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第1話 勇気ある声



晴れて高校2年生となった東優斗は一味違うぜ、と張り切って新しいクラスの委員長に名乗りを上げる……つもりだった。


手を上げるか上げないかの寸前で逡巡したのち、俺は決断した。


そうだった、俺には学園アイドルの攻略とかお受験勉強とかあるしやめておこう、と。

そんな訳で、俺は保健美化委員会に所属することになったのだが、正直そんなことはどうでもいい。

保健美化にした理由が大事なのだ。


理由の一つとして、知り合いが保健美化めっちゃ楽だといっていたのもあるが本命ではない。

本命は、幼馴染の萌奈と一緒であることにある。

そこに迷う余地などなかった。


さて、ここで本題だ。

クラスでは容姿端麗とか謹厳実直だとかすでに一目を置かれている春野萌奈であるが、彼女は何を隠そう俺の幼馴染だ。


小学1年生からの俺のお隣さんで、小さい頃はマンションにほど近い公園で兄妹みたいによく一緒に遊んでいた。

異性への意識が変わり始めた頃からは疎遠気味になることはあったが、小学校中学校高校がすべて一緒になるどころかクラスまでほとんど一緒だったから、関係は今も続いている。

ほんの少しの贔屓目ありで萌奈は美少女だと思う。愛嬌はないけど。

何かと世話もやいてくれるし、俺にとって頼れる妹みたいな存在だ。愛嬌はないけど。


……まぁ、委員会を萌奈と同じにしたのも、めんどい雑務を多少手伝ってもらおうという邪な考えがないでもない。こんな幼馴染で申し訳ない。

本当に申し訳ないとは思うが、とくに今年度、俺にとって萌奈は生命線となるに違いないのだ。

精神面でも、攻略面でも。

とは言え、実際に萌奈がその有用性を見せるのはまだ先のことだから、詳細は省くけど。


ともあれ、そんな幼馴染と同じクラスで迎えた新学期である。


入学してからもう半月が経った。新学期の慌ただしさも落ち着き、日常を受け入れ始める頃合い。


依然として、俺の野望の炎はいまだ燃え続けている。


そう、俺にはやらねばならないことがある。委員会とか日直とか朝礼とか、くだらない雑務にかまけている暇などない。

在学期間中、絶対に俺は彼女――斎藤明里を攻略するのだ。


ちらりと、横目でターゲットを見る。


「たしかにあの課題ちょっと大変だったよねっ、わかるわかる」


斎藤明里。

俺の攻略対象だ。

まさかクラスメイトになれるとは思わなかった。

ここは素直に運が良いと喜ぶことにしよう。


「ん! そうそう、世界史のやつだよね」


新しくクラスメイトとなった人との会話だからか当たり障りない感じがするなぁ。

こうして明里さんは着々と新しい友だちを作っていっているようだ。


あーそうだ、彼女が新しい交友関係を作るってことは、俺もまた外堀をうめないと。


って、なに俺は観察に徹しているんだまったく。

攻略対象と同じクラスになれたばかりか席だって近くだというのに、ただ見てるだけとは何たる怠慢か。


ここで、俺は「あっ」と声を出した。勇気ある一声だ。

しかし喉の調子が悪いせいかイマイチ声が出なかった。なるほど喉が悪いなら今日のところは話しかけない方がいいな帰りに喉飴でも買っていこう。


「優斗くんさぁ……」

「なんだよだまれよ」


高1の時からの友人である市原源が俺の方に振り返って、白い目を向けてくる。ヤツとは去年も名前順で俺の前の席だった。


「ほんとに攻略は順調なのかよ」

「いやもう終わってるといっても過言じゃないな。俺がちょっと話しかけるだけで連絡先交換までもっていくだろ、あとは軽妙愉快な俺の話術で関係を深めて次の朝には一緒に登校してるから」

「調子乗んなよ!?」


はぁ。と源はため息をついた。


「お前が佳境に入ったっつーから、俺もみんなも期待してたのに。ほとんど他人じゃねぇか」

「みんなって誰だよ」という俺の疑問を無視して源は続ける。


「おかしいとは思ったわ。あのアイドル様、まったく男の噂がでてこないからな。やっぱりだ」

「た、他人じゃないって。去年、俺は彼女といっしょに図書委員会で仕事をしたからね」

「それで、会話したのか?」

「したとも。しかも何度か笑わせることにも成功したし」


ちょっと手回しをして、俺と明里さん2人だけの桃色の図書室を作り上げたのは今となってはいい思い出だ。これで結構仲良くなれたと思ったのに、実際同じクラスになってからはまだ挨拶しか交わしていない。はぁ。


「いや本当だとしたらまぁまぁすごいじゃねぇか……もうお前なんなんだよ。ただの陰キャくんじゃねぇのかよ」

「俺を舐めてもらっちゃ困るな。こう見えて俺は他の高校生とは一線を画す存在だ」

「あーはいはい。それで、お前は斎藤さんと話さないのか? 入学してからしばらく経ってるが、お前と斎藤さんが話してるところ見たことねぇぞ」

「……あれだ、俺はその、カウンターは得意なんだな、多分」

「物騒な良いわまししなくていいんだよ。あれか、自分から話しかけるのが苦手ってわけか」

「い、いや別に? やろうと思えば余裕だから」

「別にそこで見栄張る必要ないだろ」

「考えてもみろって、ただ話しかけるだけだろ? 欧米人なら誰でも当たり前にやってることだ」


そうそう、考えてみれば簡単なことだ。

俺にだってできるできる。


「じゃあ今話しかけてみろよ」

「ああ。わ、わかった」


またも俺は横目で明里さんを見る。今も彼女はとなりの方と談笑しておられる。


「見とけよ」俺がいうと、「やってみろよ」と源がにまにましながら言った。


俺はふっと息を呑んで、そして静かに吐いてから、腰を明里さんの方に向けた。


「あの明里さん、ちょっと、声のボリューム、下げよっか」





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