第十話 『絶望』
翌朝。今日も晴天の中、人助けをするために町を歩いていた。
既に困っている三人を助けている。やっぱり一日一善以上は、気分が良くなるなぁ。
……まあ大抵は大したことないけど、だからと言って断ることはできない。
俺の出来る範囲で、なんでもやってやる。
途中の喫茶店に立ち寄り、飲み物を注文する。
さすがに動き回りすぎると、疲れるからな。適度な休憩は必要だ。
外のテラスに座って、辺りを見渡す。
やっぱりこっちの区画は、みんな顔が晴れやかだ。向こうの人たちも、いつか前向きになってくれるといいんだけど。
風を感じつつ、目を閉じる。
やっぱりいいな、この町は……気持ちのいい風が吹くし、天候が悪くなることも少ない。
太陽の光も心地いいし、時間がゆっくり流れている。
カノンに言われた通り、休みを満喫していた……その時。俺の後ろの席にいた男女から、妙な話が聞こえてきた。
「まさか、例の組織に関する情報が手に入るなんてな……」
「まだ口外禁止なんだから、黙りなさい。誰かに聞かれたら、怒られるわよ。騎士団がずっと尻尾を掴めなかった相手よ。まずは慎重に情報を集めないと」
……騎士団が尻尾を掴めなかった、例の組織……それって、まさか。
「なあ、お二人さん」
思わず立ち上がり、二人の間に座った。この二人、諜報員か。振る舞いでわかる。
一瞬怪しげな顔をされたけど、俺だとわかって慌てたように顔を青ざめた。
「げっ……⁉」
「ら……ライゼル、先輩……⁉」
「げっ、とはなんだ。げっ、とは」
おいおい、酷いな。そんな顔をするなよ。仲間じゃないか。
「今の話、詳しく聞かせてくれ。例の組織ってなんだ? 誰かに聞かれたら怒られるくらいの機密事項なのか?」
「そ、そ、それは……」
顔を俯かせる女と、冷や汗を流す男。ますます怪しいな。
「聞こえてきた話的に、言い出しづらいことなのはわかる。大丈夫、二人から聞いたって、誰にも言わないからさ。むしろ諜報員が口を滑らせたなんて上に知られたら、おっそろしい折檻が待ってるだろう。二人にはそんな思いをしてほしくないんだよ、俺は」
男の肩に手を回し、できるだけ優しく声を掛ける。が、より体が震え出した。
失礼な。別に脅してる訳じゃなくて、本心から思ってることなのに。
出来るだけ柔和に笑うが、女が泣きそうな顔で頭を下げた。
「す、すみません、ライゼル先輩っ。か、勘弁してください……!」
「お、俺たち、この事は教官から口止めされてるんですっ。もし話したら……きょ、教官に殺される……!」
脳裏に、教官の恐ろしい笑顔が思い浮かぶ。
チッ。教官に口止めされてんのか……確かに、秘密保持を破ったと知られたら、間違いなく殺されるな。
仕方ない……それなら、直接教官に聞きに行くか。
……本当はあんな所、立ち寄る予定じゃなかったんだけどな。
「あ~……邪魔して悪かったな。これで好きなもん食ってくれ。んじゃ、お二人さん。お幸せに」
「え⁉」
「な、ななな何言ってるんですか、先輩!」
はっはっは。二人して顔を真っ赤にして、可愛いな。
二人に多めの金を渡し、丁度運ばれてきた熱々のお茶を一気に飲み干す。こうしてる時間も惜しい。
喫茶店から飛び出し、教官のいる訓練場に向かって走り出した。
けど、気持ちは体に現れるとはよく言ったもので、足取りが重い。
近付くに連れて、スピードが落ちていく。本当、トラウマレベルで怖いんだよ、教官。
……駄目だ、駄目だ。こんなことで心が折れては、勇者失格だ。しっかりしろ、俺。
数回、軽く頬を叩き、目的地の門前に立った。
古く、巨大な石を削って作られた門は、硬く閉ざされている。
だが向こう側からは、悲鳴とも断末魔とも似つかない絶叫が、絶え間なく聞こえてきた。まるで地獄の門だ。
やばい。帰りたい。逃げ出したい。
……でも行かなくちゃ。ここまで来て回れ右なんて、あってはならない。
数回大きく深呼吸をして、門に手を翳す。
けたたましい駆動音が聞こえる。
鍵が開いたような音が聞こえ、重厚な門が左右に大きく開いた。
門の向こうに広がる石畳の広場。そこでは、若い男女が数十人、涙と鼻水をまき散らしながら、凶悪な人影から逃げていた。
「オラオラオラァ! もっと足上げて走れ! オレから逃げきれなきゃぶっ殺すぞァ!」
「「「はっ、はいぃ!!」」」
うわぁ……相変わらず無茶苦茶やるなぁ、あの人。
恐怖の象徴に引いていると、一人の男性が俺の姿を見て、泣きそうな顔で助けを求めてきた。
「ら、ライゼルせんぱぁい! 助けぶげら⁉」
「余所見してんじゃねェ!」
わ、吹っ飛んだ。大丈夫? 死んでない?
相変わらずの容赦のなさに引いていると、ぶっ飛ばした張本人が俺に気付いた。
「ん? おー、ライゼル! 久しぶりだなぁ!」
「は、はは……ご無沙汰してます、クルス教官」
彼女はクルス・デスペリア。
見習い騎士団員の教官で、卒業後は絶対会いたくないトラウマ級の人だ。
慈悲なし。容赦なし。手加減なし。ついたあだ名は『絶望』。
当然俺も、今回の帰省で会いたくない人物断トツ一番だったんだけど……あ、やば、脚が竦む。
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