出立
予定より帰るのが2カ月早まったといういいわけはあるものの、一番肝心の調査のレポ—トはまとまってなかった。あちこちに状況証拠は残っているけれど、連絡手段という決定打にかけているのだ。ルナスリ—コロニ—という、技術者が多くて人の動きが激しい開拓都市を拠点にして散々探し回ったけれど、この惑星の衛星からはゲ—トにつながる固定ル—トやその痕跡は見つかっていなかった。それどころかリゼア人が生活していた痕跡すらない。ここにいたおそらく百人近い実験の参加者たちは、いつどうやって帰ったのだろう。
この一つしかない衛星が、この惑星への干渉者たちの作ったものであることは明らかに事実だ。けれど遺跡から見る限り、その造り方はリゼア風とは言い切れない要素が強い。では他のどこかに移動のための拠点があったのかと探しても、結局は何一つ見つからなかった。
帰ったはずなのだ。初代リゼア連邦大公アルトアニザは実験の成果を持ち帰った一人だったのだから。そして彼女を迎えた人々はそのデ—タを基に新制リゼア連邦の大枠を作ったのだから。それは確かに非の打ちどころのない実験結果で、だからこそ当時の宇宙法に基づき、実験地は入念な消滅がなされたはずだった。それができていないならば半端な実験結果を謗られて、帰還した実験チ—ムは失脚、新たな実験チ—ムが新たな実験地で再挑戦したはずである。そしてリゼア系の流浪の歴史はさらに何十年か何百年か続いたはずなのだ。
わたしとコスミアが調査を任されたナ星区にあるソル系、すなわち地球圏は、例外の宝庫だった。だいたい探すほどに実験の足跡は増えていくのに、いつの時点で終了し、引き上げたり帰ったりしたものかがわからない。もっともありうべき終了の候補はあまりに最近すぎ、それ以外の可能性はどれも否定要素がありすぎた。どこかに時空の逆流でもない限り、リゼア歴の四千年前と地球歴の四十年前がつながるはずはない。
ないない尽くしの報告の断章を見返して、わたしは結論を書くのをやめた。不確定要素が多すぎる。
― 姫様がた、ご用意はどうでしょうか。予定のシャトルには搭乗できましたか。
― 予定通りです、クロアディ。ただ、ちょっと整備に時間がかかったそうで、出発時間が遅れました。
― そうなのですね。接触時間には余裕があるから大丈夫だと思いますが、念のため再計算させます。直前にまた連絡を入れます。
落ち込んだ気分のまま何も返事をしないコスミアを放っておいて、テレパシ—による交信はわたし一人でやっていた。もう成人したとはいえ、王族は3年間の外宇宙研修を終えなければ一人前とは見なされない。まだ子どものように「姫様」呼ばわりされても何だか違和感がないのは、実務の経験がないせいもあるだろう。しかしこんなわたしがそのまま王として即位していいものだろうか?
初めて不安を感じる。わたしの予知能力が何の心配もないと言ってくれているのに。
― こわいの?
ふいにコスミアがたずねてきた。いつの間にかわたしたちは左右からもたれあうように肩を寄せてすわっていた。ここはコロニ—と月とを結ぶシャトル宇宙船の客席である。わたしたちはルナスリ—から惑星を4分の1周してコロニ—ガル—ダへ向かう便に乗り込んでいた。帰還用特別ゲ—トと接触するためだ。
― こわいというより、わたしなんかでいいのかってのは考えるわね。
― 導かれるままだって、聞いたことがあるわ。
セレタス先王のお母様のことだろう。なるほど。そう考えるなら自分の予知能力に全て委ねて立てる。
― ありがとう、コスミア。あなたがいてくれてよかった。
― 何よ、小さいころからずっと一緒だったじゃない。
― そうね、誕生日が3日しかちがわないものね。
リゼア系の教育は生まれた日によってクラス分けされるしくみだ。ただ人数の少ない王族の子は誕生月ごとにまとめられていた。単純に人口比で王族は1万人に1人と言われているが、遺伝的な親が王族だからといって子供がすべて王族になるとは限らない。コスミアのように予知能力がない高能力者、高位市民になるものが多いのだ。逆に人口の7割を占める一般市民出身の両親から王族になるものも少なからずいる。わたしとコスミアの所属していた王族クラスでも、10年間の初等教育期間の中で3割くらいは入れ替わっていた。ずっと親友として一緒にいられたことは幸運だったのだろう。
― 帰ったら、別々になるのね。
ふいにコスミアが手を握ってきた。そう、このままでは彼女は外宇宙対応のできる高位市民としての人生が用意されてしまう。
― そのことだけど、戻ったらね…
わたしは帰還後の彼女の行動について、説明し始めた。彼女を再びここへ、彼女が選んだ相手の所へ戻すための計画だった。コスミアは黙ったままわたしの計画を受け入れていた。
― どう、いけそう? あなたのこの異体はわたしが責任もって保存しておくから。
― わかった。やらなきゃ進めないもの。疑われないようにやってみる。
その時シャトルの乗務員のアナウンスが始まった。
「ご搭乗の皆さま、当機はただいまよりコロニ—ガル—ダへの接触コ—スに入ります。振動と重力の変動にご注意願います。」
― 姫様がた、準備はよろしいでしょうか。こちらの中継地点の座標をお送りいたします。わたしたちは交易都市ピンスのゲ—ト地区にてお待ちします。
― ありがとうクロアディ。予定通りね。
これからわたしたちは、いくつかの小惑星上に仮設された筐を行き継いで交易都市へ戻る。そこまで行きつければ故郷リゼア系に帰ることができるのだ。
シャトルは何本かのタイトビ—ムに捕捉され、慣性で少し揺れた。コロニ—の重力がかかって、座席が少し余分に沈む。
「前列のお席の方から、あわてずにお降りくださいませ。シャトル内よりコロニ—の内部は重力がかかっております。体調に不安のある方は、どうぞ乗務員にお申し出ください。」
アナウンスが続いている。わたしたちは最後に降りるつもりで、少しぐずぐずしている。
「大丈夫ですか、お客様。どこかお加減でも…」
「あ、平気平気。彼女失恋したんでちょっと落ち込んでるんです。」
コスミアを引きずるように立たせると、
「さあ元気出して、マリハ。行くわよ。」
と出口に向かった。機体の出入り口とコロニ—の入り口を電磁シ—ルがつないでいる。わたしたちが通り抜けるとき、そこが瞬間ポッと光った。