ツッコミ 7 〜初めての酒場〜
宿内にあるレストランは盛況だったため、この時間帯なら人は少ない、と宿主に教えてもらった酒場へ向かった。
開放的なテラスを備えたお洒落な店で、よくテレビゲームで見るような酒場とは違った趣だ。どちらかというと、西部劇の方が似合うかもしれない。
「いらっしゃ!? ま、マスター、あれって樹神様ではないですか!? あ、あの伝説の酒を造るチャンスですよ!」
看板娘だろうか。三つ編みが可愛らしい女性が賑やかにカウンターの内側へと走っていく。そこに居た豊かなヒゲを蓄えた撫でつけた髪が特徴的なマスターも、ボクを見て外れんばかりの顎を見せてくれている。
「お、おぉ、確かに、伝説に聞く樹神様だ。あ、あの、大変不躾なお願いであることは重々承知しているのですが、その、蜜を少し分けていただけないでしょうか」
「それより、席に案内してください」
冷静な勇者の言葉に、我に返った看板娘は慌てて空いている席を指さした。といっても、店内には他の客はいなかったため、どこに座っても迷惑をかけることはないだろう。
「グラスを、貸していただけます?」奥の席へ向かう間に、マスターに向かって声を掛ける。
「は、はい。これでよろしいでしょうか」
手渡されたのはワイングラスだった。それを花弁の隙間にねじ込んで、グリグリと動かす。端から見たらどうだろう、ショルダーバッグに手を突っ込んで物を探しているように見えるだろうか。この世界にショルダーバッグがあるかは知らないけど、勇者が背負っているリュックサックのようなバッグを見ると、ありそうな気がしないでもない。
それはともかく、こしょばゆい。非常にくすぐったい。思わず笑みが零れてしまうが、それと比例してじわじわと蜜も溢れてくる。
「いっぱい出ました」
サラサラとした蜂蜜のようだった。それを駆け寄ってきた看板娘に渡す。
「ほぁ、いい匂い〜。流石、伝説と謳われるだけあります。マスター、これで原酒が出来ますね!」
「ありがとうございます! いやぁ、本当に感謝しかありません」
「いえいえ」
良かったの? という勇者の視線にも、笑って応える。これでいいのだ。こうしておけば、きっと、メシ代がタダになるから。
「お礼は食事代で、ね?」
「勿論でございます! いつまでの滞在ですかな? いや、いつまででも無料で提供させていただきます」
計画通りである。苦笑する勇者の下へ近寄ると、椅子をどけてスペースを作ってくれた。猫も床に降り立ち、腹が減ったとアピールするように鳴いている。
勇者がメニュー表を開いてくれた。左の隅に穴を開けて糸を通された数枚の厚紙だった。ラミネート加工はされていない、と思うのは、まだまだ元の世界の感覚が抜けていないからだろう。中途半端に共通点があるせいでもある。
「うん、酒の肴ばかりじゃないね。定食なんかもある。すみません、僕はミニうどん付きの豚肉の味噌漬け定食」
「ステーキ! 牛のステーキ!」
テーブルに乗ってしまった猫を抱きかかえつつ、その要望を看板娘にしっかりと伝える。
「ボクはコロッケ。単品で三つくらい」
「畏まりました! 一つサービスしますね」
念願のコロッケである。今度は猫に奪われないように気を付けよう。
「意外と、樹神様を知っている人は多いみたい」
「……そうだね」
勇者は苦笑しっぱなしだった。