第十二話 ――行ってらっしゃい
苦し紛れに睨みつけるが、耳を引っ張られた。ちぎれる、ちぎれるからやめて。
「にしても、最後のはヒヤッとしたぜ。まさかオレの攻撃を掻い潜って、仕掛けてくるとは思わなかったぞ」
「効かなきゃなんの意味もないですがね」
「まーな。相手がオレじゃなかったら、さっきの一撃で決まってたかもなァ。ガハハハハ!」
くそっ、なんも言い返せねぇ。……弱いな、俺。本当……。
地面に降ろされ、体についた土埃を払う。
小さくため息をつくと、ぽんっと優しく背中を叩かれた。
「お前の気持ちはよくわかる。けどな、焦っちゃ駄目だ。しっかり、一歩ずつ踏み締めて行け。大丈夫だ。お前のことは、みんながちゃんと見てるからよ」
「……そう、ですかね」
なんか……何もかも見透かされているみたいだ。恥ずかしい。
動いた後とは別の意味で、顔が熱くなる。
けど直ぐに、クルス教官と手合わせした理由を思い出した。
そうだ。俺、例の噂について聞きたくて戦ってたんだ。でも五分ももたなかったし、負けちゃったし……。
肩を落としていると、教官は俺の肩に腕を回して、小声で話した。
「こいつは独り言だが……カノンの所に行ってみれば、お前の欲しい情報が手に入るかもしれないぞ」
目を見開き、教官を見上げる。が、口に人差し指を当ててしーっとジェスチャーしてきた。
「あ、ありがとうございますっ。行ってきます……!」
「そんなに感謝してんなら、今度一緒に酒でも飲もう。もちろん、お前の奢りでな」
大斧を担ぎ、手を振って見習い騎士たちの所に戻るクルス教官。
彼女の後姿に深々と頭を下げ、大急ぎで移動床に乗った。
「カノン、いいか?」
返事も待たずに指令室に入ると、珍しく朝から起きていた。
……違うな。徹夜明けか。明らかに眠そうだ。
カノンは大きくあくびをすると、不思議そうに首を傾けて微笑みを浮かべた。
「やあ、おはよう、ライゼル君。私のことが恋しくなったかい?」
「……教官も、あんたも、なんでそんなに自己評価が高いんだよ」
「クルスにも会ったのか。なに、ライゼル君の信念には負けるよ。私は、私を勇者と信じ込む決意は持てないからね」
指を振るうと、部屋の隅で淹れたコーヒーがこっちに飛んできた。
いいなぁ、魔法。俺、全然使えないから羨ましい。
カノンは背もたれに体を預け、目線でソファーに座るよう促してきた。
だけど座らず、コーヒーを机に置いて、カノンの前に歩いていく。
きょとんとしていたが、直ぐに顔を引き締めた。
「雑談をしに来た、って顔じゃないね」
「……教官に聞いた。ここに来れば、俺の欲しい情報が手に入ると」
「あの過保護雌ゴリラめ」
過保護はどっちもどっちだろう。
カノンは深くため息をつくと、首を横に振った。
「確かに私は、君の欲しているものを握っている。近い内誰かに、この任務を任せるつもりだった」
「なら、俺に行かせてほしい」
テーブルに手をつき、カノンの目を真っ直ぐ覗く。
じっと見つめ合うが、椅子を回して俺に背を向けた。
「駄目だ。この任務に君は行かせられない」
「そんな……! 俺がこの日をどれだけ待ち望んでたか、知ってるだろッ?」
「痛いほどにな。けど……今の君じゃあ、危険すぎる」
椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。まるで、話は終わりとでも言うように。
慌ててカノンの前に立ち塞がる。膝をつき、彼女の手を取って見上げた。
「お願いだ、カノン。絶対に無茶なことはしない。約束する」
「大人になれ。人には適材適所がある」
問答無用。絶対に俺を生かせないっていう力強い意思が伝わってきた。
大人になれ、か……確かに、今の俺は子供っぽいんだろうな。自分勝手で、駄々をこねて、我を通そうとして。
「なら、手伝ってほしい。俺が大人になるために」
「……どういう意味だい?」
訝しげな表情を浮かべるカノン。
立ち上がり、今度は逃がさないように肩を掴んだ。
「過去に囚われているって自覚はある。当時のことを思い出すだけで痛くて、苦しくて、悲しくて、怒りで身が焼かれそうになるんだ。でも……この気持ちは、時間と共に薄れるものじゃない。自分から向き合うしかないんだよ」
この道が、どれだけ険しいものになるか……わからない。
もしかしたら一生このままかもしれないし、今より余計辛い思いをするかもしれない。
怖いから進まない。けどそんな選択肢は……勇者の俺には、存在しない。
ずっとこのままじゃ駄目だ、変わらないといけない。この道の先に、俺の憧れる『真の勇者』があるのなら。
「頼む。そんな俺に、未来へ踏み出すチャンスをくれ」
しばらく見つめ合い、無言の時間が流れる。
その時。ペンダントが光り、ポックルが飛び出して俺の肩に乗った。
『もう良いだろう、カノン。こうなった小僧は、嫌でも首を横に振らんぞ』
「ポックル……! さすが、よくわかってる!」
『ええい、撫でるな。余は高貴なる存在ぞ!』
思わぬ援護に嬉しくなって、つい頭を撫でた。
シャーッと毛を逆立てるが、特に攻撃はしてこない。ははは、可愛い奴だ。
『ふん……それに、小僧には余が付いている。何かあったら任せておけ』
「ポックル君……やれやれ。君にそう言われては、私からは何も言えないね」
カノンは小さく嘆息すると、俺の頭を撫でた。
「まったく。頑固者だよ、君は」
「あんたの教育の賜物かもね。……母さん」
「ふふ。そう呼んでくれるなんて、いよいよ甘えさせたくなる。一緒にお風呂でも入るかい?」
いや、それは遠慮しておきます。
カノンは両頬を手で包み込み、慈愛に満ちた表情で真っ直ぐ見つめてきた。
「ちゃんと気持ちをコントロールできるね?」
「ああ」
「死に急ぐ真似はしないね?」
「当然だ」
「嫌いな野菜も食べる?」
「もちろ……待て、それは今関係ないだろ。……できるだけ、食べる」
ちゃんと答えると、カノンは満足そうに笑った。
「わかった、では翌朝、リビア君を連れてきたまえ。君たち二人に、任務を言い渡す」
「! 了解!」
部屋を飛び出し、天辺から跳び下りる。
そのせいで、カノンが呟いた言葉を聞き逃していた。
――行ってらっしゃい。
続きが気になる方、【評価】と【ブクマ】と【いいね】をどうかお願いします!
下部の星マークで評価出来ますので!
☆☆☆☆☆→★★★★★
こうして頂くと泣いて喜びます!




