6.問題の多い天井画
新学期が始まってから一ヶ月後、雨の始まる季節には、社会科見学があった。
A組の行き先はエルデルイア大聖堂だ。美しく神秘的なステンドグラスと、壮大なスケールで描かれた天井画が有名で、国内有数の観光地でもある。
予定表が配られると、ゼストはわくわくした様子でいった。
「この天井画、題名は『大魔法使いルーンと始まりの龍』なんですね。これって、昔のあなたの姿が描かれているということですよね? それに、もしかして、この始まりの龍というのは俺のことでしょうか? 俺たちが一緒に描かれているんですかね?」
わたしは思わず目をそらした。去年、その大聖堂には観光に行ったことがあるのだ。そして「なんで!?」と叫び出したくなった記憶がある。
しかしゼストは期待に目を輝かせて予定表を見ている。わたしは重たい口を開いた。
「あのね、ゼスト。その天井画はね……」
※
当日。エルデルイア大聖堂は、平日でもそれなりに見物客でにぎわっていた。
A組はエリート揃いなので、社会科見学だからといってはしゃぎまわる生徒はいない。前世のわたしが十七歳だった頃はあんなに落ち着いていなかったので、純粋にすごいと思う。
昔のわたしはこの歳の頃に何をしていたかなと思い返して、魔物退治という仕事しかしていなかった事実に悲しくなった。いや、その分も今世でゼストと一緒に楽しむと決めたからね。暗黒時代のことは忘れよう。
二年A組一行を前に、案内役のお姉さんが、張りのある声で解説をしてくれた。
「この天井画は、エルデルイア大聖堂の中でも特別な存在です。毎日、大陸中から大勢の方々が、この天井画を一目見ようとやって来られます。この絵にまつわる逸話は、エバンス魔法学園の皆さまならご存じかもしれませんが、改めて説明させてくださいね」
列の最後尾、クラスメイト達から少し離れた場所で、わたしはゼストとともに天井を眺める。
大勢がこの絵を目当てに訪れると聞いて納得するだけの力が、その天井画にはあった。わたしに絵心はないけれど、一目見て美しいとは感じる。目を奪われ、呼吸まで奪われるような迫力がある。
ただ、内容が少し引っかかるだけで。少しというか、かなりというか。
天井画には、魔物の軍勢と対峙している、強く美しく荘厳な黒龍の姿が描かれている。そして、その隣には───……。
「この天井画が描かれたのは今からおよそ五百年前、フランツ賢王の時代まで遡ります。フランツ賢王は政治手腕を高く評価されている人物ですが、芸術方面への関心はなかったと歴史書には記されています。
しかし、その彼が唯一、天才画家アルベルトへ命じて作らせたものがこの天井画です。
フランツ賢王は晩年になると、アルベルトを呼び寄せて、妹シェリルのためにこの絵を描かせたといわれています。
このシェリル姫については歴史書を辿っても記載が少なく、謎に包まれた女性なんですね。フランツ賢王と同じ王妃殿下から生まれた記載はありますが、彼女の人生を記した物はなく、若くして亡くなったという説が有力です。
しかし、晩年のフランツ賢王がシェリル姫のために描かせたといわれることから、どこか人知れぬ場所でひっそりと生きていたという説や、人族国と交流の薄い他国へ嫁いだという説など、様々な議論がなされています。
いずれにせよ、フランツ賢王はシェリル姫のためにこの天井画を求めました。世界を救った大魔法使いルーンと、彼のよき友であったといわれる偉大なる始まりの龍の姿を……」
そこで、ゼストがついにたまりかねたように小声で叫んだ。
「なんで!? なんでルーンがお爺さんになっているんですか!?」
そう、天井に描かれているのはとても格好良い黒龍と、豊かな白ひげを生やした初老の男性の姿だった。髭だけでなく、髪も長く白い。恰幅はよく、近所に住んでいたら人の良さそうなお爺ちゃんだと思うところだろう。
残念ながら、近所の住民ではなく、前世のわたし(?)である。
「誰ですか、あれは!?」
ゼストの叫びに、わたしは深く深く頷いた。
「わかる、わかるよその気持ち。なんで性別と年齢が変わっているの!? って、わたしも去年叫んだからね。ゼストが同じ気持ちになってくれて嬉しい」
「ルーナちゃんが『期待とはだいぶ違うものが出てくる』といっていたのはこれのことですか!?」
「そう」
「俺はてっきり俺が金龍か白龍になっているのかと予想していたんですけど!?」
「え、心配させてごめん、ゼストはちゃんと黒龍だよ」
龍族を色分けすると金龍と白龍が多数派だ。次に多いのが青龍と赤龍。黒龍は、今はどうなっているのか知らないけれど、少なくとも千年前はゼスト一人だった。
「もっと昔はバラバラな色で描かれていたらしいけど、フランツ賢王の時代からは黒龍で統一されているんだって」
「いや、おかしいでしょう!? なんですかあの存在しない老人は!? なんでこんなことに!?」
「ちなみにわたしはもっと昔の絵でもお爺ちゃんだよ、はは、ははは……」
「苦情を入れましょう! どこにいえばいいんでしょうか。教会本部でしょうかね?」
わたしは笑おうとして、ゼストの眼が真剣なことに気づいた。冗談ではなかったらしい。
案内役のお姉さんの天井画にまつわる解説が終わる。A組の列がゆっくりと動き出す。
わたしはゼストを促すようにして歩き出した。
「まあまあ、五百年も前の絵で文句をいわれても、教会の人も困っちゃうでしょう」
「だって、これは絶対教会の仕業ですよ。あの年寄り連中、ルーンが若い女性だからって、侮ったり妬んだり、足を引っ張ってくることばかりだったじゃないですか。あなたがいないのをいいことに功績を奪って、歴史を改ざんしたんですよ!」
そうだろうねえと相槌を打つ。