわけじゃない。まだまだ、やることはある」
「わかっています。でも——」
基は言葉を切った。
「お疲れ様でした、お父様。長い間——」
「まだ早い。礼は、すべてが終わってからだ」
測は微笑んで、会議室に入っていった。
────
会議は、順調に進んだ。
各地の分校からの報告、新技術の発表、予算の審議——例年と同じ議題が、淡々と処理されていく。
そして、最後に——
「皆様、お知らせがあります」
測は壇上に立った。
「私、境井測は——本日をもって、国際測量機構の名誉会長を辞任します」
会場がざわついた。
「長い間、お世話になりました。皆様の支えがあったからこそ——ここまで来ることができました」
測は深々と頭を下げた。
「後任には——私の息子、境井基を推薦します。彼は——私よりも優秀な測量士です。きっと、皆様の期待に応えてくれるでしょう」
会場から拍手が起きた。
測は——壇上を降りながら——思った。
これで、俺の役目は終わりだ。
あとは——若い者たちに任せればいい。
────
会議が終わった後、測は座標院の中庭を歩いていた。
夕日が沈みかけている。空は赤と紫のグラデーション——この世界の、美しい夕焼け。
「ハカル」
リーネが傍に来た。
彼女も——白髪が増え、皺が刻まれている。だが、美しさは変わらない。
「終わったの?」
「ああ、終わった」
「お疲れ様」
「ありがとう」
二人は並んで、夕日を見つめた。
「ねえ、ハカル」
「何だ」
「後悔は——ある?」
「後悔?」
「この世界に来たこと。スキルを失ったこと。色々——」
測は考えた。
後悔——あるだろうか。
元の世界に戻れなかったこと。家族や友人と二度と会えなくなったこと。スキルを失い、能力が普通の人間になったこと——
「ない」
測は答えた。
「後悔は、ない」
「本当?」
「本当だ。この世界に来て——俺は、測量士として生きることができた。仲間を得て、家族を得て、後継者を育てることができた。それは——後悔するようなことじゃない」
「……そう」
リーネは微笑んだ。
「私も——後悔はないわ。あなたと出会えて、幸せだった」
二人は手を繋いだ。
夕日が沈んでいく。空の色が変わっていく。
だが、座標は変わらない。この世界は——今日も、正しく測られている。




