第七話 もっと素直になったらいいのに
ようやく起き上がったカノン。
この人、上の下着は着けない派だから、どこを見ていいのか困る。
だらしのなさに引いていると、急に視界が暗くなった。
後ろから、リビアに目隠しされたみたい。
「団長、早く前を閉めてください。野獣が興奮します」
誰が野獣だ、誰が。母親代わりの人に、今更興奮する訳ないだろ。
「ん~? 私としては、一向に構わんよ。むしろ君も、ライゼル君と一緒に野獣になってくれても良いのだがね。私は男も女も老いも若いも、全員大歓迎だ。何と言っても、博愛主義者だからね」
「ライゼルの情操教育に良くありません」
「やれやれ。しっかりお姉ちゃんしているね、リビア君は」
と、急に視界が開かれた。
前ボタンを雑に閉めたカノンが、テーブルに腰を掛けて脚を組んでいる。
背景の絶景と合わせて、どっか神々しさを感じた。
……あの、見えないからって、ズボンを履かないのもどうかと思うんだけど。リビア、そこは指摘しなくていいのか。
リビアの基準がよくわからずにいると、手をワキワキさせているカノンが、俺のペンダントを凝視してきた。
「ところでライゼル君。ポックル君は元気かな? ずっとここに閉じこもっているから、癒しが欲しくてね。久しぶりに、モフモフしたいのだが」
余程疲れているんだろう。眼が血走っていて、怖いぞ。
「あ、ああ。おい、ポックル。起きてるか?」
ペンダントを小突き、声を掛ける。
……駄目だ、やっぱり反応がない。
寝てんのか、無視してんのか……後者だろうな。こいつ、カノンのこと苦手だから。
「今は出て来たくないみたいだな」
「くそぅ、せっかくの癒しボディを心行くまで堪能できると思ったのに……! あぁ、猫、吸いたい……」
そういうことをするから、こいつも出て来たくないんじゃないの?
ポックルの奴、基本的に人間のことは下に見てるからな。
カノンはガックシと肩を落としたけど、直ぐに気を取り直して、軽く咳払いをした。
「さて、二人とも。改めて、任務ご苦労。報告を聞こうか」
急に真面目になったカノンに面食らうが、まあいつものことだ。
「……じゃあ、まず俺から」
俺の任務は、ルウセン共和国にいた外道暗殺一家、アグルス家の殲滅だ。
アグルス家は金を積まれたら、誰であろうと容赦はしない。
拷問の末に殺す、血も涙もない極悪非道の暗殺一家だ。
相手が子供だろうと女だろうと、劇を鑑賞するかのように拷問しながら飯を食う、異常者集団だった。
当主とその妻、息子四人、娘三人、隠居一人。仕えていた使用人十五人。全員首を刎ね、生存者はゼロ。
名実ともに、この世からアグルス家の血筋は途絶えた 。
最後まで黙って聞いていたカノンは、満足そうに頷いた。
「ご苦労、ライゼル君。これでまた一つ、世界から悪が消えた」
テーブルの上に置いていたアグルス家に関する書類を、蝋燭の火で燃やす。
一瞬で燃え尽き、跡形もなくなった。
次にリビアから、山中に潜伏していた山賊の殲滅任務の報告だ。
「道中でライゼルと合流し、山賊を殲滅。爆弾を使い、アジトも崩壊させました」
「うんうん、ご苦労、リビア君。実にいい手際だ」
騎士なのに爆弾を使ったことはいいのか。
団長なら、その辺は叱らなきゃ駄目……いや、そもそもこの人が手段を選ばないタイプの人だったな。
山賊に関する書類も燃やし、満足そうに笑うカノン。
引き出しから二つの麻袋を取り出し、俺たちに投げ渡した。
「今回の報酬だ。好きに使うといい」
「ありがとうございます」
「……なあ、カノン。俺の方が袋デカくないか?」
見ると、リビアの方がちょっと小ぶりだ。
アグルス家殲滅も、山賊殲滅も、そこまで差は無いように思うが。
「ああ。どうせリビア君は一人で向かわず、ライゼル君を伴うと思ったからね。少々色を付けといたんだ」
リビアの行動が読まれてる。さすが、よくわかってるなぁ。リビアも若干気まずそうに顔を逸らしたし。
「俺、こんなに貰っても使わないぞ」
「使う、使わないの問題ではない。これは君の頑張りに対する、正当な評価と報酬だ」
テーブルから立ち上がると、こっちに近付き頭を撫でてきた。
しっかりと鍛えている、ゴツゴツしたまめのある小さな手。
だけど優しく、包み込むみたいだった。
「改めて、ご苦労だった。疲れただろう、数日は休みなさい。リビア君、君は少し書類の整理を頼む」
「わかりました」
……むず痒い。リビアと言い、カノンと言い、俺のことを子供扱いしすぎじゃないか? もう十五歳になるんだけど。
「……じゃ、お疲れ」
小さく頭を下げ、二人に背を向ける。
思いがけず、休みを貰ってしまった。
このまま体を休めてもいいけど、せっかくレディアに戻ってきたんだし……少し、みんなの顔でも見て回ろうかな。
◆リビア◆
私一人が残され、床に散らばっている資料を集める。
つい数日前にも、掃除をした気がするけど……どうしてこの人は、部屋を綺麗に保つってことができないのかしら。整頓用の魔法も追いついていないし。
資料をテーブルの上に置き、目の前にいるカノン団長へ目を向けた。
「それで、私に何を聞きたいんですか、団長」
「なんのことだい?」
椅子に座り、テーブルへ脚を投げ出す団長。
行儀が悪いですよ。
「私の耳の良さ、団長ならご存知ですよね。誤魔化しは効きませんよ。……ライゼルのことですか?」
団長は黙り込むと、やれやれと肩を竦める。
少しだけ心臓の音が乱れたけど、直ぐに治まった。
その点はさすがね。普通の人は、動揺を隠すのにもう少し時間がかかるものだけど。
「やはり君には敵わないな。……彼、道中で何かあったかい? それとも、山賊殲滅中に例のスイッチが入ってしまったとか」
「後者です。山賊の頭領が、自分は『奈落の手』の幹部だと嘘をつき、ライゼルの理性が飛びました」
「……そういうことか」
団長は小さくため息をつき、天井を見上げる。
心配半分、呆れ半分、怒り少々といった音……やっぱりこの人、ライゼルが心配なのね。
「それにしても、よくわかりましたね。もう数週間前のことですよ」
「団員の変化には、目敏くありたいんだ。……特に、あの子に関しては」
「あぁ……そうですね」
思い出されるのは、丁度十年前。
私と団長が、『奈落の手』の人間を追っていた時。壊滅させられた村で唯一の生き残っていたのが……ライゼルだった。
まだ五歳だった彼は、目の前で村人と家族を殺され、生まれ故郷を滅ぼされた。
『奈落の手』への憎悪は、まだ彼の中でくすぶっている。
きっと、私たちの想像を絶する程に。
「そんなに心配なのでしたら、ご自分で労っては?」
「馬鹿を言うな。私はこの騎士団の団長。一人に構っていられる程、暇じゃないよ」
「なら団長としてではなく、母としては? たまには気兼ねなく、一緒に食事でも行けばいいと思いますよ」
あ、今度は明らかに揺れている。
こういうのに弱いですねぇ、団長は。
だけど、団長は首を横に振り、天井を見上げて私から視線を外した。
「……いや、よしとこう。そういうのは、姉である君に任せる」
「いいんですか? 弱ってるライゼルなんて、そうそう見れないですよ」
「だが、私の前では弱っているところを隠すだろう。……優しいからね、あの子は。私を心配させないよう、気丈に振る舞うに決まってる」
……簡単に想像できますね、それは。強がりだから、あの子。
「今は私から声を掛けない。なに、男の子だ。放っておいても、勝手に育つものだ」
「子育ての経験は?」
「ある訳ないだろう」
じゃあその自信はどこから……。
小さく嘆息し、再び部屋の掃除に戻る。
(まったく……ライゼルも、カノン団長も、もっと素直になったらいいのに。不器用なんだから)
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