ツッコミ 32 〜登山前〜
登山を文章で表現するとき、どこに重きを置くべきなのだろうか。坂道を登り続ける辛さ、だろうか。それとも仲間とともに頂へとたどり着いた達成感? そのどちらも取り入れるのが自然ではあろうが、もしも、もしもそのどちらにもドラマチックな展開がなかったとしたら。
その登山について、何に重きを置いて表現をすればいいのだろう。
先ず、始まりから見ていこう。朝は六時頃だろうか。この世界において時計はかなりレトロなものだ。と言っても、現代日本で暮らしたボクから見ればレトロと感じるだけであって、この世界では立派な最先端である。
振り子が揺られ、時折ボーンと音を発する、立派な置き時計。大きいことにこそ価値がある、とでも言いたいのか、家に置かれるような時計は、背丈ほどあるものが一般的なのだそう。懐中時計も無理に小型化するようなこともなく、見やすさを重視して、少し大きめのものが一般的だ。例えるならCDくらいか。カナネが持っているコンパクトなものは、冒険する際の邪魔にならないようにと、冒険者向けに作られたものだった。
置き時計から響く音を頼りに、ボク達は目を覚ました。この部屋に泊まって初めての朝であったので、その音にまだ慣れていなかったという面もある。この日最初の行動は、鳴るタイミングの設定が出来るかどうかを調べることだった。
「あー、これですこれです。文字盤の外側にあるリングを回転させて、赤い印を文字に合わせれば、その時間に音が鳴る仕組みです。今は六時と九時と一二時になってますね」
「飲み終わったのが、一二時くらいだったね。そう言えばこの音をきっかけにして、お開きにした気がする」
ボクはぼんやりと、カナネの作業を眺めていた。シュラナとルートは朝の散歩に出かけたので、今は二人きりだ。
そんなシュチエーションに、ボクはふと、あることを思い出した。
「そう言えば、せっかくの服がだめになったままだった」
視線を左下に向ければ、未だにむき出しのままになった左の肩が照明に照らされている。茹で卵のようにツルッとしていて、自分でも触っていて気持ちいと思う美肌である。片側がノースリーブになったダウンジャケットも、部屋のクローゼットに仕舞ってあるが、それを使うのは少し、抵抗があるかもしれない。
それほどワイルドではないので。
「あー、そうでした。傷一つないので、攻撃を受けたことをすっかり忘れてましたよ。すっかり元通りですね」
「でも、かさぶたができなかったのはちょっと残念だなぁ。ねぇ、おっきいかさぶたを剥がすのって、夢だよね?」
「いえ、跡が残るので嫌です」
シュラナはなぜここに居ない。
「じゃあ、じゃあさ、跡が残らないかさぶただったら、剥がしたいよね? ね?」
「んー、でも、自然と剥がれていくさまを見るのも、よくないです?」
「え、我慢できるの?」
「はい」
過去一尊敬した。
「それより、服のことです。お金も結構入りましたし、何着か買っておきましょう。荷物が増えるので、これを期に馬車でも買ったほうがいいかもしれませんね。いわゆる移動基地です!」
「魅惑的な言葉だけど、そんなにお金を貰ったの?」
「はい。予想通りの賞金ですね。調査次第ではもっと貰えるそうなのですが……、まぁ、体のいい口止め料です。盛大に使ってやりましょう。こういうのは、使っておかないと印象が悪いですから」
「えっと、その心は?」
「黙っていてね、と渡されたものを使えば、イエス。使わなければ、ノー。私たちには何のデメリットもないですから、使えるものは使っておくのが鉄則です」
なるほど。冒険者にも色々とあるんだなぁ。
「とりあえず、馬車は後ほど、ということで。今は服を買いに行きましょう。登山用のものなら、朝でも買えます」
「今度は可愛い色にも挑戦してみようかな? ピンクとか」
「わぁ! それは良いですね。赤い花弁とも合うかもしれませんよ。幼い感じの顔立ちとも合うかもしれません。キア様のグリーンの入った艷やかに金髪に、どれくらいマッチするかは分かりませんけど」
「髪型も弄ってみたい」
「んー、私もそれほど上手いわけではないので、とりあえずツインテールにしてみます?」
「位置が重要だね」
「キア様なら、高い位置でも似合うと思いますよ」
そんな会話を繰り広げながら、ボク達は宿を出た。おそらく、これが登山のハイライトである。




