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零霊録  作者: じじ子
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礼金

「よっと」


 ひとりの少女を無事祓うという大仕事を終えたにもかかわらず、世羽も八十一も、まるで何事も無かったかのように地上へと降り立った。

 路地裏を狙ったからか、咎めるものはお昼寝中の猫だけで済んだのが幸いだ。


「お疲れ、万年厨二病人たらしくん」

「また増えてるな。しかも、厨二病は認めるが俺はたらしじゃない」

「どこがだろうなあ。さっきも見事に懐に入り込んでたくせに」

「あれはあの子が純粋でいい子だったからだ」

「そこは普通自分の手柄だって誇るところだよ」


 お互い労うこともせず、またいつも通りの会話を繰り広げるふたり。


「世羽さん、八十一さん」


 そこに割って入ったのは、今にでも泣き出しそうな顔をした。


「おふたりとも無事でよかった…」

「ちゃんとあの子は助けたよ。ルカくん」


 必死に我慢をしている中、ぽんぽん、と肩を叩いて優しく言われればそれも崩壊する。

 溢れる感情は悲しさなど入る余地もないほどにあたたかいものだ。

 哀に流すだけが涙ではない。


「ありがと、うございます…!」


 留加は感謝の気持ちを目一杯叫ぶと、あとは目の前のスーツの裾を握り、声にならない声を上げて泣いた。

 ぽたぽたとコンクリートを濡らす雨は止まらない。


「こんなことで泣くのか。…もうすっかり忘れちゃったな」


 なんて呟きながらも、留加の涙腺が落ち着くまで、世羽は何もしなかった。

 いくら服がシワになろうが気にせず、手を振り払うこともせず、声もかけることなく、ただじっと待った。

 どれくらいそうしていただろう。


「すびばせん。お見苦しいところをお見せして」


 ようやく顔を上げた留加は、顔を真っ赤にしながら土下座でもしそうな勢いで頭を下げた。


「別にいいけど、まだやることが残ってるんだよね。ルカくんは行ける?」


 やること、と言われて思わず留加の顔がひきつったのは、先程の情景を思い出してしまうからだろう。

 少女の叫びは今も鼓膜をしっかりと支配したままだ。


「一応言うけど、さっきみたいに祓うわけじゃないよ。精神的には来るかもしれないけどね」


 あまりにも固い留加の表情を見てさすがの世羽も軽くは説明してくれたものの、戦う訳ではないらしいと知っても喜ぶバカはいない。

 むしろ精神的に来ると言われてさらに肩を落としたくらいだ。


「…行けます。大丈夫です」


 だが今更帰るのも居心地が悪いと、留加はしっかり世羽の目を見て答えた。

 空元気が伝わらないようボリュームを上げた声が、静かな路地に響く。


「了解、まあ君なら着いてくると思ってたけど」


 彼の意志を確固たるものだと判断したか、世羽も止めることはしなかった。

 そのまま、お互いの視線が行き交うのをいいことに、留加を手招いて呼ぶ。


「じゃあちょっと見てもらえる?」

「何をですか?」

「ここ。何か落ちてないかな」


 言われた通りに指された地面を辿ると、確かに落ちていた。

 何も書かれていないが、形状は古い名札のようだ。

 そう伝えると、世羽は拾うように指示をした。

 何か理由があるのだろう。


「大事に持っておいて」


 でなければこんなことは言わない、と留加も何も聞かずに従った。


「次は何をすれば?」

「ああ、ルカくんはもういいよ。あとは八十におまかせするだけだから」

「面倒事はいつもこっちに押し付けといて何言ってる」

「失礼だな。祓うのは私がやったんだから、送るのは八十に譲ってあげてるんだけど」

「なら次は逆でやるか」

「いいよ、じゃあ今度零級呪縛霊のお祓い行こうか」

「それお前も死ぬぞ」


 見ると、八十一は分厚い本を片手にぺらぺらと小気味いい音を立てていた。

 半分くらいページをめくったあたりだろうか、何も無いまっさらな紙が出てきたところで手が止まる。


「留加、名札をこっちに」

「はい」


 持っていた名札はきちんと渡したのだが、恐らく見えていないのだろう、八十一は本当にあるのか自分の手のひらを何度も確認した。


「載ってるんだよな?俺の手に」

「はい、重みありませんか?」

「いや全く。でもあるならいい」


 かといって、留加が嘘を吐くとも思えない。

 空虚な左手をそっと本の上に置いて、八十一は大きく息を吸い込んだ。

 ふわあ、っと吹き渡る風に乗せて、その息と共に言葉を吐く。


「『霊録、五百一』」


 呟いたものはてんで意味の分からない、ただ無意味というわけではもちろんない。

 一、を言い終えた瞬間、何かが弾けたように瞬き、名札が本の中に吸い込まれていくのを留加だけが見た。

 そして同時に、真っ白だったはずの紙の上にするすると文字が浮かび上がってくる。


「どういう原理なんですか、あの本」


 超常現象にも似た現実の出来事は、留加もさすがに看過できなかったらしい。

 世羽に小声で聞いてみると、彼も同じように小声で答えた。


「霊書っていってね。霊の名前を記録して、魂と一緒に常世に送るためのものだよ」

「魂と一緒に名前も送る、というのは弔うためにでしょうか」

「いや、そんな優しいもんじゃないよ」


 ふ、と自嘲するように世羽は続ける。


「名前が一番強い言霊だから、残ると現世に舞い戻ってきてしまう。せっかく祓った魂がまた悪霊になるのを防ぐために、全てきちんと送る必要があるんだ」

「なるほど…容易なことではないですね」

「そりゃあ人ひとりが相手なんだから、サクッと片付く訳ないよね」


 最後の言葉には留加も大きく頷いた。

 人ひとり、という扱いはふたりの間では共通認識のようだ。


「はい、自分の人生がお手軽に片付けられたらたまったものではありませんし、それこそ恨み辛みにも繋がりますものね」

「そうそう。一度関わった以上、ちゃんと終わらせるのも私たちの仕事だ」


 そんな仕事の一環である、まだ止まない光を眺めながら、世羽は静かに笑った。

 そして留加の方を見る。


「けど君は、部外者にもかかわらず最後まで投げずにいてくれた。感謝しないといけないね」


 反対に、留加は今にも泣きそうな顔で言った。


「いえ、そんな。自分の方こそ…謝らないといけないので」


 散々泣いて情緒が決壊しているせいもあるだろうが、わざわざ謝るだなどと前置くのはよっぽどのことだろう。

 世羽も訳が分からずに聞く他なかった。


「謝るって何を?何かされた記憶はないんだけどな」


 何を、という具体的に理由を指し示した質問に、心底答えづらそうに留加は言う。


「最初、霊だなんだと言われて、ああ関わってはいけない方々なんだと思い、つい色眼鏡で見てしまっていた自分がいました」


 しかし霊は実際にいて、なおかつ彼らをきちんと敬意を持って祓い届けるふたりの姿を目の当たりにした。

 そこでようやく、己の物差しの方が狂っていたのだと知った、と全てを吐露した。


「会見のホールで失礼な態度を取ってしまったことも、重ねてお詫びさせてください。申し訳ございません」


 きっちり最敬礼で頭を下げる留加を上から見て、世羽は頬の笑みをさらに強めた。

 決して嘲笑っているのではない、というのは、彼の目を見れば何より明らかだ。


「……ほんと、腹立つくらいいい子に育てたね」


 優しさに揺れる虹彩は一瞬だけ、留加ではない何かを面影に見る。

 細められた目の奥に、一体何が映っているのか。

 その景色は世羽しか知らない。


「ねえ、ルカくん」


 幻想を振り払うためか、やや強めに、敢えて明るく言う声は気味が悪いほどによく響いた。


「謝って済むならなんとやら、って言葉は知ってる?」


 怒られると思ったのだろう、留加の肩が一瞬強ばった。

 だが非は圧倒的に自分にあると、頭も上げずに答える。


「はい。もちろん謝るだけで済むとは思っていな、」

「だからさ」


 ただ、世羽は答えなど求めていなかったらしい。

 見事に会話をぶった切ると、さらに重苦しい雰囲気をも連続で切りつけるように言った。


「焼肉奢ってよ。それで全部チャラにしてあげる」


 くいっ、と親指で示したのはつい先程話題に挙がったばかりの店。

 まさか肉だなどと言われるとは思ってもみなかったのだろう、留加もさすがに顔を上げた。


「焼肉、ですか」

「そう、何か不満?」

「いいえ、でもそんなことで済ませていただけると思わなかったので、大丈夫なのかなというか…」

「御託はいい、奢るの奢らないの、どっち?」

「もちろん全額奢ります」

「よし、いい返事だ」


 謝罪タイムもそこそこに、世羽は軽い足取りで八十一のもとへと走った。

 どうやら記録は終わったのだろう、明滅もいつの間にかなくなっている。


「八十、聞いて驚くといい。今から焼肉だ」

「肉?なんでまた」

「ルカくんがどぉおおおしても私たちと親睦を深めたいから、ご飯をご馳走させてほしいってさ」

「まあ理由がなんであれ断らんが、嘘は吐かない方がいいぞ」

「嘘ってすぐ分かるのか、すごいね」

「この子が自分の主張ゴリ押しする奴なわけないだろう、お前じゃあるまいし」

「いや分からないよ。今は本性を隠してるだけかもしれない」

「そら隠すだろ。出会って一日も経ってない奴にオープンで行ける奴なんてお前くらいのもんだ」

「君って私のこと一体どんな風に見てるんだろうな」


 ずばりと見抜きつつ、八十一は留加の方を見て言った。

 若干呆れまじりに、大半は嬉しそうに。


「ちなみに留加、こいつ死ぬほど食うから後悔するなよ」

「え」

「この前カツ丼二杯と味噌ラーメン食べてた君に言われたくないなあ?」

「ラーメンはデザート、カツ丼は飲み物、これは世間の常識だ」

「じゃあカレーは?」

「食べ物以外にあるか?」

「そこは飲み物って言うところだったよ」


 またやんややんや言い出したふたりを横目に、留加はおずおずと自分の財布を確認した。

 そして中身を見ながら言うことがこれだ。


「すみません、近場のATMってどこかありますか…」

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