5.キラキラ星屑パンケーキ
「だから違いますって。龍族国には魔力石というのがありまして、こう、魔力を凝縮して作る石なんですけど、人族国にもあります?」
「ああ、あるある。こっちだと光源石と呼ばれていて、宝石としても人気があるけど、あ~、なるほど」
わたしは納得した。黒色の光源石というのは相当珍しい品だろう。千年前に鱗衣が高値で売れたように、珍しい品というのは好事家がいいお値段で買い取ってくれるのだ。
「俺の魔力石に大金を出してくれる実業家がいるんですよ。だから俺の懐はとても潤っています。パンケーキくらい千枚食べてもびくともしません。なんならこのカフェごと買えてしまいますよ」
「うわー、大きく出るじゃない。やっぱり騙されていないか心配になってきた。今度その実業家に会わせてよ」
「それは……、うーん、忙しい男なので、なかなか、会うのは難しいかと……」
「途端に歯切れが悪くなるじゃない?」
「だから詐欺じゃないですって。信じてください。それに俺は千年も生きている龍族ですよ。なにか仕掛けられたとしても返り討ちにしますよ」
「まあ、それはそうだろうけど。でも、何かあったらいってね。昔ほどの魔力はないけど、わたしはゼストの力になりたいから」
「わかりました。……だけど、魔力なんて関係ありませんよ。ルーナちゃんがそういってくれるだけで、俺は元気いっぱいになりますから」
ゼストがひどく優しい声でいう。その微笑みの甘さに、わたしの心臓は勝手に早鐘を打ってしまう。
わたしは赤面しそうになるのを誤魔化すように、メニューに再び目を落とした。
お店の看板メニューである綺羅星パンケーキを二人分頼むと、さほど待つこともなく運ばれてきた。
分厚くてふかふかのパンケーキに、たっぷりと黄金色の蜜がかけられている。お皿はフルーツで彩られていて、見るからに美味しそうだ。そして何より、このカフェオリジナルの魔法がかかっている。
「見てよ、ゼスト。この星屑の舞うパンケーキを……! 花細石を星に見立てたお洒落魔法! 星がパンケーキの周りをぐるぐる回るの、このカフェでしか見られない看板メニューなんだよ」
小さく光る花細石がいくつも飛んでいる。素晴らしい、これぞお洒落パンケーキ、とわたしが盛り上がっていると、かしゃんという小さな音がした。
ゼストがフォークを握りしめたまま、呆然としている。
「あの、食べようとした瞬間にフォークと星が衝突して墜落したんですけど?」
「お洒落初心者にはよくある」
「死んだ星を見ながら食べるんですか? 悲しいパンケーキすぎません?」
「お洒落上級者はこの星を落とさずに食べる」
「無理難題いいますねえ!?」
フォークを握ったまま、どこから突入しようかうろうろと迷っているゼストに、わたしは得意顔でいった。
「ちなみにわたしは元大魔法使いなので、創世魔法によって磁場を生み出して星を操ります」
「あっ、ずるいです。というか、それ、かつて大聖女ルーンにしか使えないと称えられた究極魔法じゃないですか。パンケーキのために使うのはどうかと思います」
「フフフ、ゼストのお皿にも魔法をかけてあげよう。特別だよ」
「やった、これで俺もお洒落上級者ですね」
そんな話をしながら二人で食べたパンケーキは最高に美味しかった。
もしかしてこれ、デートじゃない!? と浮かれた頭で思ったけれど、そもそも付き合ってもいないことを寮に戻ってから思い出した。
※
それからわたしたちの『目指せ! キラキラな学園生活!』が始まった。
クラスメイト達から好奇心の視線は感じたものの、A組は名門貴族や富豪の家の子供たちが集まっていることもあって、皆の関心はユリウス殿下へ集中していた。同じ龍族といっても、身分のない庶民のゼストに近づいてくる人はあまりいなかった。
殿下と平等に扱おうと、気を遣って話しかけてくる人はいたけれど、新学期が始まって一週間後にあった実力テストの後では、それもなくなった。
ゼストが実技でオールCマイナスという最低評価だったからだ。
龍族なのに!? と教師からもクラスメイト達からも驚愕の目を向けられていたけれど、ゼストは「魔法は苦手なんですよね」とのんびり笑っていた。
嘘はいっていない。ゼストは一般的な魔法に関してはそのほとんどが不得手だ。だからこの結果はわかっていたけれど、何人かの男子生徒が聞えよがしに「龍族でも庶民は無能なんだな」なんて嘲笑っていることには腹が立った。
龍族なのに? と思うのは仕方ないにしても、本人の眼の前で聞こえるように悪口をいうんじゃない!
わたしは目を怒らせて一歩踏み出し、文句をいおうとしたところで背後からゼストに止められた。
ゼストが困った顔をしているのを見たら、わたしもなにもできない。わたしは怒りを自分の実力テストへぶつけた。評価はオールSだった。まあ、わたしは座学が苦手な分も実技で点数を稼いでいるから当然だ。
ユリウス殿下もオールSだった。殿下の人気はいっそう高まり、ゼストは腫れもの扱いになって話しかけてくる人もいなくなった。ムスッとするわたしに、ゼストは「俺はホッとしましたよ。下手に期待されても困りますから」と穏やかにいった。
「それに、あなたと過ごせる時間が増えて嬉しいです。俺はルーナちゃんと一緒にいるときが一番幸せですよ」
───そんな甘い台詞をさらりといわないでほしい。ちょっと心の準備ができていません。
ゼストは含みも何もない、素直な気持ちをいっただけという様子だったけれど、わたしは顔が真っ赤になりそうだったのを「今日は暑いね!」という下手な嘘で誤魔化した。
そんな経緯があって、わたしたちはA組の中でも浮いているコンビになりつつも、気兼ねなく二人で過ごすことができた。