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零霊録  作者: じじ子
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無礼講

「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」


 どこぞの社交パーティーばりの豪華絢爛な会場は、今日、一企業の次期社長お披露目会見のためだけに貸し切られた。

 無論名前を出せば知らないものはいないほどの大手だが、気合いが入りすぎているような感覚は否めない。

 それくらい派手だ。


「よっと」


 そんな中、でろでろに着古したジャージ姿の男がひとり。

 何故か警備員に見とがめられることなく最前列のテーブルに当然のように腰掛けた。

 もちろんドレスコードなどではない。

 周りはぴしっとスーツに身を包んでいる。


「ギリギリセーフといった頃合いかな」


 無論本人は何ら気にすることなく、しれっと呟きながら煙草をふかし始めた。

 さすがに駄目だと思ったのだろう、近場にいた若い男性が、とんとん、と非常識な男の肩を叩いて言った。


「あの」

「はい?」

「ここは喫煙所ではありません。間違えて入ってしまったのなら、左手のドアから速やかにお帰りください」


 分不相応だから立ち去れと言わんばかりの物言いだが、そう言いたくなるのも致し方ない。

 むしろ何故周りが誰も何も言わないのか不思議なレベルである。


「へえ…」


 散々好き勝手やった男は注意を受け腹を立てるのかと思いきや、むしろ真逆の笑顔で言った。


「大丈夫、やることやったらとっとと帰るんで」


 しかし、言葉の意味はてんでわからなかった。

 会見は数分で終わるような短さではないというのに、とっとと帰るとはこれ如何に。


「はい?」


 もしや何か別に「やること」があるとでも言うのだろうか、と目で問うた彼に、男もまた目で伝えた。


「見てればわかるよ、ちゃんとね」


 正、という回答を。


「どういう意味で、」

「長らくお待たせいたしました。これより、株式会社アースディルス次期社長の就任会見を執り行います」


 まだ何か聞きたげだった台詞をぶった切ったのは、言うまでもなく本日の司会進行だった。

 かっちり決まった眼鏡とスーツにスポットライトが当たれば、騒がしかった場内も一気に静まり返る。

 こういうところは日本人の性だろう、彼も不満そうに手近な席に腰掛けた。


「あの人、一体何をするって言うんだ」


 皆が進行役の方を見つめる中、彼の視線は専らジャージの黒ラインを捉えて離さない。

 もはや取材という当初の目的も忘れ、ただ男の一挙手一投足を見張った。


「な、んだ、これは!?」

「え?」


 だからか、裏から聞こえた悲鳴にも近い声に、すぐさま反応ができなかった。

 一拍遅れて振り返ると、そこにはスクリーンにでかでかと映された一枚の書類があった。

 何事かと目を凝らすと、見て早々に彼は呟いた。


「…本来の耐久テストの数値と違った結果が申告されている」


 他にも気づいたものが数名いたのだろう、途端に会場はざわざわとざわめき出した。

 予期せぬアクシデントに、司会も何事かとわたわた自分のカンペをめくり散らかしている。


「皆様、お、落ち着いてください!えぇ、こちらは我が社のものではございません」


 などと言い訳するのを読んでいたかのように、スクリーンは次へと移り変った。

 誓約書と書かれたそれには、テストに携わったものたちへの守秘義務と、見返りとして会社から金百万を支給することが記されていた。

 もちろん実名つきである。


「ふむ、こちらの書類には前社長の署名と捺印がございますが?」

「それは、もう社長は退任されましたので、我が社と何ら関係はなく…」

「任期中にやってんならあんたんとこの責任だろ、何言ってんだ」


 しどろもどろな言い分も火に油を注ぐだけとなり、結果、火種はどんどん激化して行った。

 宣伝のためだけに呼び寄せられたマスコミも、今では不正を暴こうと躍起になって、レコーダーなりマイクなりを傾けて詰め寄っている。


「こちらの書類に関して詳しくご説明いただけますか」

「いや、えっと、何かの間違いです!」

「間違いなわけはないでしょう、現に先程自社のものではないと嘘を吐かれたじゃありませんか」

「ちょっと、私では分かりかねますので、担当のものに後日改めて会見を…」

「不正担当の方どちらにいらっしゃいますか?」


 もはや袋叩きとばかりに密集した人混みの中で、ゆっくり流れに逆らう姿があった。


「さてさて、無事終わったかな」


 バーゲンセールのごとくネタに群がる者たちなど意にも介さず、のんびりのんびりと歩くその様は相変わらず誰にも咎められなかった。


「あの!」


 ただひとりを除いて。


「お疲れ、ちゃんと見てくれてた?」


 ふりふりと手を振って応える男に、彼は旧友かのような錯覚を覚えた。

 無論、出会ってつい数分ほどの間柄だと、心の中で頭を振って否定したが。


「見てましたけど…先程のあれはあなたがやったとでも言うんですか」

「うん、って答えたらどうする?」

「内部告発だとは思いますが、どうやって証拠を手に入れたんです?」

「ふむふむ、何で内部だと思うの?」


 質問に質問で返され、若干彼もイラッとしたように瞬きをしたが、答えねば話が進む気配もない。

 なので素直に答えた。もちろんしっかりと目を見たまま。


「あんな確固たる証拠を外部が手に入れるには不法侵入するしかないでしょう、けどあなたの格好じゃすぐに見つかる。加えて今日も警備員に止められなかったことが、関係者であるという何よりの証拠では」

「なるほど、確かに的を射た推理だ」


 とは言うものの、どこまでも答えをはぐらかす男にいよいよ彼も我慢の限界が来たらしい。

 ぐ、っと一歩近づき、詰め寄るように睨みつけて問う。


「答えてください。あなたは誰で、どうやってあの書類を入手したんですか」

「うーん。教えてあげてもいいんだけど、場所が悪いとは思わない?」


 若干笑いが混じった男の言葉には、彼もはっと我に返ったように周りを見た。


「社長はこの事実をご存知なんですよね!?」

「いえ、全て前社長の一存で行ったことで、私どもは何も存じ上げておりません」

「では先程の担当者というのは前社長のことであり、会見も前社長が開くという認識でお間違えないでしょうか」

「ええと、ご高齢で今現在病を患っていることもあり、別のものが後日説明を行うという形で」

「今朝ゴルフ行ってる写真アップしてますけど、大丈夫なんじゃないんですか?」


 今も尚厳しい追及が続くホール内では、落ち着いて会話もできないだろう。

 はぐらかされている気がしないでもないが、言っていることが間違っているわけでもない。

 そう判断したのか、彼はすっとパーソナルスペースの枠内から引いた。


「…おっしゃる通りです、手荒な真似をしてしまい申し訳ございません」


 彼が深く頭を下げると、やめろとばかりにぺしっと小突かれた。

 反射で顔を上げると、そのまま腕をむんずと掴まれる。

 はぐれないようにか、逃げないようにか、はたまた両方か。

 真意は右の腕にしか分からない。


「全然気にしてないから大丈夫、じゃあ行こうか?」

「近場に喫茶店ありましたよね、そちらでよろしいでしょうか」

「ああ、そこの珈琲も美味しいんだけど、ただ楽しくお喋りする訳でもないからね。ってことで、着いてきてもらえる?」


 問いかけてはいるものの、拒否権は最初からないも同然だ。

 返事をすると、それを合図に男は歩き出す。

 先程の亀のような歩みが嘘のようにせかせかと動く様は、何かを急いでいるかのようにも思えた。


「ちなみに軽く話しておくと、私は内部の人間ではない」

「そうなんですか。では一体どうやって証拠を手に入れたんです?」

「君がさっき自分で言った不法侵入ってやつだよ。誰にも見つかることはないけどね」


 言いつつあまりにも速い足取りのせいでいよいよ胸が苦しくなり始めてきた頃、突然男は立ち止まった。

 そして目が交差する。


「さて、なんでだと思う?」


 息もたえだえな状態にもかかわらず、どうやら休ませてはくれないらしい。

 彼もぜえはあと肩で呼吸をしながら、もうどうにでもなれとやけくそに答えた。


「なんでって、国民的猫型ロボット連れてったか、透明人間にでもなったからじゃないんですか」

「お、すごいね、半分正解だよ」

「はい…!?」


 確実に外れることを見越したものだったはずが、まさかの半分正解と言われて誰よりも答えた本人が驚いている。


「猫型ロボットじゃないなら四次元ポケットの方ですか」

「違うね、透明人間の方」


 だが、たとえニアピンだとしてもまるで意味が分からない、と彼はついに頭を抱え込んでしまった。

 透明人間に近しいものなんてあったか。

 などとぐるぐる頭の中で思考を巡らせ、ようやくたどり着いた答えはやはり到底意味が分からないないものだった。


「まさか、幽霊になって壁をするすると通り抜けた、なんて言わないですよね」


 彼もあまりに素っ頓狂な考えだと思っているのだろう。

 実際誰が聞いてもぶっ飛んでいる。

 しかし相手は笑うこともなく、至って真面目な顔で言った。


「そのまさかって言ったら君は信じるのかな?」

「信じるか、って……」


 冗談のような本気のような、どちらとも取れない言い方にはさすがに困惑せざるを得ない。

 だから明確に答えることなどできないが、代わりに無言のまま問う。

 突然何を聞くのだろうかと。

 そんな風に男を訝しげに見ると、今度は誤魔化すこともなく正直に教えてくれた。


「まあ信じてもらわないと困るんだけどね。だって」


 はぐらかされているとしか思えないような笑顔とともに、同じくはぐらかされているとしか思えないような答えを。


「本当に幽霊なんだからさ」

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