第二十章 海底の原点
結婚から三年後。
測とリーネの間に、子供が生まれた。
「男の子よ」
リーネは疲れた顔で——だが、幸せそうに——微笑んだ。
「名前は、決めてある?」
「ああ」
測は赤ん坊を抱き上げた。小さな体。温かい重み。
「『基』」
「基?」
「すべての始まりとなる点——原点のことだ。この子が、新しい時代の原点になってほしい」
リーネは微笑んだ。
「いい名前ね」
赤ん坊は——基は——父親の腕の中で、静かに眠っていた。
────
さらに七年後。
座標院は、世界中に分校を持つ巨大な教育機関に成長していた。
卒業生の数は数千人に達し、各地で測量師として活躍している。運河の建設、城壁の修復、国境の確定——あらゆる分野で、座標院の技術が使われている。
「父上」
基が、測のもとに駆け寄ってきた。十歳になった彼は、元気いっぱいの少年に成長していた。
「どうした」
「今日、測量の授業があったの」
「そうか。どうだった」
「楽しかった! 先生が——三脚の使い方を教えてくれたの」
「そうか」
測は微笑んだ。
基は——父親と同じ道を歩むのだろうか。それとも、別の道を選ぶのだろうか。
どちらでもいい、と測は思った。大切なのは——自分で選ぶことだ。
「父上、質問があるの」
「何だ」
「測量って、何のためにするの?」
測は考えた。
この質問に——何度も答えてきた。学生たちに、卒業生たちに、各国の代表たちに。
でも、自分の子供に答えるのは——初めてだ。
「測量はな——」
測は基の目を見つめた。
「世界を、正しく知るためにするんだ」
「正しく知る?」
「そうだ。世界がどうなっているか。どこに何があるか。それを正確に知ること」
「知って、どうするの?」
「知れば——正しい判断ができる。道を作るにも、建物を建てるにも、境界を決めるにも——正確な情報が必要だ」
「ふうん」
基は考え込む顔をした。
「難しいね」
「難しいさ。でも——」
測は基の頭を撫でた。
「お前も、いつかわかる。世界を正しく知ることの大切さが」
「うん」
基は頷いた。
「僕も、測量士になりたい」
「そうか」
測は微笑んだ。
「なら——しっかり勉強しろ。測量士になるには、たくさんのことを学ばないといけない」
「うん!」
基は元気よく返事をして、走っていった。
測は——その背中を見送りながら——思った。
——これが、継承か。
技術だけじゃない。心も、誇りも、次の世代に伝わっていく。
それが——測量士の本当の仕事なのかもしれない。




