ツッコミ 21 〜よくある話〜
体を覆うモコモコとしたダウンのジャケット。それでいてストレッチが効いていて、とても動きやすい。
背中には人数分の倍はある弁当の数々。保存の利く缶詰や干し肉も分けてもらった為に、もしも不測の事態に陥ったとしても、しばらくの間は活動できるだろう。
いつもと違う格好に、周到な準備。遠足の前にも似た高揚感が、ボクの胸をぽかぽかと暖めていた。日の届かない洞窟において、その感覚はとてもありがたいものだろう。そこが普通の洞窟だったとしたら……であるが。
「長い長い階段を抜けると、そこは、とんでもない空間だった」
先頭をゆくシュラナが、驚きのあまり硬い口調でモノローグを口にした。相当混乱しているのだろう。その気持ちは、殿を務めていたボクも、最後の段を下りたとき、ため息をついたほどだ。
つづら折りになった長い階段。ビルを五階ほどを下りた感覚を得て、その場所へたどり着いた。横幅は、三人ほどが手を広げて歩ける程度。天井は少し高く、吹き抜けから二階の天井を眺めているような感覚を持つ。
ため息をつくほどの驚きは、その明るさにあった。
「昼間みたいに明るいですね。見てください、影もできません」
カナネがパタパタと手を動かしながら、周囲を歩き回る。ルートが花弁から飛び出しても、その影を捉えることは出来なかった。
「魔法による灯りだろうね。天井にも光源が見当たらないから、空間自体を明るくさせる魔法。もしもこれが村まで続いていたのだとしたら、とんでもない規模の魔法ということになる」
「そんなこと、できるのかよ。俺にはどうやったって無理だぜ」
「おそらく、山の環境を利用している。山頂の隕石から溢れる魔力を引き込んでいるんだ」
「じゃあ、それを行っている人がいるのかな?」気になって問い掛ける。
「いや、この手の魔法は陣を刻めば人がいなくても勝手に行われる。おそらく、一番奥に何かがあって、そこまで明るく照らしておきたかったんじゃないかな」
様子を窺いながらしばらく進んでいくと、分かれ道にぶつかった。まっすぐ進む道と、左後方へ緩やかに曲がっていく道だ。
「カナネ、あの後ろの方へ行く道は、どこに繋がっていると思う?」
「うーん、洞窟のようなものがあるなんて話は聞いたことがないですけど、川がある方向なような?」
「川か……、では、水の中に入り口が隠されていたんじゃないかな? 流石に、川沿いは調べても川の中までは調べないだろうし」
「あー、確かに。それはあるかもしれません。上流は深いところや流れの速い場所もあって、なかなか入って調べよう、なんて人はいませんからね」
「でもさ、それなら水が流れ込んでいなくちゃならなくないか?」
「入り口からここまでに、上り坂なんかを作っているんじゃない? 水面よりも高いやつ」適当に答えてみると、カナネは直ぐに疑問を吐き出した。
「それ、空気の流れによっては、逆に水が引き込まれたりしませんかね? むしろ水が溜まる谷のような場所を作るほうが……、いえ、それよりも単純に、川の水を逃がす別の道があるのかもしれません」
カナネの判断を採用すると、後方の道には何もない恐れがある。ここは一度、まっすぐ進む道をひたすら進んでいくことにした。方向的にも、村の方へ続く道だからだ。
しばらく進むと、また分かれ道。しかし、先程とは様子が異なっていた。
「トロッコだ! ねぇねぇ、トロッコ!」
思わずはしゃいでしまったのは、何を隠そうボクである。前世ではなかなか目にすることはなかったけれど、映画などを観覧すれば、興奮せずにはいられない魅惑の乗り物。それがトロッコ。
長方形の木箱のようなそれは、なかなかの大きさがある。洞窟の幅の殆どを占めていて、それを迂回して進むことは出来ないだろう。
「キアは、こういうの好きなの?」
「乗ったことがないから、気になっていたんだぁ。ねぇ、先に進むなら乗らなくちゃ駄目だよね?」
「えー、でもキア様、これ跨いでいけば歩いてでも先へ進めちゃうと思いますよ。見たところ操作が可能な機器は見当たりませんし、操作方法が分からなければ動かすことも――」
その時、一匹の猫が飛び乗った。
「わあー!? なんかこれ、動き出したぞ!?」
「は? ま、まさか重さを感じると自動で動くようになっていたのか!? ルート、戻ってこい!」
「いやいや、進んでみようよ。ボクは飛び乗るよー」
蔓を引っ掛けても止まる気配が見えないトロッコに、その身を引き寄せて飛び乗った。
「ま、待ってください! 私も、キア様!」
要求に頷いて応えて、彼女の腰に蔓を巻き付けて引き寄せた。シュラナも覚悟を決めたようで、運動神経を見せつけるかのように、駆け寄ってヒョイッと飛び乗る。
「まったく、不用意すぎるぞ」
「逆だよ、シュラナ」
一息ついてからこちらを睨む勇者に、私はケラケラと笑いながら答える。
「分かれ道の先に、とんでもない魔力の気配があった。大きい魔力、だとかそういうのではなくて、生存本能が刺激されるようなものがね。多分、人間には分からないと思う。身の危険だとか、そういうものではなくて、なんかこう、自分の身体が侵食されていくような感じ」
「いや、人間がどうこうじゃない。多分、自分の身体の構成要素をどれだけ魔力で占められているか、に寄るんだろ。多分、あれは俺の同類だ。ただ、俺とは少し違う。だから、あそこで躊躇してたらヤバかったぞ。今ももう、追いかけてきてる」
ルートの言葉に、あの気配を感じなかった二人は素早く背後を振り向いた。しかし、明るい洞窟内においても、何かの存在を見つけることはできない。
「レールに身を潜めながら走ってる。この角度じゃ見えないかも。でもね、くるよ。あれは、かなりヤバイ」
直後、ドクンとした脈動のようなものが空気を伝わってこちらに届く。同時に、この通路のような洞窟を埋め尽くすかのような、巨大な、その存在が浮かび上がる。けれど一瞬。それは一瞬のことだった。
「デカい、ネズミ?」
息を呑む勇者。一本後退る冒険者。脈動するように、大きさが変わる不可思議なネズミ。狂気に満ちた真っ白い瞳が、しっかりとこちらを捉えている。それが、ボク達を追うものだった。




