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朋友

 久しぶりに降りる新生命宮は、わたしが暮らしていた子供のころとほとんど変わっていなかった。ここはその名の通り、リゼア人の人生の通過点であり、旅立ちをする場所。いつ来てもたくさんの人がいて、またそれぞれの場所へ出かけていく。死出の旅に赴く賢者の年合いの人、赤ん坊を迎えようという二人カップル、そして原野フィールドに出る子どもたちと、成人体を得たばかりの若者たち。

 つい、感慨深げに眺めていたら、

― ミトラ王。

 と呼びかけられた。振り向いたわたしはまっすぐ相手に駆け寄った。

― お久しゅう、皇子みこさま。

― ご即位おめでとう、アルシノエ。やはりあなたのほうが先でしたね。三年ぶりになりますか。

 3年のうちに背が伸びていた。再会を喜び合ったこの人は、キナンの王位継承者、ハーミオン・クレズシカ。現キナン摂政王トトラナとコーグレスの息子である。

 前キナン王が自身の退位を決めたとき、後継者となったのは当時妊娠中だったトトラナで、しかも彼女は王族ですらなかった。これは予言書に言う「生まれついての王」であろうということになり、ハーミオンと名付けられた皇子は成人するまで即位を猶予され、それまではトトラナと彼女の配偶者であるコーグレスの二人が共同統治の摂政王としてキナン王位を預かることになったのだ。トトラナは、ハーミオンを生んだ後はもともとの高位市民ミドリとしての能力値に戻ってしまい、今は王族のコーグレスがかろうじて王の権威を保っている状態だという。キナンの人々がこの空位な状態を認めているのはトトラナが冒しがたい気品のある清浄な美人だからだと専らの噂である。現に息子のハーミオンもとてもきれいだ。

 だが、この美形の皇子さまは、年齢にそぐわない大人びた子で、10歳になった時分から両親とともに政務に関わる会議に出席し、予言書も見せてもらっていたらしい。さすがに生まれついての王と言われるだけのことはある。子ども扱いはされてなかったのだ。

 わたしたちが出会ったのはそんなころで、彼はたまたま見かけた「宮の公女ひめさま」と呼ばれていたころのわたしに、いたく関心を示した。そしてときどき新生命宮でわたしを待ち伏せしては、おしゃべりを楽しんだのだ。そう、わたしが王位に就くことを最初に予知したのはわたしではなく彼である。おそらく彼はわたしに自分と同じ立場にある者のにおいをかぎつけたのだろう。ただ常に護衛やら守役やらを何人も引き連れている彼と、両親を亡くして一人っきりで生きているわたしとはある意味正反対の生き方をしていたのだが。

― 皇子さまも、もうじきに原野フィールドへ発たれるのでございましょう。

― うん、あと二月ほど。初めて一人になれるからね、楽しみにしているよ。

 後方十歩ほど離れたところで、わたしたちを見守っているお付きたちにちらりと意識を向ける。今日は3人だ。どこへ行っても叱られたり文句を言われたりはしないけれど、お付きをまくことだけは厳禁なのだそうだ。

 成人前の1年間、すべての人がジェン原野フィールドと呼ばれている空間で肉体を持たずに過ごす。もともとは成人体を作る間の仮の方便だったのだが、ここで過ごすことでリゼア人のもつテレパシーやテレポートなどの能力が格段に上がることがわかり、今はすべての人に解放されている。ここには14歳の誕生日の翌日から1年だけしかいられない。肉体をはじめあらゆる物質の存在がない、空っぽの世界を純粋な精神体アストラルフォームだけですごすのだ。当然彼のお付きたちもついてくることはできない。

― 今度はわたしが皇子さまのお帰りをお待ち申し上げましょう。

― うん、そのあとは3年間の外宇宙実務が待ってるし。ね、アルシノエは外宇宙、どうだった。楽しかった?

― ええ、いろいろございましたよ。良くも悪くも、開眼させられる体験でございました。

 最初の出会いの時には彼の方が高位だと思い込んでいたので、今は王位に就いたわたしのほうが丁寧になるという敬意の逆転が起こっているが、今更慣れた方法を変えることはできないので、そのままになっている。お互い内心そこに気づいているので、会話の端々でつい笑ってしまう。彼のお付きから見れば、さぞや面白い光景だろう。

 ふと気がついて、尋ねてみることにした。

― 皇子さま、少しお時間をいただけましょうか。わたし、ご意見を伺いたいことがございます。

― 予言書? 

 目線で同意する。彼の意識がわたしの思考の表面をなぞっていく。

― うん、わかった。行きましょう。ちょっと待ってて。

 振り向いてお付きの者たちに話をしたのだろう。後ろの3人が改めて膝をつきわたしに礼をする。

 そのまま2人で新生命宮第2室の「王の間」へ行く。子どものころ入り口から覗き見したことしかなかった王の間に、自分がすわるのはなんだか妙な感じだ。王が二人お出ましとあって、たちまち十枚近い石板タブレットが運び込まれる。

― 使い方、わかりますか。ひっかかる言葉があればチェックを入れて、ないなら、そう、そうやって次へ追っていくんです。

 一枚使っていれば残りの石板タブレットにも近似の内容が挙げられていく仕組みだとわかった。大事だと思う内容に当たればそこで止めておいて、別の石板タブレットでさらに別の予言を読み込んでいく。二人でしばらく予言書の読み込みに集中した。

― これ、まずいですね。

 先に止めたのはわたしのほうだった。


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