2.つがい とは?
かつて龍族は、黒髪に黒の瞳の黒龍であるゼストを、災いだと決めつけて忌み子と呼んだ。そして十三歳のゼストを古びた塔へ閉じ込め、魔法を封じた上で鎖につないだ。わたしは旅の途中で、偶然にその塔の扉を開けたのだ。
思い出して腹が立ってきたわたしに、ゼストは宥めるように軽く笑った。彼は制服のジャケットを脱ぐと、屋上の床に敷いて、その隣に座り込んだ。
「どうぞ、ルーナちゃん。お互い積もる話があるでしょうから、座って話しましょう」
ぽんぽんとジャケットの上を示されて、お礼をいいつつ、そこに腰を下ろす。
わたしは両膝を抱きかかえるように座り込んで、じーっと隣のゼストを見つめた。癖のないサラサラの黒髪、少し眠たそうにも見える優しい垂れ目、整った顔立ちは記憶の中の彼と変わっていない。胸がじんと熱くなって泣きそうになる。本物のゼストだ。わたしの初恋のひと。好きと伝えることもできないまま永遠に別れてしまったひと。
「ゼストだ……、うそ、本当に本当に本物のゼスト? 手を触ってもいい?」
「いいですよ。でも、手で本物だと証明できますか? 何なら龍の姿になりますよ?」
「手がいいの。貸して」
わたしはゼストの手を両手で握りしめて、そのまま自分の頬まで持っていった。ゼストの手に顔を寄せる。
「ルーナちゃん……っ!?」
「懐かしい。ゼストの手だ」
わたしは涙ぐみながら頼んだ。
「ねえ、このまま思いきりわたしの頬を引っ張ってみて? あざになるくらい思いきり。夢かどうか判断できるでしょ?」
「それはお断りします」
真顔で拒否されてしまった。
その代わりのように、ゼストの手が優しくわたしの頬を撫でる。わたしはしばらくその温もりに浸っていた。
春の屋上は暖かく、風も心地よい。
この学園はさまざまな魔法の実技訓練を行うために敷地がとても広く作られているので、見晴らしもとてもよかった。遠くに見える湖は陽の光を反射してきらめいているし、空にいくつか空中庭園が浮かんでいるのも可愛らしい。
落ち着くと、わたしたちはお互いの近況を報告し合った。
千年前は種族という分け方はあったものの、国と呼べるほどの枠組みはなかった。魔物の軍勢が大陸中を蹂躙し、全種族が滅びかけていたからである。だけど現在は、大陸の各地にそれぞれが国を構えている。
わたしの住む国は人族国ハーミアといい、龍族国フレイヤとは大山グランギルを挟んで隣接している。世界にはほかに獣人族国オルガノドや翼人族国リーン、海底人族国アーティアなど様々な国があるけれど、その中でも龍族国はもっとも神に近い種族だとされている。
龍族は他の種族の前に姿を現すことはほとんどない。人族は他国に比べたら国交があるほうで、特にこの王都で最高峰の魔法学園では、数年に一度、龍族からの留学生を受け入れている。
これは龍族国との交流が目的であり、たいていは一年間ともに勉強するだけだ。
だけど学園に根強く語り継がれる伝説として『つがい探し』というものがある。龍族には『つがい』とよばれる運命の相手が存在していて、彼らは本当はその相手を探しに人間の国に来ているのだという。『つがい』とは種族も身分も関係ない、ただひたすらに魂が求める運命の相手だ。実際に、過去には龍の王子様に見初められて龍族国へ嫁ぎ、彼らと同じ寿命を得て幸せに暮らした人族の女性もいるのだとか……。
「初耳ですねえ」
「そうなの!?」
思わず叫んだわたしに、ゼストはやれやれというように首を振った。
「ルーナちゃんだって千年前はうちの一族と付き合いあったじゃないですか。つがいなんて聞いたことあります?」
「それは……、ないけど……っ!」
わたしはがくりとうなだれつつも、必死でいい募った。
「でも千年前はほとんど敵対していたじゃない? だからわたしが知らないだけで、そういうロマンチックな習わしがあるのかなって」
「……まぁ、俺も龍族との関わりはほとんどないので、俺が知らないだけかもしれないですね」
「でも、ゼストも『龍族国からの留学生』だよね? どういう経緯でこうなったの?」
「知り合いに留学を勧められましてね。俺も人族国には興味があったので、丁度いいかと。ちなみに表向きは孤児院育ちの庶民で通していますけど、龍族の知り合いはほとんどいません」
「そうなの!?」
本日二度目の叫びである。
ゼストは大真面目な顔で頷いた。
「千年間ほぼ寝ていたので。起きたら龍族国なんてできていて驚きましたよ」
「あ~、それはちょっとわかる」
ウンウンと頷いてわたしはいった。
「わたしも生まれ変わりに気づいたのは三歳の頃だったんだけどね。そのときは、自分は富豪の家に生まれたんだと思ったんだよ」
自意識の芽生えとでもいうのだろうか? それまでバラバラに存在していた欠片たちが、一つにまとまった感覚があった。あぁかつてのわたしは死んで、生まれ変わったんだと理解した。そして幼児ながらに、今世こそ平穏な生活が送れそうだと期待した。
「だって立派な家があって、一日三食用意してもらえて、両親も優しくって、熱が出たらお母様が看病してくれるのよ? これはもう今世は安泰の生活が保障されているなって思って、熱が出るたびにウッキウキだったんだけど」
「嫌な幼児ですねえ」
「発熱に慣れていたの! フフッ、その頃は可憐で病弱な幼女だったのよ。だけど、ある日、お父様が涙ながらにいったの。『すまないね、ルーナ。我が家がもっと裕福だったら、お前をお医者様に見てもらうこともできただろうに』って。そこであれ?って思って……」
幼児ながらに大人たちの会話を盗み聞きしたり、壁にしがみついて窓の外を眺めたりして知ったことは、どうやらこの時代では我が家はド貧乏な男爵家であるということだった。草を食べずにすんでいるだけでお金持ち確定だ!と喜んでいた身にはショックだった。それに、自分の薬代を捻出しようと両親が苦労していることを知って、とても落ち込んだ。
「でも悲しんでばかりはいられないから───……、頑張って温泉を掘り当てたわ」
「突然話の風向きが変わりましたねえ」