第十三章 反撃の狼煙
帝国から脱出した測とリーネは、西へ向かった。
道中、クロードからの遠隔通信——座標転送装置を利用した、一種の魔法通信——を受けた。
「ハカル、大変だ」
クロードの声は、緊張に満ちていた。
「どうした」
「座標院が——襲撃された」
測は足を止めた。
「何だと」
「歪曲公の配下だ。大勢で押し寄せてきた。機材のほとんどが——破壊された」
「生徒たちは」
「無事だ。ガルドが戻ってきていて——彼が防いでくれた」
「ガルドが? 北東の大基準点は?」
「復活させたと言っていた。ミーシャも無事だ」
三つ目の大基準点が復活した。残りは二つ。
だが、座標院が襲撃されたという事実は、深刻だった。
「すぐに戻る」
測は言った。
「だが、戻るまでに——防御を固めてくれ。ガルドに指揮を任せる」
「わかった。気をつけて戻ってこい」
通信が切れた。
「帰りましょう」
リーネが言った。
「ああ」
測は西を見つめた。
座標院は——自分が作り上げたものだ。生徒たち、機材、そして測量という技術そのものを守る拠点。それが襲われたということは、歪曲公が本格的に動き始めたということだ。
「急ごう」
二人は馬を駆った。
────
座標院に戻ったのは、出発から四十日後のことだった。
建物は、無残な姿になっていた。窓は割れ、壁には焦げ跡があり、中庭には壊された機材が散乱している。
「ハカル」
ガルドが出迎えた。彼の体にも、いくつかの傷が見える。
「状況は」
「最悪だ。機材の八割が破壊された。教室も、図書室も、ほとんど使えない」
「生徒たちは」
「全員無事だ。だが——」
ガルドは言葉を切った。
「何だ」
「クロードが——重傷だ」
測は血の気が引くのを感じた。
「どこにいる」
「医務室だ」
医務室に駆け込むと、クロードがベッドに横たわっていた。
白髪は乱れ、顔色は蒼白。包帯が体の各所に巻かれている。
「クロード」
「……ハカル、か。戻ったか」
クロードは弱々しく微笑んだ。
「すまない。機材を——守れなかった」
「そんなことはいい。お前が生きていてくれて良かった」
「いや——」
クロードは首を振った。
「新しい機材を——作る途中だった。遠隔座標転送装置の——改良型。それが——壊された」
「また作ればいい。お前が元気になったら」
「ああ……そうだな」
クロードは目を閉じた。
測は拳を握りしめた。
歪曲公——千年前からこの世界を歪め続けている存在。その力が、ここにも及んでいる。
「許さない」
測は呟いた。
「必ず——大基準点を全て復活させる。そして、歪曲公を——」
言葉にならなかった。だが、決意は固まった。
────
翌日から、座標院の再建が始まった。
卒業生たちが各地から駆けつけ、破壊された建物の修復に当たった。機材は一から作り直す必要があったが、クロードの弟子たちが設計図を基に製作を始めた。
「皆、よく集まってくれた」
測は集まった卒業生たちに語りかけた。
「座標院は襲撃を受けた。だが、我々は倒れていない。座標を守る意志は、まだ生きている」
卒業生たちは、真剣な表情で測を見つめていた。
「これから、反撃を始める。残りの大基準点を復活させ、歪曲公の力を無効化する。そのために——皆の力が必要だ」
「何でも言ってください、先生」
「俺たちは、座標を守るために——」
「座標院の名誉にかけて——」
測は頷いた。
「ありがとう。では、作戦を説明する」
地図を広げた。
「現在、三つの大基準点が復活している。竜骨山脈、機械帝国、北東の大陸。残りは二つ——南西の砂漠と、海底に沈んだ五番目の大陸だ」
「南西の砂漠には、誰が?」
「卒業生チームが向かっている。順調なら、あと二週間で到着するはずだ」
「五番目の大陸は?」
「これが問題だ。海底に沈んでいる。潜水して、復活させる必要がある」
「潜水——そんな技術が、あるんですか」
「機械帝国にはある。彼らと——交渉する必要がある」
帝国とは、脱出劇で関係が悪化している。だが、協力を得る方法がないわけではない。
「グスタフ殿——技術者ギルドの長——は、我々の味方だ。彼を通じて、帝国の協力的な技術者たちと連絡を取る」
「危険ではないですか」
「危険だ。だが、やるしかない」
測は地図を畳んだ。
「各自、持ち場に戻れ。座標院の再建と、次の作戦の準備を進めてくれ」
「はい!」
卒業生たちは散っていった。
測は一人、窓の外を見つめた。
夕日が沈みかけている。空は赤と紫のグラデーション——この世界の美しい夕焼け。
「あと二つ」
測は呟いた。
「あと二つ、大基準点を復活させれば——」
歪曲公との最終決戦が、近づいていた。




