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風の君臨 「王はわたしよ!!」予知能力こそ神々の頂点です  作者: 竹宮 潤


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若宮

 起き上がると、わたし付きの介助役ファネミさん以外にもう一人男の人がいた。

「お目覚めをお喜びもうしあげます。凪の宮さま。」

「…わたし、寝てる間にまた出世した?」

「はい、先のお目覚めの際の予言が成就いたしましたので。今日よりは凪の宮さまとお呼びさせていただきます。」

「ファネミさんにも、そう呼ばれないといけないの?」

「はい。凪の宮さまにお仕えできるのは、わたしにも出世でございますから。」

 ファネミさんはいつものようににこにこしている。わたし、最初は誰だったんだっけ。お母さんのようなファネミさんは何回も教えてくれたけれど、生みの両親がつけてくれた名前は淡雪のようにすぐ私の頭から消えていって憶えられない。それはわたしが予知能力者トエラルカだから、世俗のことは頭に残らないのだろうとファネミさんは言う。でも、名前って自分を表す大切な物でしょう。今日からは紅輪(こうりん)さまじゃなく、なぎのみやさまかぁ。

 男の人はまた明後日、予言をうけたまわる時にまいりますというと、いなくなった。ファネミさんは男の人にお辞儀をすると、いつものように甘いツリンのジュースを持ってきてくれた。

「おいしい。」

「次は何にしましょ。冷たいのも温かいのも支度してありますよ。」

 起きてしばらくは飲み物をひたすらとる。寝ている間は起きているときよりうんと少しの栄養で生きるために、とくべつな水が体に入れられている。それを追い出して起きている体にもどさなければいけないのらしい。体につながっていたいろんなケーブルをはずしながら、運ばれてきたたくさんの飲み物を次々飲み干していく。気に入った味の物はおかわりもする。

「通算で起きておいでの時間がもうじき15年分になりますよ、凪の宮さま。ご成人のお祝いをいたしませんと。」

「それ、ずっと前もしたような…」

「あれは、お誕生日から15年です。今度のは眠っておいでの時間を抜いての、生活時間だけの15年です。今度は、体がお丈夫でしたら、成人体になれるかもしれません。そうなったら二重におめでたいことです。」

「なんで?」

「成人体をお持ちでしたら、お目覚めの時にいちいちこうやって体の管理をしなくて済みます。眠りに戻られる時もあっという間ですよ。そうなったら遠くへお出かけすることも、王様にお目通りすることもできるかもしれません。」

「王様に会うことは、おめでたいことなの?」

「凪の宮さまがご覧になった未来を、この世にもたらしてくださるのが王様ですから。」

 ん-何かよくわからん。わからんのはわたしが予知能力者のせいかな、それとも学校に途中までしか行ってないせいなのかなあ。でも成人体があると、子どもが持てるらしい、という話はきいた。朝涼の宮さまは青の方との間に姫様がいらっしゃるそうな。なんかそういうのは世俗なのかもしれないけど、いい。うらやましい気がする。

「成人体、もてるといいなあ。」

「お持ちになれるとよろしいですねえ。」

 話している途中で、ファネミさんが急に黙った。そういうときはたいていテレパシーで誰かと話している時だ。わたしは共感応のうんと低い帯域のしか聞こえない。送るのも、しゃべる方が早いからちっとも練習しないので、結局うまくできない。学校に行っているときはずいぶん悲しい思いもしたが、ここにいる限りは何の不自由もないから、今は開き直っている。

「凪の宮さま、ご実家から宮号をいただかれたお祝いがとどいているそうです。」

「お祝いって何。」

「さあ。ご自分で受け取られますか、物だけいただいていつものようにお礼状ですまされますか。」

「物もいらんのやけど…」

「そのように無下なことをおっしゃっては。」

ファネミさんが困り顔になる。

 わたしの両親の片方は「青の人」なんだそうだ。だから新生命宮の中のことを教えてもらうことができるので、わたしが起きると贈り物が届く。「紅輪」の名前をもらった時も、部屋が埋まってしまうかと思うほどの贈り物が来た。あんなはた迷惑なことがまたあるのかと思うと気が重くなる。予知能力者には、普通は子どもの時でさえ両親が関わらないようにするものなのに、何なのだろう。

「わかった。もう、お礼状書くから、帰ってもらって。」



 四日経って新生命宮から、招集がかかった。銀海の宮の代理が決まったので、四王会議を開きたいの旨である。

― で、この代理ってのはどんな人なの。

― 凪の宮とおっしゃって、セレタスの王族の出身だそうです。父親がこの子が将来銀海の宮の跡継ぎになると見たそうで。

 さすがはウロンドロス、調査が早い。わたしたちが打ち合わせをしているのは、ようやく内装の出来上がったわたしの公式な執務室の一画にある「お茶室」である。客人のもてなしのためではなく、わたしと影たちが使う休憩室だ。

― ふうん、「若き4人の王、立たれる」なんでしょ。その人いくつ。

― 実年齢では30歳前後かと。ただ生活年齢ではキナンの皇子さまと同じくらいだと聞き及びます。

 王族の予知能力と、予知能力者トエラルカの力とは、同じ未来を見るのでも少しやり方が異なる。トエラルカは肉体を離れて意識だけで時間をさかのぼり、映像を見るように出来事を見てくる。それは言葉を尽くして予言として書かれ、また心像画として描かれる。

 一方で王族は、自分自身が関わることを直感的に知るのだ。それは客観的に提示できるものではなく、正しい未来であっても説明のつくものとは言えない。その結果、王族の予知は「事件が起きる間際に、被害を最小限に食い止める」程度のことしかできないのだ。

 例えるならば、初めて訪れる街に入る時に、詳細な地図をあらかじめ手に入れて目的地に向かうことができるのがトエラルカで、この角を右、2ブロック行ったら今度は左だな、と行き当たりばったりのようでもたどり着けるのが王族なのだ。

 おそらく凪の宮の父親も、愛する娘の将来を何かの折に垣間見たのだろう。

― 未成年なの? そりゃあ確かに若いわ。それで銀海の宮の代理、勤まるの。

― 宮号をいただいている以上、予知能力者としては一人前だと思いますが。

― なるほど、確かにそうね。私のお母様も、お父様がお見染めになられたときは、ほんの子供だったってうかがったわ。

 ウロンドロスがあきれたように黙り込む。まあ、実の両親の馴れ初めを他人事ゴシップのように話すのだから、仕方ないだろう。お父様にしてみればわたしに、ひたすらできる範囲の帝王学を教え込んでおきたかっただけなのだが。気を取り直して、ウロンドロスが続ける。

― 最初の眠りに入られたお年が早い方は、満足に初等教育も受けていないことがあるそうですから、幼い言動が抜けないのだと聞いたことがあります。

― ふうん、じゃ凪の宮さんとやらもその口ね。まあいいんじゃない。皇子さまも四王会議にはいらっしゃることだし。それよりも、ねえエルクリーズ!

 わたしは、「大声を張り上げているレベル」で、自分の尚侍(ないしのかみ)を呼び立てる。

― ねえ、わたしって、即位式の以外に礼装って作ったかしら。いったいなんで4王会議は礼装なんて決まってるの?


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