第二十話 女にかまけるんじゃないわよ
硬いパンと薄いスープ、それと少しの木の実をいただき、みんな揃って教会を出る。
もう日が昇っているからか、あちこちでは今朝よりも多くの住民のが、建国祭の準備に追われていた。
「気合い入ってるなぁ」
「それはもう。この国に生きる者にとっては、年に一度の楽しみですから」
みんなの顔を見ればわかる。余程、自分の生まれた国を愛しているんだな。
俺も、この国には仕事で何度も来ている。
こんないい国で悪事を働くなんて……『奈落の手』と『黒の牙』は許さない。絶対に。
目を凝らして、辺りを警戒する。少しでも情報を集めないといけないからな。
……ん? あ、リビア。
今すれ違った奴。私服の上に無地のローブを纏い、頭にフードを被ってるけど……あの身のこなしは、間違いなくリビアだった。
振り返ると、向こうもこっちを見ている。
ついて来い、って言いたげな顔だった。
「すみません、カルミアさん。連れがいたんで、ちょっと挨拶に行ってきます」
「ええ、わかりました。私たちの屋台はこの先なので、先に行っていますね」
子供たちの引率をするカルミアさんたちと別れ、リビアの歩いて行った方へ向かう。
えっと……いた。壁に背を付けて、俺を待っている。
リビアが路地に入り、俺もついて行くと、フードを取って鋭い眼光で大通りを見た。
「ライゼル。今のシスターって……昨日言っていた?」
「ああ、カルミアさんだ」
「ふーん……随分と美人ね。あなたが好きそうな」
……何怒ってんだ? 美人なんて、誰だって好きだろう。
刺々しい空気に首を傾げる。
むすっとしていたが、リビアは大きく息を吐いて「まあいいわ」と話を変えた。
「それよりも、例の薬。正体がわかったわよ」
「もう? 早いな」
「道を歩くだけで、情報は無限に手に入るからね」
自分の耳をトントンと突く。
耳がいいって言うのも、いいもんだな。どうして諜報員じゃなくて、騎士をやってるんだろう。
俺みたいに事情があるんだろうけど、聞いたことないんだよな。
リビアが腰のカバンから、小さな袋を取り出した。
「吸っちゃ駄目よ。勇者になりたいならね」
慌てて口を布で覆い、中を覗き……思わず目を見開いた。
な、なんだ、これは……?
見たこともないくらい綺麗だ。黄金に輝く粉だろうか。砂金よりも小粒で、粒子が細かい。
「エルビス・ティアラ。特徴は黄金の見た目と、人工的な甘い匂い。吸えば一瞬で中毒になるくらいの高揚感と幸福感を覚えるらしいわ。効果はひと吸いで数週間。けど徐々に効果が薄れて、最終的にはいくら吸おうが絶望感や幻覚、妄想が激しくなり、手当たり次第に暴れ回る。最悪の薬物よ」
硬く口を結び、またカバンの中にしまった。
情報を仕入れただけだと思ったのに、まさか実物を手に入れていたとは思わなかった。
「よく手に入れたな」
「売り手を見つけ出して、ぶちのめしただけよ。ま、そいつは末端も末端で、上の情報は何も持っていなかったけど」
さすがリビア。手が早い。
リビアのカバンに目を向け、拳を握る。こんなものが、この平和な町に流れているのか。
文明の衰退を目的に活動している、『奈落の手』。
なるほど、国家を滅ぼすには、中毒性の高い薬物を使うのは理にかなっている。
「ふざけやがって……!」
思わず壁を殴りつけた。クソが、人間をなんだと思ってやがる。
「私の方は、もう少し薬物の出所を探るわ。もしかしたら、『黒の牙』に繋がっているかもしれないから」
「……わかった。俺も、屋台の手伝いが終わったら合流する」
奴らの居場所も気になる。薬物の出所も気になる。
けど、カルミアさんとの約束もある。まずは今日中に屋台を作ってからだ。
内心気合いを入れていると、リビアが俺の耳を引っ張ってきた。
「いたっ。な、なんだよ……!」
「……別に。女にかまけるんじゃないわよ」
「は、は?」
女って、カルミアさんのこと?
あの人、聖職者だぞ。そんな目で見るなんて失礼だ。……美人なことは否定しませんが。
ちょっと不機嫌なリビアが、屋根の上に跳ぶ。なんだったんだ、いったい。
路地を出ると大通りを進み、カルミアさんのいる方へ走って行く。
この先って言ってたけど……いた。カルミアさんたちだ。
けど……なんだ? 男たちと、何か言い争ってる……?
不安そうな顔で子供たちを守るシスターたち。カルミアさんもネイも抱き締め、身を屈めている。
「カルミアさん、どうかしました?」
「あ、ライゼル様。それが、あの方たちが……」
視線の先には、二人組の男がいた。
一人は若く、細い体格。スーツにシルクハット、杖を手にして、張り付けたような笑みを浮かべている。
もう一人は……でかい。クルス教官よりもでかい大男だ。細身の男と違い、上半身裸で下半身はボロボロの短パンを履いていた。
見るからにちぐはぐな二人が、屋台の前に立っている。
仲間や信者……という訳ではなさそうだ。誰だ?
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