一方その頃……。
地下研究所が見つかった翌日。ギルド本部には、現地に駆けつけた、その地に駐在する騎士からの報告が届いていた。
冒険者ギルドのオフィスにて、そのトップ、マロリックも仕事の傍らその報告書を読んでいた。その内容は箇条書きに書かれた簡単なもので、取り急ぎ重要なものを知らせておきたい、という意図があったのだろう。
先ず、樹神様にしか起動できない、またはその花弁を持っていなければ起動できない仕掛けが存在する。そこに頭を悩ませた。
端正な顔立ちを歪ませ、魔族のある部族特有の長い耳の先端を摘まんで舌打ちをする。彼の不満を表す癖だった。
「かつて乱獲されてきた花弁は、未だ見つかっていないんだったな?」
「はい。一体につき十枚の花弁が採取できた筈ですが、未だに一枚も見つかっていません」
書類を整理する秘書が、その問いに答えた。振り返ると後ろで括った髪が揺れ、愛嬌のある顔を見せる。
樹神様の乱獲の歴史は、戦争が終わり、新たな暦が始まって生活が安定し始めてから始まった。およそ、二百年経ってからだろうか。
当時、三体の樹神様がいたと記録に残っているが、復興における事業で財を成した成金がこぞって花弁を欲しがり、彼ら……、と評すればいいのか、その存在は砂になって消えてしまったという。
その数年後、二体の樹神様が現れた。しかしその数年で、その価値を羨むものが多く現れたことにより、直ぐに花弁は毟られることとなる。次の一体が現れるまでに、数十年を要した。
その間、モンスターの凶暴化が顕著になる事例が発生し、樹神様との関連が疑われる。誰もがその検証を望む中も、その姿が現れることはなく、人類の生活圏はモンスターに阻まれ、それ以上の発展を見せることはなかった。
そして、一体の樹神様が現れる。当時の人々はそれを歓待し、長らくその恩恵に預かった。花から採れる蜜は酒となって人々の憩いとなり、その存在によってモンスターは穏やかな一途を辿る。――その終わりは、今から百年余り前のことだった。
「行方不明になっている六十枚の花弁。最後の一体の原因不明の消失」
「欲に目がくらんだものによるもの、と見られていますけど――」
「この報告書を読む限り、何か裏を感じてしまうな」
花弁によって引き起こされる変化は、いったい誰によるものだったのか。件の研究所が複数ある可能性に触れる文章を見て、彼もその思考にたどり着く。乱獲は、富を誇るためのものではなかったのではないか。そうなると、研究はごく最近まで続いていた可能性がある。
そして、明らかになった戦争の火種。
「魔族側にも報告は行っているんだな?」
「はい。彼らも調査団を送るそうです」
「自分たちの目で見ておきたいのだろうな。彼らの足元にもあるかもしれないのだし」
「待ちますか?」
「いや、彼らを案内できるくらいが丁度いいさ。こちらの調査団は計画通りに出発だ」
「調査に使用する道具が多くなることから、準備にも時間がかかり、到着は一ヶ月後を予定しております」
「大陸の中央から、北の方まで行くのだ。準備を含めれば早いほうだろう。……私も行く」
「自分の目で見ておきたいのですか?」
オウム返しのような言葉に、彼は薄く笑った。一枚の書類を手に取る。それは、報告より前に届いた、チーム登録の書類であった。
(アーリオ・オーリオ、か。それに、コキアという名前。まさか……、お前なのか? 稀後)




