僕は明々白々の人見知りだよ
「食べないの?」
森岡がトレイの上のハンバーガーを指差し、言う。「いや、食べるよ」と僕はハンバーガーを手に取った。包装紙を剥ぎ、一口齧りつく。なんだって森岡とマクドナルドにいるかというと、打ち合わせの後に森岡が「マック行こうぜ」と僕を誘ってきたからだ。
ビッグマックに一口、それはかなり大きな一口だったけど囓りつき、森岡は「ビックマックサイコー」と口元をほころばせる。森岡の整った顔立ちも相まって、まるでCMを見ているかのようだった。
「放課後のマックってサイコーじゃね?」
言われ、「まあね」とひとまず同意しておく。晋作以外の人とマクドナルドに来るのはほぼ初だったし、何より森岡の真意を測りかねていた。
「警戒心解けた?」
ポテトに手を伸ばしながら、森岡が言った。
「警戒心?」
思わずオウム返しになる。
「なんか、距離あんなぁと思って」
ポテトを囓りながら、森岡が言う。その様子からは、僕を牽制するでも威嚇するでもなく、僅かな戸惑いを感じた。言葉通り、距離感を測りかねているかのように。
「別にそんなことないでしょ」
返すと、「そう?」と森岡が首を傾げる。「だって、俺のこと苦手でしょ?」と続けた。虚を突かれた気がする。よくわかりましたね、と言うわけにもいかず、「そんなことないよ」と笑って誤魔化した。
「橘の言うとおりだと思ったんだよ」
「なにが?」
「行事がなくなったことの損失は、普段話すことのない人と話す機会がなくなったことだっていうやつ」
ああ、と頷く。そういえば言った、そんなことを。
「あれに心動かされたやつ、結構いると思うぜ」
森岡はそう言うと、僕を見て再度頷いた。なんて反応していいかわからず、どうも、と小さく頭を下げる。
「でもさ、だからこそ思うわけ。だったら、橘が相手と距離作ってたら意味なくねって」
言われ、森岡の顔を見る。森岡はやや切れ長の目を僕に向けたまま、「じゃね?」と続けた。
「そんなつもりはないけど……」
しどろもどろになってしまう。もちろん、僕はあえて距離を置こうとしているわけではない。森岡の言葉は正解で、単純に苦手なのだ。元々人見知りな上に、陽キャのなんというか、ノリというかテンションというか、まるで全ての物事楽しー的な雰囲気が。
「現に俺とはあんま喋ったことないじゃん」
「それは、これまで喋る機会があまりなかったからでしょ」
「そうだよ、だからこうやって、喋ろうとしてるわけ」
森岡が両の手を広げた。それはまるで、だから向かって来いよと言われているようで、僕は少し恥ずかしくなる。なんでこうも開けっぴろげに行動できるのだろうか。だからですよ、と言いたくなる一方、さすがですね、とも感じた。陽キャたる由縁だなと。
僕は小さく、だけど深く息を吐く。森岡のペースにはめられたわけじゃないけど、確かに敬遠してばかりじゃダメだよな、とも思わされた。なにより、如月との距離だって縮めていきたいわけだしと。
「なんでそんなに喋れんの?」
僕はストレートに、最も疑問なことを口にする。何かコツでもあるんですかと。
「そんなもんテキトーだよ」
森岡の答えに、僕は苦笑してしまった。「そのテキトーが浮かばないから困ってるんだよ」と首を振る。それができなくて困っている人間がどれほどいると思ってるの、と続けたくなる。
「話題なんてなんでもいいだろ。天気でも、勉強のことでも」
「最初はね。でも、その後が続かないんだよ」
「だから、橘の言う行事ってやつが大事なんだろ? 少なくとも、今回は文化際っていう共通の話題があるわけなんだからさ」
言われ、「なるほど」とポンと手を打った。さすがですね、と言いそうなところ、「わかってて演説したんじゃねえのかよ」と森岡が苦笑する。
「だから、プロデューサー補に立候補したんだっての。橘と色々やってみたいなって思わされたんだよ」
言いながらまるで俺がホモみてーじゃんと森岡が苦笑した。釣られ、僕も笑う。
「てっきり、違う目的なのかと思ったよ」
言うと、森岡が「如月目的だと思ったろ?」と悪戯っぽく笑う。僕は「だね」と頷いて返す。
「まあ、それもあるんだわ」
「あるんかい」
思わず突っ込むと、「それ」と森岡が僕を指差した。「橘はさ、慣れると普通に喋れるじゃんか。今みたいに突っ込みも入れるし、晋作とはバカみたいな会話だってしてるし」
「晋作は幼馴染みだし、慣れてるから」
「他の人にも慣れればいいだろ」
言われ、思わず溜息が漏れた。だから、それが難しいんだってと返そうと思ったけど、恐らく森岡には理解できないのだ。初めから、何も苦労せずとも誰とでも話すことができる森岡には。
「橘さ、今俺のこと人見知りじゃないからいいよね、と思っただろ?」
うぐっとビッグマックを喉に詰まらせそうになった。もしかしてエスパーなのか、と疑いたくなる。
「言っておくけど、俺、人見知りだからね?」
「自分のこと人見知りって言う人、だいたい人見知りじゃない説」
そう返すと、森岡は水曜日かよと小さく笑い、「だったら橘は自分のこと人見知りだと思ってないわけ?」と聞いてきた。
「僕は明々白々の人見知りだよ」
「自分のこと人見知りって言う奴はそうじゃないんだろ?」
そう突っ込まれるとちと困る。僕は小さく息を吐くと、「例えばさ、成績上位常連の人が、俺は勉強できないんだと言ったとして、そうだよねーって思う?」
森岡は少しだけ首を傾げると、「まあ、そうは思わないかもな」と頷いた。「でも、努力してんだろうな、とは思うぜ」
「確かに、それはそうだね」
「同じことでさ、橘が陽キャで誰とでも仲良くできるって思ってる奴も、裏では努力してんのかもしれない」
「森岡のように?」
「だな」
森岡は満足そうに頷き、「俺だって頑張ってんだよ」とやや愚痴るように漏らした。
「まさか、心霊ものが好きとかさぁ……」
「如月さん?」
「まさか、だよな」
森岡が苦笑し、僕も頷き返す。確かに意外だった。
「俺、ホラー苦手なんだよ。なのに夜な夜な心霊モノの動画検索してさぁ……。寝る前に見るから寝れなくなんだよ。もしかしたら暗がりに女の人立ってんじゃないかとか想像したりしてさ」
勘弁して欲しいよなあと森岡が笑う。それを聞き、僕はふと考える。
如月と話すネタとしか思ってなかったけど、そういえば部屋に幽霊が出たって冷静に考えるとヤバイんだろうか? そもそも、あの女性の幽霊ってなんなんだろう? えらく無表情でこっちを見てたけど。
「まあ、この文化祭で色々変わるといいな」
森岡がそう言ったので、僕は意識を話に戻した。確かに幽霊は写りはしたけど、あの後僕の身に何かおかしなコトが起こったわけでもにし、気にしないでもいいだろう。多分、そうだ。
「そうだね。色々な人と話してみないと」
そう返すと、森岡は「それも目標の一つだな」と笑った。勝手に僕の目標を増やすなよ、と思ったけど、もちろん言わなかった。




