3.今度こそ二人で一緒に
「探知系の魔法を使いまくってね、五歳で領地に温泉を掘削したんだよ。我ながらすごくない?」
もっとも掘り当てた時点で力尽きて、湧き出る温泉の隣にばたんと倒れてしまったのだけど。
たまたま通りがかった人が発見して、娘を探し回っていた両親の元まで連れて行ってくれたらしい。命の恩人である。さらにその人は、後日使いの人を送ってきてくれて、設備を整えるための資金提供までしてくれた。
そう、よく考えてみたら、温泉が湧き出ただけではお客を呼ぶのは難しかったのだ。主要な道路ですら整備されておらず、泊まるところもない田舎町だったのだから。
「だけど、わたしを助けてくれたその人、獣人族の人だったらしいんだけどね。温泉巡りが趣味のお金持ちだったのよ」
せっかく湧き出た温泉を活かさないなんてもったいないと、経営に詳しい優秀な人材を寄越してくれて、さらに多額の出資をしてくれたのだ。我が家と領民たちの大恩人である。
その人は忙しいらしくて、わたしを助けてくれたとき以来領地を訪れたことはない。わたしの意識が戻ったときにはその人はもういなかったので顔も知らないのだけど、とても感謝している。おかげで温泉事業は軌道に乗り、我が領地は活気の溢れる街となった。
「今では国内有数の保養地よ。社交界では温泉成金男爵って呼ばれているわ」
オーホッホッホッホと高笑いをキメてみせると、ゼストは遠い眼をしていった。
「あなた、山奥で熱い湯が沸き出しているのを見つけるたびに、大喜びしていましたもんねえ」
「温泉は万病に効くからね!」
わたしは胸を張って宣言した。実際、温泉を掘削した後からわたしは熱を出すことがなくなり、今では元気いっぱいの健康優良児だ。温泉は素晴らしい。温泉こそ実在する神。
「そういうゼストはどうなのよ。千年の間に何があったの?」
「千年間ほとんどグランギル山の地底で寝ていましたよ。ふて寝です」
「それは……、龍族が、また何か仕掛けてきた?」
ゼストは信じられないものを見るような眼をして、冷ややかにいった。
「俺がふて寝したのは、誰かさんに裏切られたせいですけど」
「えっ……?」
わたしは冷たい夜の瞳を前に首を傾げた。
なんの話だろうか。千年前、大聖女ルーンと黒龍ゼストといえば、高位の魔物だろうと悪党だろうと尻尾を巻いて逃げ出すといわれた、最高で最強の相棒だったはずだ。
首をもう一度逆側に傾げ、さらにもう一度ひねりを加えてから、直立に戻していった。
「心当たりがないんだけど、なにか誤解があるんじゃないかな?」
ゼストの瞳が冴え冴えとした輝きをみせた。
「あなた、身体に過度の負担がかかって寿命を縮めるから、俺が絶対に使うなっていった魔法強化薬、使いましたよね? 使わないって約束したのに」
「あ……」
使った。あれは使った。命と引き換えだとわかっていたけどやむを得なかった。ゼストにだけは見つからないようにしていたのに、いったいいつの間にバレたんだ。
「黒龍の俺のほうがずっと頑丈だから、あなたの盾になるから呼んでくれっていったのに、最後の最後まで呼びませんでしたよね。約束したのに」
「そ、それは、だってさぁ」
だってあなたにだけは生きていてほしかったから……と、わたしは小さな声でごにょごにょと誤魔化すようにいった。
ゼストの夜色の瞳はひどく悔しそうに潤んでいた。
「あなたがいったんです。『夜に月があるように、ずっと一緒にいる』と」
「う……」
「一人で死んだりしないって約束したのに。しわくちゃのお婆さんになるまで長生きするから、老衰で死ぬのを看取ってくれっていったくせに。……あなたがそういったのに……っ」
「……ごめん」
ゼストが顔をそむけてしまう。その頬が濡れているのを見られるのを嫌がるように。
わたしはもう一度「ごめんね」と繰り返した。ほかにいえる言葉が見つからなかった。
「裏切り者」
「はい……、おっしゃる通りで……」
「約束を破ってばかりじゃないですか」
「申し訳ない……」
「あなたに腹が立ちすぎてふて寝していたら千年経っていました。……まさかあなたが記憶を持ったまま生まれ変わるとは思いませんでしたけど、こうなったのは、多分……」
「前世の行いがよかったからだよね」
わたしが深く頷くと、ゼストはなぜかぴたりと固まった。
そして、恐る恐るこちらを向いて、耳を疑うような顔でわたしを見た。
「……それが理由だと……?」
「え、絶対そうでしょ? だってわたしたち二人で世界を救ったんだよ? これは神様だって報奨金出してもいいくらいでしょう。第二の人生は神様からのプレゼント! 前世が暗黒世界だった分、今世はキラキラな暮らしを楽しんでねって意味だと思うんだ」
わたしはこぶしを握り締めて力説した。前世であんなに苦労したのだ。今度こそ楽しくて充実していてキラキラな人生を送りたいところだ。
「……ルーナちゃんは相変わらず解釈が前向きですねえ……。驚きすら感じます」
「よし、ゼスト。今度こそ約束を守るよ。二人で一緒にキラキラな人生を楽しもう! まずはキラキラな学園生活を送るんだ!」
「あなたと約束して破られるの、俺、結構トラウマなんですけど」
「今度は絶対守るから! そうだ、今日の放課後は空いている? わたしが王都の素敵なカフェに連れて行ってあげるよ」
わたしはフフフと得意げに笑って、自分の学生手帳を取り出した。
「ここには一年生の時に通ったお洒落カフェの記録があるんだ。去年一緒に行った友達とは今回のクラス替えで全員別れちゃってね。仲の良い子が誰もいない新クラスに、正直泣きそうだったけど、わたしにはゼストがいる……!」
「それ、食べ歩き要員じゃないですか?」
「千年前には想像もできなかったようなキラキラでふわふわでおしゃれなパンケーキを食べに行こう!」
「はいはい。そうですね。……うん、楽しみです」