第一話 困っている人がいれば、必ず助ける
──『勇者』とは何か。
それを探す旅は、私もまだ道半ばである。
しかし誰かが信じてくれるなら、君はその人の『勇者』となれる。
初代勇者 ガレオン・リヴェイル
◆◆◆
(──あぁ、俺を呼んでいる声がする)
寄り掛かっていた大樹から立ち上がる。
立て掛けていた剣を手にし、漆黒のマントをはためかせ走り出した。
深く、暗く、静かな森の中。微かに聞こえてくる悲鳴と怒号。
近付くにつれて、血の臭いも漂ってきた。
謎の咆哮と圧によって、木々や草花がバッと弾ける。
息を潜めていた魔物たちも、恐怖と生存本能によってか、反対方向へ一斉に駆け出した。
倒木の下を潜り、川を飛び越し、草木を抜けた先……いた。体長3メートル、四本の前足と二本の後ろ脚、頭には四つの角が生えている熊型の魔物、ウルガロクだ。
ウルガロクを囲むように、五人の護衛が剣や槍を構えている。
後ろには複数の荷馬車があり、その内のいくつかは破壊されていた。
どうやらキャラバンが森を抜ける際に、魔物にかち合ってしまったらしい。
「オルァ!」
護衛の一人が攻撃を仕掛ける。
が、ウルガロクの分厚い毛に阻まれて傷一つ負わせることができなかった。奴の体毛は、刃を簡単に弾いてしまう。生半可な攻撃は無意味だ。
目を見開いて怯む護衛。
その間に、凶悪な爪と剛腕が振るわれる。まずいぞ、あれを食らったら即死だ。
剣を抜き、護衛とウルガロクの間に躍り出る。
直後、右側から二つの前足が振り下ろされた。
爪と剣がぶつかり、火花が散る。想像以上の剛力に一瞬だけ力が拮抗した。
「はあぁ!」
脚に力を入れ、気合い一閃。強引に弾き返す。
「ガッ……!?」
まさか止められると思っていなかったのか、ウルガロクはよろけて数歩後ろに下がり、距離を取る。
今までパワー負けしたことが無かったんだろう。突然現れた俺の様子を見ているらしい。牙を剥き出しにして睨んでくる。
剣を奴の眉間に向けて構える。
それだけで、奴は動きを止めた。野生の獣は本能に忠実だ。こういう時、人間相手よりやりやすい。
「あ、あんた、いったい……?」
呆然とする護衛と、後ろにいるキャラバンの人たち。
少しだけ振り返り、安心させるように笑みを作った。
「もう大丈夫。俺が助ける」
腰を抜かす護衛たちから、改めてウルガロクに目を向ける。
俺の視線を真正面から受け止めるが、後退しようとしない。
魔物には、他の獣にはない強力な殺戮本能がある。恐らくそいつが、退くことを許さないんだろう。
「今ならまだ許す。森へ帰れ」
「コロロロロ……!」
よだれが地面へ落ちる。そいつを踏み締め、前足を一歩出した。
「もう一度言う。去れ」
「グルルルルル……!」
駄目か。人の言葉が通じる訳ないから、当たり前だが。
ウルガロクの全身の毛が逆立ち、赤い目が鋭く光る。奴の戦闘態勢だ。こうなったら、仕方ない。
「そっちがそのつもりなら……悪いが、人命を優先させてもらう」
「ガルアアアアアアアアッ!」
──ゴオオオォォォッ!!
咆哮がそのまま、衝撃となって体を叩く。
なるほど、自分より弱い並みの生物は、これで恐怖を植え付けてから狩りをするということか。
だが、相手が悪かったな。
「俺は、並みじゃないぞ」
一対の両腕が振り下ろされ、跳躍で回避。
空中で上下逆さとなり、地上にいるウルガロクを見上げる。
野性の直感が働いたのか、直ぐに振り返りもう一対の両腕を振るうが、遅い。
身をくねらせ、左右から襲い掛かる連撃を紙一重で躱し……脳天に、剣を突き立てる。
「フンッ!」
そのまま体重を掛け、勢いのまま貫いて地面へ縫い付けた。
「ガ……アッ……」
ウルガロクは紫色の血を噴き出し、痙攣する。
そのまましばらく待つと、ようやく動かなくなった。魔物は生命力が高いからな。ちゃんと絶命するまで、油断は禁物だ。
剣を抜き、血を振るい落とす。鞘に納め、護衛とキャラバンの商人たちの方へ向いた。
呆然自失。今見た光景が、信じられないと言った感じだ。
それもそうだ。ウルガロクは、この森では最強クラスの魔物。いくら鍛錬を積んだ護衛たちでも、手に負える相手ではない。それを一瞬で片付けたら、驚きもするだろう。
「安心してくれ。悪は消えたぞ」
「ぉ……おぉっ。助かった……助かったぞ!」
俺の言葉に、ようやく護衛たちが安堵の声を上げた。
商人たちも、涙を流して命があることを喜んでいる。死人や重傷者はいないみたいだし、間に合ってよかった。
と、護衛の一人が急に俺の手を握り、何度も何度も頭を下げてきた。
「本当に、本当にありがとう。君がいなかったら、我々は今頃……」
「気にしないでくれ。困っている人がいれば、必ず助ける。それが勇者だからな」
ピタリッ。俺が名乗ると、急に全員静かになった。
手を取り合っていた人たちも、肩を組んでいた護衛たちも、信じられないようなものを見る目で、俺を見てくる。
「……えっと……い、今、なんと……?」
「おっと、申し遅れた。俺はライゼル。勇者ライゼルだ」
マントを払い、胸に光る勇者の紋章が刻印されたバッチを見せる。
一瞬だけ風が吹き、バッチが木漏れ日を反射して煌びやかに輝いた。
「…………」
再び、沈黙。ふふふ、驚きすぎて言葉も出ないか。
「あ……はは……あぁ~……そ、そうですか。勇者様で……」
「……なんか、微妙な反応だな」
「い、いえっ、そんなことは…………あ、あーっ! そ、そうだ。急いで次の中継地点に出発しないと! そ、それでは我々はこれで!」
「え? あ」
そそくさと手を離され、壊れた馬車から荷物を運び出す。
それはもう迅速で、手伝う間もなく終わってしまった。
「あ、よかったら中継地点まで護衛しようか? この先、まだ危険な魔物に出くわす可能性があるだろう」
「い、いえお気遣いなく! それでは!」
商人が馬車を操り、森の奥へ向かっていく。
確かにあっちは中継地点だが……大丈夫だろうか。やっぱりついて行った方が……。
「チッ……何が勇者だ。偽物のくせに」
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