演出不能な真実
初投稿です
奇跡は、起きるべき場所で起きなければならない。
それが私の仕事における、唯一の原則だった。
人はそれを冷酷だというが、私はそうは思わない。
感情は不安定で、希望は過剰だ。
だが統計は嘘をつかない。
救える人数が決まっている以上、救う順番を決める必要がある。
それだけの話だ。
「今回の対象地域ですが」
若いオペレーターが端末を操作しながら言った。
声にわずかな躊躇が混じっている。
私はそれを聞き逃さなかったが、指摘はしなかった。
情緒的反応は観測対象であって、議論の材料ではない。
「予定通り切り捨て、ですね」
「そうだ」
私は画面に映る数字を確認する。
感染率、暴動発生確率、周辺地域への波及予測。
どれも想定の範囲内だ。
奇跡を投入するには、効率が悪い。
「‥‥奇跡は、起きない?」
彼はそう言ってから、すぐに言い直した。
「いえ、起こさない、ですよね」
「正確には、起きる必要がない」
私は訂正する。
言葉は正確であるべきだ。
特に、誰かの人生を左右する場合には。
彼は何かいいたげだったが、結局黙った。
その沈黙もよくある反応の一つだ。
「誤解しないでほしい」
私は続ける。
説明するつもりはなかったが、整理は必要だった。
「私は中立だ、救う価値があるかどうかを決めているわけじゃない。
救えるかどうかを計算しているだけだ」
彼は私を見て、眉をひそめた。
「‥‥あなたは、いつも誰かに説明するみたいに話しますよね」
私は一瞬だけ考え、否定した。
「説明しているんじゃない。
判断に不要な要素を取り除いているだけだ」
それ以上、この件について話すことはなかった。
奇跡は計画通り起きず、地域は予定通り切り捨てられる。
それで終わるはずだった。
ーーそのはずだった。
異常は警報音ではなく沈黙として現れた。
監視室の端末が一斉に更新を止めたわけではない。
数値が跳ね上がったわけでもない。
ただ一つの項目だけが、静かに、あり得ない値を示していた。
生存率:0.00
想定修正後、生存率:0.00
再計算後、生存率:0.00
その下に、追記があった。
実測生存:1
私は表示を見つめ、数秒かけて理解した。
理解した後で、もう一度確認した。
それでも値は変わらなかった。
「誤入力か?」
若いオペレーターが、首を横に振る。
「現地から映像が‥‥来ています」
画面が切り替わる。
瓦礫の中で、救助隊が立ち尽くしている。
その中心に、担架があった。
覆いを外された瞬間、誰かが息を呑む音がした。
私は音量を下げた。
子供だった。
年齢は七か八。
死亡確認は、すでに三時間前に取られている。
心停止。
外傷多数。
蘇生不可。
記録は完璧だった。
それでも、担架の上の胸は、わずかに上下していた。
「‥‥奇跡、ですか」
誰かが言った。
それが誰だったかは、重要ではない。
「違う」
私は即座に否定した。
声が早かったのは、習慣だ。
「演出のログは?」
「ありません。この地域には、そもそもーー」
オペレーターは言葉を切った。
私が続きを知っていることを、理解していたからだ。
この地域には、奇跡割り当てていない。
救う価値がないのではない。
救う余地がない、と判断しただけだ。
「再現性は?」
「現時点では‥‥ありません」
私は画面から目を離した。
数字を見ても、意味がなかった。
統計は奇跡を前提にしていない。
奇跡は例外だからだ。
だからこそ、管理される。
「公表は?」
若いオペレーターが、慎重に尋ねた。
私は一瞬だけ考えた。
考えたというより、既存の判断基準をなぞった。
「しない」
「でも、これは‥‥」
「これは、起きてはいけない」
言ってから、言葉の順序が正確でないことに気づいた。
だが、訂正はしなかった。
奇跡が存在するかどうかは、問題ではない。
存在していいかどうかが、問題なのだ。
「処理を進める」
私は端末に入力を始めた。
異常事態
再現不能
社会的影響大
情報公開:不可
若いオペレーターは、私の手元を見つめていた。
「それは‥‥中立ですか」
私は止まらなかった。
「中立だ」
「誰に対して?」
その質問は、想定されていなかった。
私は、初めて言葉に詰まった。
数秒後、答えた。
「結果に対してだ」
彼は何も言わなかった。
ただ、画面の中の子供を見ていた。
心拍は安定している。
理由は不明。
説明は不可能。
奇跡は、起きていた。
それでも私は報告書にこう記した。
本事象は、演出体系に組み込むことができない。
よって、存在しなかったものとして扱う。
入力を終えたとき、私は初めて自分が誰かに読ませる文章を書いていることを自覚した。
だがそれが誰かは、考えないことにした。
考える必要は、無いはずだった。
報告書は、規定の形式で提出された。
分類番号、担当者名、処理結果。
どれも正しい。
どもにも虚偽はない。
唯一、捕捉欄だけが空白だった。
本来なら、異常事象に対する考察や、今後の運用への示唆を各場所だ。
私はそこを埋めなかった。
説明不能なものに意味を与える必要はない。
意味は、与えられた瞬間に利用される。
それが、これまで学んだことだった。
数日後、若いオペレーターは配置換えになった。
表向きは昇進だった。
現場から、意思決定の及ばない部署へ。
彼は最後に、私に言った。
「あなたは、正しかったんだと思います」
それが最も扱いに困る評価だった。
本件は、内部共有資料として保管された。
公開はされない。
議論もされない。
代わりに、次の注釈が付け加えられた。
本ケースは、演出不能な事象が発生した場合の判断訓令用事例として有効である。
ここから先は、私の文章ではない。
形式ばった第三者の文体で、補足が続く。
読み手は、当時の担当者の判断を追体験し、自身ならどう対応したかを最後に記録すること。
なお、本事例に強い不快感を覚えた場合、判断能力に情緒的偏りが見られる可能性がある。
必要に応じて、再教育プログラムを受講せよ。
私はその文書を最後まで読んだ。
自分の書いた文章が、自分の知らない用途で使われていることに、驚きはなかった。
むしろ、自然だと思った。
奇跡は管理されるべきで、
判断は委ねられるべきで、
責任は分散されるべきだ。
その構造が、この文書自体にも適用されているだけだ。
私の端末を閉じる前に、補足欄をもう一度開いた。
そこに、短い一文を追加した。
本件において、最も予測不能だったのは、奇跡そのものではない。
保存を押す。
判断を下した人間が、それでも自分を中立だと信じ続けたことだ。
端末が暗転する。
これで、この事例は完成だ。
あとは、
誰かが読み、
判断し、
記録するだけでいい。
初投稿です読んでいただき有難うございました
いくつか短編を書いてみて一番良さそうなものを連載に切り替えていこうと思っています
この短編の場合生き返った子供を主人公に物語を展開します
勝手がわかりませんがコメントは全て返します




