橘くんの連絡先教えて
「ダンス動画?」
日高先生が眉を顰め、クラスがざわついた。僕は頷き、「ダンス動画です」と繰り返す。
文化際の出し物を決める話合い。陽キャがいの一番に何かを提案するであろうところ、僕が突然そんなことを言い出した為、クラスは必要以上にざわついていた。なんでお前がというように誰もが僕を振り返る。もちろん、如月も僕を見ていた。
「今回の文化際の条件を鑑みると、これが一番だと思います」
僕は拳で胸を叩く勢いで、言う。
堀和尚の言葉を聞き僕が気付いたのは、例えどれほどうまく猫をメインとしたさり気ない心霊動画を作ったところとて、如月の興味は一時的なものにすぎないということだ。計画通りにいけば、如月は猫心霊動画に興味を示し、僕は如月と話すチャンスを得ることはできるだろう。しかし、それはすぐに終わる。如月にとって猫心霊動画は結局他人事だからだ。問題は、如月にとって他人事ではない心霊動画を作ることにあったのだ。当事者になれば人はもっと真剣に物事を捉える。心の奥底に深く刻み込まれることになる。
では、如月にとって他人事でない心霊動画とは何か。それは、自分が写っている動画に幽霊が写っていることだ。そう考えた時、僕は如月のTikTokと文化際のことを思い出したのだ。
「コロナ禍が始まって二年。残念ですが、林間学校も、体育祭も、修学旅行もなくなりました。文化際こそようやく復活しましたが、規模は縮小。入学する前からずっと、僕たちの青春はこんな感じです」
アホみたいに言葉がスラスラと出てくる。もちろん、そんなこと全く思っていない。しかし、ここは僕の提案でダンス動画に決まることが絶対条件なのだ。
「ですが、何が一番哀しいって、それはクラスの皆で何か一つのことに取り組む機会がなくなったってことなんです。人によっては、こういった全体行事は煩わしいと感じるだけの方もいると思います。しかし、こういった行事が失われた最大の損失は、同じ作業を共有することにより、普段話すことのない人と話す機会がなくなったことなんです」
多くの場合、企画の提案者は何らかの形でプロデュースチームに回ることになる。今回の場合、僕がわざわざ提案しなくても誰かが、それこそ森岡あたりがダンス動画を提案したはずだ。でも、それじゃダメなのだ。プロデュースチームに入らないと、幽霊の仕込みが難しいからだ。
「正直、ダンスなんか苦手だっていう人もいるだろうし、実際僕もそうです。ダンスなんてできやしない。だけど、必要なのは旨さじゃない。連帯感です。このダンス動画は、クラス全員が主役となるのです」
普段はクラスの片隅で息を潜めている陰キャが、行事ではいつも余り者にしかならない陰キャが、突然陽キャのようなことを言い出す。それは恐らく、いきなり何言ってんだこいつ、という困惑をクラス中に生んだに違いない。しかし、僕が話している内容は至極真っ当で正論で耳障りがとてもいいはずだ。そういう言葉を、僕は選んだ。
「それこそが、文化際の意義なのではないでしょうか」
何が文化際の意義だ。そんなこと考えたこともないくせに、僕の口は機関銃のように滑らかだ。ズダダダ、と次から次へ弾丸を撃ち込み、その弾丸は確実にクラスメイトの心を撃ち抜いていった。
「で、なんで凹んでんの?」
晋作に言われ、僕は突っ伏していた机から顔だけをあげる。そのまま黒板に板書された文字を眺めた。
プロデューサー:橘樹
プロデューサー補:如月香澄、森岡泰三
まさか如月がプロデューサーチームに参加するとは全く予想をしていなかった。僕の計画では、如月はあくまで一般参加者で、だからこそ幽霊の仕込みがしやすくなるはずだったのだ。これじゃ、バレる可能性がある。
「意図せず話す機会に恵まれるんだから、ラッキーじゃんか」
晋作が意地悪そうに言った。確かにそうなんだけど、話せるなら最初から話している。それが出来ないから、こうしてアホな計画をたてたのだ。おまけに森岡もいる。予想できるのは、殆ど森岡と如月が喋って、僕が空気となってしまう展開だ。
「ひとまず、一つ目の目標は達成したんだ。まずは素直に喜べ」
言われ、僕はとりあえず頷いた。
殆どの生徒は帰宅か、もしくは部活でいなくなってしまっていた。開け放たれた窓からは部活に興じる生徒の声や楽器の音、近くを走る車の重低音が漏れ聞こえてくる。夏が終わりを迎えつつあるとはいえ、吹き込む風はどこか重く、生ぬるい。だけど、その風さえも爽やかに身に纏いながら、如月香澄は僕の前の席にゆっくりと腰を降ろした。特徴的な長い髪の毛がフワリと躍る。まるでその一本一本に命が宿ったかのように、軽やかに。
「じゃあ、はじめる?」
薄く赤みがかった唇から、天使の歌声のような音があふれ出した。それが僕の耳を擽り、思わず背筋に電気が走る。
「橘くん?」
僕がボケッとしているように見えたのか、如月が小首を傾げた。「ごめん」と慌てて返し、椅子を引く。ギギギと耳障りな音が鳴り、思わず顔を顰めた。ちらっと如月を盗み見るが、まるで気にしていないかのように机の上にノートを広げていた。
「いや、早く座りなよ」
と呆れた声を出したのは森岡だ。いや、ホント邪魔なんすけど、と言いたいが、如月と二人きりよりは実はマシなのかもしれない。二人きりだとまともに話せる気がしない。
「じゃあ、はじめよっか」
如月が言い、僕は頷く。ようやく座ることができた。
「早く終わらせて遊び行こうぜ」と森岡が頬杖をつく。てか、なんでナチュラルに如月の隣に座ってんだよと言いたかったが、もちろん口にしない。
「とりあえず、今日はスタッフ編成の候補から決めましょうか」
言いながら頭の中を整理する。やるべき事は単純だと言い聞かせる。が、前を向くと如月が大きな丸い瞳で、上目遣いで僕をまっすぐに見つめている。思わず目を逸らした。
「必要なのは……」と、逃げるように黒板の前に移動した。如月と森岡に背を向ける形になり、少し安堵する。
「大きく分けると、演出も含めたダンス班と、映像の撮影と編集をする撮影班、の二つですかね」
言いながら板書するうちに、少しずつ落ち着いてくるのがわかった。振り返ると、如月と目が合う。咄嗟に黒板へと視線を戻した。
「誰か、この人にお願いしたいって人はいます?」
黒板を見たまま問うと、背後から「ダンスの演出と振付は薺にお願いしたいな」と如月の甘い声が聞こえた。
「TikTokのやつってさ、如月と牟田、どっちが考えてんの?」
森岡が如月に問うと、「ちょっと、恥ずかしいから言わないでよ」と如月が慌てる声が聞こえる。
「なんでだよ? 別にいいだろ?」
「あまり知られたくないの」
如月と森岡がじゃれ合う声がする。まともに話すこともできないくせに森岡邪魔だな、なんて思っていると「橘知ってた?」と森岡に振られた。
「なにが?」
何でもない風を装いながら、黒板に牟田の名前を板書する。
「如月さ、TikTokにダンス動画あげてんだよ」
「へー、知らなかった」毎日見てます、とは言えない。と、突然トントンと肩を叩かれた。振り返ると、森岡がスマホ画面を見せてくる。そこに、如月と牟田が踊る動画が表示されていた。
「どう? すごくね?」
聞かれ、曖昧に頷く。最高です、とはもちろん言えない。如月はマスクの上からでもわかるくらいに頬を膨らませていたが、やがて「そんなわけだから、振付とか演出は薺がいいと思うの」と僕を見た。もちろん反対する理由もないし、それは計画通りでもあったので、「牟田が大丈夫ならいいと思う」と返す。すると、如月は目を細めると、「じゃあ薺で」と嬉しそうに頷いた。
同じように、他のスタッフの候補者もあげていく。さすがは如月と森岡、クラスの中心にいるだけあって、クラスメイトのことをよく理解しているようだった。僕なんか、誰が何を得意としているかなんて知りもしない。正直興味もなかった。僕が唯一推薦したのは、晋作だ。
「佐藤は映像のこととか色々相談できるから、撮影班に入って欲しい」
そう言うと、如月も森岡も反対しなかった。そっと胸を撫で下ろす。なんにせよ、これで二つ目の目標もクリアだ。
スタッフの候補を出し終え、それぞれに連絡を取り許諾をもらっていく。僕は晋作の連絡先しか知らなかったので殆どの連絡は如月と森岡がとった。さすが陽キャは違うなぁ、などと感心していると、不意に如月が予想もしていないことを口にした。
「橘くんの連絡先教えて」
天に召されるかと思った。




