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調査

 マティ行きを命じられて、2日後には僕はマティにいた。自分たちの星系以外の人種を毛嫌いするマティに潜入するには、マティ人の外見をしなければならない。今回は短期潜入なので異体を作り直すほどの手間はかけず、幻術体アバターでの潜入となった。汎用異体に強い知覚誘導装置をつけて、外見や動作をマティの一般人に見せかけるのである。幻術体アバターの制御はAIがするので、こちらは余計なことに気を取られることなく、したいことができる。 

 僕とイクセザリアは、行商人の夫婦ということになっていた。小型の家くらいな車で、生活必需品を売りながら小さな集落を回るのだ。最もそういう設定なだけで、僕たちが実際にいたのはいくつかの中核都市だった。

「都会育ちの妻だもんでね、時々町の空気を吸わせないとご機嫌が悪いんでさ。」

 それが職質だの誰何だのを受けたときのAIのお決まりの返事だった。確かにイクセザリアの方が僕よりこぎれいな服を着ており、時には僕がとまどうくらい男たちに声をかけられていた。まあイクセザリアは幻術体アバターの言動など特に気にもしていなかったし、なんなら彼らを逆に調査の対象にしていたくらいだったのだが。

 僕たちがやった調査は、まず種々の食事を提供する店に入ることだった。

― えっ、この幻術体アバター、食事の必要ないよね。

― わたしたちは食べない。調査のため。たいていの人、食べてるときは脳が受け身。

 イクセザリアの調査とは食事中の人々の脳を読み、膨大な複写資料を作ることだった。もちろん複写した内容は即座に王宮のコンピュータで分析にかける。そうして人々の意識や指向性を読み取るのである。僕も真似してやってみたけど、とてもじゃないけどあの量はこなせなかった。僕がやるとつい覗きこんでしまうのだ。イクセザリアのやり方は文字を読むことなくひたすら文書のコピーを取り続けるようなもので、僕ときたらついつい好奇心を持って中味を読んでしまう。そこで差がついてしまうのだ。

『何だってわざわざこんな店まで来て、煮込み料理を食べるんだろう。家で作って食べれば安上がりなのに。』

『ああこの香辛料の香り!高くてとても家じゃ買って使えない。こういう店に食べにくる甲斐があるってものだ。』

 同じテーブルを囲んでいるのに、全く正反対のことを考えていたりして、とても興味深い。リゼアでは不必要に他人の意識下に接触するのは禁じられているから、最初はこわごわだったが、そのうちにいろいろなことがわかってきた。店の場所や提供される食事によって、店に来る人々の階層が違い、食事そのものに費やす時間も違っていた。

― いやあ、この調査おもしろいよ。短期で結果出すために流れ作業にするの、難しいくらいだ。

― 最初はまあ、そんなもの。

と、イクセザリアはいつも通り、表情を変えずに教えてくれた。

― これは慣れ。ただし相手に動き回られるとやりにくい。不特定多数の人がしばらく動き回らないでいてくれる場所、これを見つけることがまず大事。

 三日ほど食べもしない食べ物の店に通った後は、劇場と葬儀場、病院、駅、宗教施設などとにかく人の集まるところにいった。これが五日間ほど。そのころから分析の結果が出そろってきたので、今度は幻術体アバターの制御をゆるめて自分たちで行動してみた。いわば実地検証だ。

― いてくれて助かった。男役と女役、両方やる手間、省ける。

 へいへいどういたしまして。マティはどちらかというと女性優位の社会構造で、男性の発言権や行動の自由が認められてきたのは近代からだということだ。加えて男女で筋肉のつき方が違うため、女性には発音できない音があるらしく、通じているのが不思議なくらい男女の話し言葉が違う。よって、しゃべらない妻と落ち着きない夫という僕たちの組み合わせは、やや古風だけど、格別珍しいものではなかったようで、僕たちの先行調査は無事終わりとなった。


― つまり、情報封鎖が破綻しかかっているのが内乱の原因ですのね。

 報告書を読んで、エルクリーズはため息交じりである。無理もない。マティの中央政府は民衆に対しても我々に対しても相反する情報を流しているのだ。母系制が強く変化を嫌う体質の中央政府は外宇宙への開放を脅威に感じ、保守的な民衆は交易を望んでいない、外の文化や技術に対して排斥的であると我々に訴え、自分の所の民衆には外宇宙の狡猾さや強大さを脅威として宣伝している。それでいて交易によって手にする利益や技術の恩恵を、中央政府とその関係者だけが独占しているのだ。そりゃ破綻しない方がおかしい。

― まあ、端的に言えばそういうことですかね。

― では親善訪問自体が、火に油を注ぐ行為となりますね。

 口ぶりとは裏腹に、ウロンドロスは楽しそうだ。知略をめぐらすのが基本的に好きなんだろうと思う。

― それについては、提案、ある。

 イクセザリアが言いだした。マティのもう一つの権威が宗教だ。その崇拝対象である大地の母神のイメージに似せて王を降臨させてはどうかというのだ。僕もひらめいた。

― 王、お一人で大気圏突入、できますか。

― そりゃ、そのくらいできるけど。

― でしたら、やってくださるとマティの一般人にもわかりやすいと思います。ついでにありとあらゆる方法で暗殺をしかけられると思いますが、それもことごとく失敗させれば完璧です。

― 面白いわね、名実ともに私が神になるわけか。

 王も乗った。いいぞ。ウロンドロスが苦笑する。

― ではアーセネイユ、その「ありとあらゆる暗殺法」をなるべく詳細に検討して出してください。まあ、たいていのことは、王なら難なく回避されるでしょうが。

― そちらについては、裏で別に潜入しているキナンの方とも話をつけておく必要があるわね。イクセザリア、お願い。

― それなら、済んでいる。

いつの間に!?びっくりしている僕にイクセザリアは言う。

― 最後の日に接触、あった。気づかなかったか?

最後の日…。思い出せないでいる僕にイクセザリアは笑った。

― 隠しゲートの建物に入る前。宣伝用のカード、配ってた。

― ああ、君が持ち替えようとして落としたから、拾ってまた渡してくれた、あれが?

― カードには「落とせ」という残留思念がかかっていた。そのとおりにしたら、二度目にもらったものは通信コードが書いてあった。

えええ、僕、気づいてない。

― 気づくのも、慣れってことですよ。アーセネイユ。

ウロンドロスがなぐさめ顔でいった。


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