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8.世界で一番傲慢な種族


雨がしとしと降る季節の昼休みには、広いカフェテリアの片隅でランチを取りながら、夏休みの遠出の予定を練った。


魔法学園の夏休みでは、帰省する子もいれば寮に残る子もいる。長期の休みを利用して旅行に行く子も多い。A組はほとんどが旅行組だろう。高位貴族や大富豪の家柄ともなると、将来を見据えて社交も兼ねた他国への旅行になるらしい。


大陸にはさまざまな種族が住んでいるけれど、主要な国家として挙げられるのは五つの国だ。

この人族国ハーミアと、獣人族国オルガノド。翼人族国リーンに、海底人族国アーティア。そして龍族国フレイヤ。


人族国で魔法教育が熱心なのは、五大国の中で最も肉体的に弱い種族だからだ。

獣人族は強靭な肉体を誇る。その速さ強さ身軽さは大陸一だといわれる。

翼人族は空を自在に飛び回る。彼らの空中王国へたどり着くには翼は持つか、あるいは飛行魔法に長けていなくては不可能だ。

海底人族は文字通り海の底に王国を築いた。他種族が攻め込むことのできない絶対的防御力を持つ国だ。


さて、ただの人族は? 強い身体を持たず、翼もなく、海中で生きることもできない人族はどうする? どうやって彼らと対等に渡り合う? 


その答えが魔法だ。魔法は他種族でも使えるものだけれど、人族ほど魔法に長けた種族はいない。


ただし、これらはすべて───龍族を除いては、という前置きが来る。


獣人族より強い身体を持ち、翼人族より空の支配者であり、海底人族国より海を制して、人族以上に強大な魔法を操る。世界でもっとも神に近い種族。神の化身ともいわれる龍族。


閉鎖的な龍族国にもしも旅行に行けたら、夏休みの自慢話としては最強だろう。


ユリウス殿下だけではなく、ゼストやわたしにまで「龍族国に帰省するのなら、ぜひご一緒させていただけませんか?」というお誘いがすでに数人から来ていた。だけどゼストに帰省予定はないというので、すべて丁重にお断りしている。


ゼストには「ルーナちゃんがもし龍族国に行きたいなら予定を立てますよ?」といわれたけれど、今年のわたしはまったく行きたくない。ゼスト以外の龍族にはろくな思い出がないのだ。


まあ、去年のわたしなら何が何でも龍族国に行きたかったけれど。


ゼストが夏休みは寮で過ごすというので、わたしも今年は寮に残ることにした。両親からは残念そうな手紙が届いたけれど、ゼストを連れて帰省するのはまだ心の準備ができていない。


実家に誘ったら、ゼストは()()()()()喜んで来てくれるだろうけど、両親は絶対に恋人を連れてきたと考えるだろう。まだ付き合えていないのに親の中で交際が既成事実になってしまう。帰省だけに。いやつまらないギャグを考えている場合ではない。


この夏こそは……、この夏こそは頑張る! と決めているのだ。 ゼストと何かこうイイ感じの雰囲気になって告白とかしたりしちゃうのだ。そしてラブラブなカップルとしていちゃいちゃな夏を過ごしたい。


わたしはそんな下心いっぱいで夏休みのお出かけプランを調べていた。


「う~ん、海沿いにお洒落なレストランがあるって聞いたんだけど、乗合馬車じゃ日帰りは無理だよねえ。でも、飛行魔法付与の馬車は高いし……」


お金がないわけではないのだけど。成金男爵家なので、両親からは怖いほどの大金のお小遣いをもらっている。ゼストも本人がいう通り結構な収入があるらしい。


でも、わたしたち二人とも千年前の貧乏性が抜けていないのか、高い物を買うのはなかなか勇気のいることだった。ほどほどの庶民価格が一番安心できるのだ。日常生活なら安くて美味しいが最強だし、ときどきならちょっとお高くてお洒落で素敵は最高だ。でも値札を思わず二度見してしまうようなお値段は怖い。


ゼストがデザートのカスタードプリンを美味しそうに食べながらいった。


「そういえば確認したことがなかったですけど、今のあなたって飛行魔法はどのくらい使えるんですか?」


「技術面でいうならルーンだった頃と同じくらいかな? でも、圧倒的に持久力がないのよ。魔力量が少ないから、すぐ燃料切れになっちゃう。海まではとても飛んでいけないわ」


「それなら俺が龍化しましょうか? 俺の背中に乗って行けばいいでしょう。龍の姿になったら世界最速の種族ですから、一瞬で着きますよ」


龍化。そして海という広々とした場所。その言葉の組み合わせに、わたしの胸は期待にざわめいてしまう。龍族には、そのシチュエーションで行う特別な恋愛的儀式があるのだ。


だけど、それとなくゼストを窺っても、そこに特別な熱は見えず、あるのはただの親切心だった。わたしは内心でがっかりしつついった。


「今どき、人族の国で龍が空を飛んでいたら一大事件でしょう。速攻で学園長室に呼び出されちゃうわ」


「今の時代って龍化するだけで色々いわれて面倒ですよねえ」


「龍族への神聖視も凄いよね。昔は世界で一番傲慢な種族とかいわれていたのに」


今では人の姿を取った神様という認識だ。真の姿は大いなる龍であるから、ということらしいけど、空を飛ぶ龍の姿なんて昔は散々見た───それも強い警戒心を持って見ていた───ので、龍族が龍化できるなんて当たり前だろうと思ってしまう。


ゼストも首を傾げながらいった。


「国交が少ないから神秘的に見えてしまうんですかね? 傲慢なのは変わってないのに」


「変わってないんだ……。それでも自国に引きこもっていられるんだから今の龍族はすごいよね。昔だったら絶対戦争を始めていたでしょ」


「……そうですねえ……」


ゼストが濁した口調で曖昧に笑う。


そのあまり触れてほしくなさそうな様子に、わたしは表情に出さないように努力しながらも、内心で思い悩んだ。ゼストは今も、龍族との間でなにかあるんだろうか? 千年前の連中はさすがにもう墓の下だろうけれど、今の龍族との関係性がどうなっているのかはわからない。


それとなく尋ねたこともあったけれど、ゼスト自身はほとんど眠っていたというだけで、龍族国での話はしたがらない。





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