ツッコミ 3 〜この世界のこと〜
勇者とは何度か会った。俺はその場から動くことがないため、やってくるのを待つ日々だった。
その間に、この世界のことを色々と聞くことができた。先ず、この世界はユピア・フロンティアと呼ぶ。聖王という人間の王様と、魔王という魔族の王様が、それぞれ二つの大陸に陣取り、世界を治めているそうだ。
魔王と言うだけあって、モンスターの親玉かな? なんて思った俺の想像は外れ、魔族という種族の王様、というだけで、モンスターとは一切関係ないらしい。
そんな一切関係のないモンスターは、かつてこの星に降ってきた隕石によって発生した存在らしく、その生態も一切不明。一部では神のような力を発揮し、祭られている地域もあるというから驚きだ。そんな理由から、勇者は俺に対し、問答無用で斬りかかることはなかったのだろう。
次に勇者という存在について。そんな仰々しい肩書を持っているのだから、何かあるのは容易に察しが付いた。曰く、悪いモンスターを退治するために、両王様から任命された特別な存在なのだという。悪いモンスターだと断じられなくて良かった。
そんな勇者がなぜこんな所にいたのかと言えば、この森の近くにある村から依頼を受けて、悪戯好きのモンスターを退治することになったのだそう。どこに潜んでいるか分からずに探し回っていると、歌が聞こえ、見つけたのが俺というわけだ。
あぁ、ところで、俺という一人称は今の姿には合っていないと思う。穏やかで、可憐で、まさに一輪の花である自分に相応しい一人称というのを、すぐにでも考えなければならないだろう。勇者に対し、更に可愛いと印象を与えたい。それで異世界デビューは完遂されるのだ。
「そこんところ、どう思う?」
「何がどう思う? だよ! 急に訳かわかんないことを言うな! ともかく離せよ、俺はまだ、なんにもしていないんだからな!」
「胸を隠してる葉っぱを取ろうとした」
「見たかったんだから仕方がないだろ!」
丁度いい相談相手だと目星をつけたのが、盗人のように忍び足でやってきて、人の大事な、唯一と言っていい衣服のような存在の葉っぱを奪おうとした、一匹の猫だった。まさに泥棒猫。蔓で巻き付けて捕獲して、執拗に撫で回したけど毛並みがいい。これはいい猫だ。
そもそも、葉っぱはチューブトップのように身体に巻き付いているのだから、一枚剥がされたところで問題はないのだけどね。
というか、この猫、喋っているから絶対にモンスターだ。そうに違いない。勇者が思っている以上に、喋るモンスターは存在しているらしい。
「そんなことより、一人称とは、その存在を表す上で重要なファクターだと思う。とても重要なことなの。どんなものが似合うと思う?」
「お前にってことか? なんでそんなことを言わなきゃなんねーんだよ! 関係ないね!」
「勇者に突き出す」
「……ボクっ娘とか、可愛いと思うなぁ」
ふむ、ボクか。図らずとも勇者と同じ一人称である。そういう小さな共通点の積み重ねが、さらなる友情へと繋がるのではないか。この毛並みの良い、毛足が長く優美な印象を与える猫とも、もっと深く関われるのではないか。
動けない寂しさが、募っているのかもなぁ。
「もう悪いことをしないのなら、取りなしてあげるよ」
「べ、別に俺は悪いことなんて、――いたたたっ!? と、棘、棘を出すなよ! ツルツルの蔓から棘が出るなんて聞いてない!」
ツルツルの蔓。ちょっとツボに入ったボクだった。