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9.知らないあなたも、知っているあなたも


千年前の状況を知っているから、わたしも深くは聞けなかった。口にするのもつらいことなら、無理に話さなくていいと思う。だけど同時に頼ってほしいとも思う。


ゼストは昔から責任感が強くて、強すぎるくらいで、龍族との揉め事にわたしを巻き込むことをひどく嫌っていた。怖がっていたといってもいい。ゼストを忌み子と呼んで殺しに来るような連中に、わたしが傷つけられることを何よりも恐れていた。


でもわたしは、何があろうとゼストと一緒にいると決めていた。龍族が何を仕掛けて来ようとも、それは断じてゼストのせいではないのだ。わたしが怪我をしたとしても、それはゼストが悪いんじゃない。攻撃してきた連中が悪いのであって、ゼストは何も悪くない。だからどうか一人で抱え込まないでほしいと思う。


……こうやって密かに悩んでしまうのは、最近、ユリウス殿下からの突き刺すような視線を感じるからでもある。


ゼストは殿下とは全然付き合いがないというし、実際わたしも二人が話しているところは見たことがない。学園でたった二人の龍族ではあるけれど、同胞意識は特にないらしい。


だけど、殿下はわたしを睨むように見てくる。それも、わたしの傍にゼストがいないときに限ってだ。


人族のくせに龍族に近づくなという意味なのだろうか。それとも、ゼストに対して何かしらの悪意があるのか。


今のところ視線だけで実害もないので、ゼストには話していない。知ったらゼストは絶対気にするし、殿下に直談判しかねないからだ。相手は龍族の王子様なのだから、こちらから事を荒立てるのは得策とはいえない。できるだけ衝突は避けるべきだろう。


わたしは堂々巡りする思考に小さく息を吐いて、意識を夏休みの計画に戻した。


楽しくてキラキラな夏がやってくる(予定)なのだ。答えの出ないことを考えていても仕方がない。


「やっぱり海には行きたいよね~。ハッ、いっそ創世魔法で学園に海を創る……?」


「閃いた! みたいな顔をしないでくださいよ。大騒ぎになりますよ」


「まあね。今のわたしじゃ創っても維持できないし、それに最近は、魔力の量だけじゃなくて反射神経も鈍ってきた気がする……。今朝、寮でコップを落として割っちゃった……」


昔だったら、落としても床にぶつかる前に魔法で止められていたのに。


テーブルに懐きながらぐすぐす嘆くと、ゼストは優しい顔でいった。


「昔と違って、身を守るために反射的に魔法を使う必要がなくなったからでしょう。俺は悪いことだとは思いませんよ」


「うう……、ゼストはわたしがよわよわな魔法使いになってもいいっていうの……」


「あなたが気になるなら訓練でも何でもお付き合いしますけど、俺としてはあなたがいてくれるだけでいいですね。どんな魔法使いでも、魔法使いじゃなくても、あなたがいてくれるならそれ以上のことはありませんよ」


わたしはテーブルに突っ伏した。耳まで熱くなっているのを隠す方法がほかに思いつかなかったからだ。


───ゼストさん、ゼストさんや、優しくて甘い声でそういうことをいわれると、こっちは心臓がばくばくいって大変なんですよ!


わたしはしばらく突っ伏したまま、必死で無になろうと呼吸を整えた。


それから身体を起こすと、何事もなかった顔をしていった。


「せっかくだから海辺でバーベキューはしたいよね~」


「お洒落なレストランはやめたんですか?」


「ふっ、ランチはお洒落レストランで取って、夜にはバーベキューをする。これがキラキラな夏の過ごし方なのだよゼストさん」


「なるほど。じゃあ俺がたくさんお肉を焼きますね。野菜も食べてくださいね」


ゼストが張り切った様子でいう。


わたしは清花蜜の炭酸水を飲みながら、ぱたぱたと手を振った。


「今はバーベキューの道具が売っているからね? ゼストに炎を出してもらおうとは思ってないからね?」


「そんな……、龍族の炎で焼いた肉が一番美味しいって、昔はあんなにいってくれたじゃないですか……」


「いったけどさあ! 裏切られたみたいな顔をしないで!?」


「俺よりぽっと出の道具を選ぶっていうんですか?」


「それはだって専用の道具だからね。ゼストはちがうでしょう?」


「ルーナちゃん……!」


ゼストが感動したような顔になった。


なぜバーベキュー用品と張り合ってくるのか。ゼストはときどき謎である。


千年前に焼いてもらっていたのは、鉄板もなければじっくり焼いている時間もなかったからだ。手早く食事を済ませるときには、高火力で一瞬で焼けることが重要だった。もちろん、そんな状況下でも食事は数少ない癒しの時間だったし、一番美味しかったのも本当だけど。


ゼストがしみじみといった。


「それにしても、バーベキュー専用の道具ですか。今はそんな物も売っているんですね」


「便利だよ。火加減の調節も簡単だしね。分厚いお肉を串に差して、炭火で焼くと美味しいんだよ~。今度はわたしがゼストの分も焼いてあげるよ」


「それは楽しみです」


ゼストはそう笑って、まるで愛おしい相手を見るような、ひどく優しい眼でわたしを見た。


「……なっ、なに? どうしたの?」


「いえ……、ルーナちゃんは色々知っているなと思いましてね。俺が知らないことも、ルーンが知らなかったことも」


「え……」


それはどういう意味だろう。いい意味なのか、それとも……。胸がざわついてしまう。それはずっと見ないようにしてきた不安だった。


わたしはルーンだけどルーンじゃない。今はもうルーナだ。ルーナ・ファリアとして生まれ育ってきたのだ。昔とそっくり同じじゃない。心も身体もルーンとは重ならない部分がある。

だけどゼストにとっては、今は千年前の続きだろう。


「俺が知っているのは千年前までですけど、あなたにはルーナちゃんとして生きてきた十六年の人生があるんですよね」


「それは……、ゼストにとって違和感がある?」


恐る恐る尋ねると、夜色の瞳は驚いたように見開かれた。


「えっ、あっ、ちがいます! すみません、悪い意味でいったんじゃないんですよ。昔と比べたつもりもなくて、なんというか、俺はただ……、安心するんです」


ゼストはどこか申し訳なさそうな顔でいった。


「俺の知らないあなたを見つけるたびに、今のこの時間が、俺の願望が生み出した夢や幻じゃないんだと実感できるんです。あなたはルーンであるけど、同時にルーナちゃんでもあるんですよね。昔と変わらないところもあれば、変わったところもあると感じます。そういった、俺の知らないあなたや、あなたの変化を知るたびに、あなたがルーナ・ファリア嬢という一人の人間だと、心に沁み込むように深く感じられるんです。それが……、俺には嬉しくて」


わたしは声が出なかった。


ゼストは甘く優しい瞳でこちらを見つめていった。


「昔とは違うあなたも、昔と変わらないあなたも、全部全部大事です。きっと俺の知らないあなたの顔がまだたくさんあるんでしょうね。俺は欲張りだから、それを全部知りたいと願っているんです。あなたが生きてきた十六年を、この先の長い時間をかけて知っていくことができたら、俺はとても幸せです」


そこまでいって、ゼストは恥ずかしそうに口元を抑えた。


「すみません、俺、一方的に語ってしまいましたね……」


わたしは勢いよく首を横に振った。それから蚊の鳴くような小さな声で「ありがとう」とだけいった。

それ以上、なにかをいうと泣いてしまいそうだった。




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