第十一話 はいかイエスで答えろ
クルス教官は見習い騎士たちを止まらせ、腕立て伏せをさせる。
もちろんその間、準教官たちがしっかり見張っていた。
少しは休ませようという優しさは……ないですよね、あなたですから。
汗を拭きつつ、快活な笑顔で近付いてくる教官。
相変わらずでかい。身長、2メートルくらいだっけ。
逞しい丸太のような腕と脚は全部筋肉で覆われているが、ところどころに古傷が目立つ。
まさに歴戦の戦士って感じだ。傍にいるだけで、威圧感が半端ではない。
加えて身長もそうだが、胸も腰回りもでかい。
けど、女性としての魅力より恐怖心が勝って、まったくそういう目で見れない。もちろん俺だけじゃなく、騎士団のみんなが。
胸に捲くさらしと長ズボン姿で、がっしり肩を組んできた。
「どーした。オレのことが恋しくなっちまったか?」
「いえ、そういう訳では……」
ゴスッ!!
いつの間にか、目の前に地面が広がっていた。
その後、遅れてやってくる脳天の衝撃。鋭く、熱い痛みが爆発的に広がり……。
「ッ……⁉」
うごっ……おおっ……い、息ができねぇ……!
ジタバタ暴れ回る。目がチカチカしてきた。
「何度言ったらわかるんだ。オレの言葉には、はいかイエスで答えろ。で、恋しくなったんだろ? 」
「は……は、い……」
「よーしよし、可愛い奴だなぁ、お前は」
襟首を持たれ、無理やり立たされた。俺は猫か。
まだ痛む頭を擦る。この人の拳、いつまでも慣れねぇ。
教官は手に持っていた棍棒を担ぎ、「んで?」と話しだした。
「ライゼル、何しに来た? お前、確か数日は休みだったろ。カノンに聞いたぞ」
「そうですが……例の噂のことを聞きに来たんです。クルス教官が、箝口令を出したと聞いたんで」
「……チッ。誰から聞きやがった……後でお仕置きだな」
すまん、なんとか逃げ切ってくれ。俺も喋らないようにはするから。
二人に内心謝っていると、クルス教官は俺を見て、やれやれと肩を竦めた。
「教えない……つっても、お前は聞かないんだろ」
「その通りです」
この人も、俺の性格をよくわかっているからな。何を言っても引き下がらないことくらい、お見通しだろう。
「しゃーねェな。俺と戦って五分もったら、考えてやる」
げっ、そう来たか。
ニヤニヤ顔で煽ってくるクルス教官。
この人、自分が恐れられてるとわかって提案したな。
上等だ、やってやる。
「……よろしくお願いします」
一定の距離を取り、腰に携えていた剣を抜く。
基本、教官との手合わせは真剣の実戦形式だ。だからこそ緊張感が出るってもんだ。
殺すつもりで行くが、当然殺しはしない。
訓練以外での仲間内で私闘、喧嘩、殺人はご法度だからな。教官も、その点は承知している。
クルス教官は、壁に立て掛けていた自身の得物を担ぐ。
太く、巨大な丸太の先端に、歯引きされていない鋼鉄の刃が付いている。
俺の身長を優に超える大斧だ。
それを片手で軽々扱うなんて……本当、化け物みたいな怪力だ。
教官がまだ腕立て伏せをしている新人たちに向かい、声を張り上げた。
「おい小童ども、見取り稽古だ! 空気椅子用意!」
「「「はい!!」」」
空気椅子って……せめて少しくらい休ませてあげればいいのに。
全員が空気椅子の体勢を取ると、準教官の一人がホイッスルを手に俺とクルス教官の間に立った。
ゴキッゴキッと首を鳴らし、獰猛な笑みを浮かべるクルス教官。
相も変わらず、恐ろしい威圧感だ。
「ライゼル、手加減は抜きだ」
「わかってます」
そんなことしたら、後で教官にぶっ飛ばされるからな。やるからには、本気だ。
剣を片手で持ち、自然と剣先を眉間に構える。
逆にクルス教官は大斧を肩に担ぎ、深く腰を割った。
風が吹き、土煙が舞う。見習い騎士や準教官たちも、息を飲んで見ていた。
空気の糸が張り詰め、今にも破裂しそうな、その瞬間。
――ホイッスルが、けたたましく鳴った。
地面を蹴り、瞬時にクルス教官の懐に入る。
剣先を走らせ、首を狙い振るうが、簡単に大斧の柄で受け止めた。そのまま扇のように、思い切り斧を振るう。
発生した暴風が体を叩き、押し返される。
空中で体を翻してバランスを取るが、既に接近していた教官が大斧を振りかぶっていた。
「オルァ!!」
「ぐっ……!」
ギリギリ回避。
目標を見失った刃がそのまま石畳に激突し、地面が割れ、石が捲れ上がり、クレーターを作った。
「相変わらずの馬鹿力……!」
「テメェ、今オレに馬鹿って言ったか⁉」
「褒めてんですよ!」
横薙ぎの攻撃に、俺も合わせて剣を振るう。
刃同士が衝突した瞬間、衝撃波で見習い騎士の何人かが、バランスを保てず倒れた。
教官は少し驚いたが、直ぐに口角を上げる。
「ふんっ!」
「ッ……!」
拮抗したのはほんの一瞬で、剛力で弾かれた。
やっぱりこの人相手に、力での勝負は分が悪すぎるか。
追撃の猛攻を、辛うじて避ける。
掠っただけでも体の一部を抉り取られそうな威力だから、気を抜いてはいられない。
右、左、左、右、上、下。
大丈夫、まだ見える……!
「武器だけに気を取られてんじゃねェ!」
「ッ⁉」
脚、掴まれッ。しま……!
一気に振り回され、世界が霞む。
視界の端にギリギリ映るものを認識し、腕をクロスする。
直後、衝撃が体を突き抜け、意識が飛び掛けた。
(ぃ……やっ。まだ動ける……!)
無事なもう片方の足でクルス教官の腕を蹴り上げ、離脱。
あぶねぇ、鍛えてて良かった。本気で気絶するところだったぞ。
教官は目を見開くが、獰猛な笑みを見せて再度迫ってきた。
「ハッハー! やるじゃねーの、ライゼル! オレの一撃を受けてまだ動くなんてなァ! いい男になったじゃねーか!」
こんな状況で褒められても、嬉しくないですよ……!
繰り返される連撃を何度も逸らし、受け流し、隙を見て剣を振るうが、掠りすらしない。反応が速すぎる。
対して教官の攻撃は、避けたとしても、風圧でバランスを崩してくる。
迂闊に反撃に出られない。まさに攻防一体だった。
「どーしたどーしたァ! そんなんじゃ、オレに勝てねーぞァ!」
避けても駄目。離れようとしても即詰められる。
なら、俺の生きる道は一つ。
教官が、脳天かち割り狙いで大斧を振り被る。ここだ……!
(出ろッ、前へ!)
恐怖に勝ち、前に踏み出す。
身長があるから、腕も長い。
てことは、懐に入れば入るほど、ダメージが少ない……!
斧が背後で石畳を割る音が聞こえる。ここなら、俺の攻撃の方が速いッ。
容赦はしない。真剣の刺突を、教官に向けて放つ――
「ハッ……強くなったな、ライゼル」
「……え?」
つ……掴まれた……⁉ リビア直伝の、最速の技を……⁉
まさかの事態に硬直していると、軽く脚払いをされてひっくり返る。
腹を踏まれ、斧を眼前に突きつけられた。
剣は掴まれて動かせない。
このまま内臓を踏み潰されるか、脳天をかち割られるか……詰みだな。
「……参りました」
「おう、お疲れ」
ニカッと快活に笑い、首根っこを掴まれ、また軽々と持ち上げられた。
「三分か。思ったよりもったな」
俺からしたら、逆にそれしかもたなかったのかって感じだ。
強くなってるはずなんだけどなぁ……へこむぜ、これ。
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