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7.お土産ショップで初恋のひとのグッズが売っている


当時の教会幹部は、わたしに山ほど仕事を押し付けてくるくせに、こちらの救援要請は無視するような連中だった。


ゼストと出会う前はよく『わたしが連絡断って消えたらこいつらは後悔するのかな? わたしがいなくなったらようやく自分たちがどれほど酷い扱いをしていたか気づくのかな?』なんて怨念混じりに考えていたものだけれど、実際にわたしが戦死した後はご覧のありさまである。誰なのよこのご老人は。偽者に名前を奪われるなんて、世知辛いにもほどがある。


……とはいえ、昔のわたしがそうだったように、一緒になって怒ってくれるひとがいると、それだけで気持ちが和らぐものだ。大好きなひとが、わたしのために怒ってくれている姿を見ると、嬉しくすらなってしまう。嫌な気持ちよりも嬉しさが勝る。ゼストが普段は穏やかで、めったなことでは怒らないひとだと知っているからなおさらだ。


わたしは口元をほころばせていった。


「もう千年も前の話だからね。今さら文句をつけても、頭のおかしい人だと思われて終わりだろうし、ここはこちらが大人になってあげようじゃないの」


「───わかりました。それなら俺が龍化して、教会本部へ出向きます。千年前の黒龍が現れたら、今の上層部も無視はできないでしょう」


「こらこら、やめようね。そんなことしたら大騒ぎになっちゃうからね」


わたしはなだめるように、ゼストの背中をぽんぽんと叩いた。


夜色の瞳が恨めしそうにわたしを見つめていう。


「この世界を守ったのはあなたなのに」


「二人で一緒に守ったでしょ。まあ、わたしもこれを最初に見たときは腹が立ったけど、ゼストが怒ってくれたからスッキリしちゃった」


笑い混じりにそう軽くいうと、ゼストは渋い顔になった。


わたしは大聖堂の通路を進みながら、隣を歩く長身を見上げていった。


「それにお爺ちゃんになっているのはともかく、大魔法使いルーンという呼び名は格好良いと思うんだよね。大聖女って、清らかな乙女とかいわれて、恋人の一人もいないんだろうって煽られている気がしていたからね!」


「昔もいいましたけど、その点に関しては深読みのしすぎですよルーナちゃん」


「大魔法使いは格好良いからすごくいいと思う。ゼストの“始まりの龍”もいいよね~」


「うちの一族が俺に付けた名前は“終焉の夜(イル・ゼスト)”だったはずなんですけどね。こんな呼び名、誰が付けたんだか」


ゼストの声はどことなく冷たい。


わたしは冗談混じりにいった。


「始まりの龍は格好良いと思うんだよね。改名する?」


「しませんよ。俺はただの(ゼスト)で、あなたと合わせたら月夜になるんでしょう? 俺はそれがいいです」


今度はゼストは穏やかに微笑んだ。


ゼストとは龍族の古き言葉で夜を意味し、ルーンは満月を意味する。だからかつては、二人そろって月夜だねと笑いあったこともあった。


わたしはくすぐったい気持ちになって笑った。


「そっ、そっかぁ。ふふふ、そうだね、わたしたちは世界の夜明けを目指す月夜コンビだったもんね!」


「まあ誰かさんは勝手にお隠れになりましたけどね。俺に残りの魔物どもの片づけを託して、一人で先にね」


「本当にすいませんでした」


思いきり目をそらしつつ謝ると、ゼストがくすりと笑った。


わたしはすぐにゼストのほうを向いて、その腕をぐいぐい引っ張った。


「ね、せっかくの社会科見学なんだから楽しもうよ。この先にあるステンドグラスは、それはもうキラキラしていて綺麗なんだよ」


「……あなたがそういうのなら。わかりました。ステンドグラス、見るのが楽しみです」


「出口付近にはお土産ショップもあってね、始まりの龍をイメージした模造剣も売っているんだよ」


「へ、へえー。龍のイメージで模造剣? なんでまた模造剣?」


「刀身の部分が黒くてギザギザしているの。強そうで格好良いんだよ」


「それは……、幼い男の子向けなんでしょうか?」


「わたしも一本持っているよ」


「なんで買ったんですか!?」


格好良かったから、と、わたしは胸を張って答えた。


そして同時に、あることに気づいて背筋に冷たい汗が流れていた。


───まずい、お土産ショップで売っている“始まりの龍”グッズ、わたし、だいたい揃えて寮の部屋に飾っているわ。


壁掛けサイズの絵画や木彫りのミニチュア像、刺繍されたハンカチやタオルなど、一通りのものは収集済みである。


だって初恋のひとのグッズが作られていたんだよ? 買わないという選択肢が存在する? しません!


でもゼストに知られたらまずい。一つや二つならともかく、たくさんあるのだ。いくら優しいゼストでもちょっと引くかもしれない。


A組に同室の子はいないから、そうそうゼストの耳に入ることはないだろうけれど、バレたら大問題だ。帰ったらすぐに口止めに走ろう。


わたしは内心で焦りつつも平静を装って大聖堂を進んだ。

綺麗なステンドグラスをゼストと一緒に眺めるというせっかくのシチュエーションも、脳裏に大量のグッズがちらついて堪能できなかった。


出口が近づくと、案内役のお姉さんによってお土産の購入がオススメされる。引率の先生の許可もあって、生徒たちはお土産ショップへ入っていった。お金持ちから見たら微妙な品ばかりなのでは? と、勝手に心配してしまったけれど、A組で最高位の家柄である筆頭公爵家のご令息は、真っ先にショップへ入って一番熱心に商品を見て回っていた。


周りのクラスメイト達がひそひそと喋るのを聞いてしまったところによると、あの公爵家のご令息は大魔法使いルーンの大ファンで、もはやマニアの域であるらしい。どうりで木彫りのお爺さん人形を熱く見つめているわけである。


変わった人もいるんだなあと納得しているわたしの隣で、ゼストが硝子製の白髭お爺さんを握りしめて苦悩していた。


「俺だって、俺だって、ルーンの人形なら買いますよ。でもこれはルーンじゃないんです……! だけど名前はルーンだし、ルーンである以上、これを買えないのは俺の気持ちが足りないからなんでしょうか……? いやです、あの公爵家のご令息に、あなたへの気持ちで負けたくありません……!」


「うんうん負けてないから謎の対抗心を燃やさないで。そんな人形を買われても困るよ。しかもそれ硝子製だからめちゃくちゃお高いじゃない。やめてやめて、棚に戻してゼスト」


「金額の問題じゃありません!」


「値札を見てからいって!?」


最終的に、ルーンの名前だけが刺繍されたハンカチを購入することでわたしたちの戦いは決着した。



社会科見学でわたしたちの記憶に最も残ったのは、キラキラなステンドグラスではなく熱い戦いのお土産ショップだった。なんということでしょう。次に来るときはもっとキラキラでロマンチックな関係になりたいものである。






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