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18.転生と温泉と


そして俺は眼を開けた。文字通り、飛び起きた。


「……ルーンの気配がする」


そんな馬鹿な。彼女はもういない。俺が彼女を看取ったのだ。あれが夢だったとでも? 馬鹿げている。どちらが夢かと問うならそれは間違いなくこちらだ。


───夢でもいい。


俺は即座に龍化し、気配のする方へ一目散に飛んでいった。夢でもいい。もう一度あなたに会えるのなら、こんなに幸せな夢はない。あなたに会いたい。あなたの声が聞きたい。もう一度、あの優しい声で、俺の名前を呼んでほしい。


狂ったような速度で空を飛び、そしてたどり着いた先で見たものは、ゆりかごの中で眠る赤ん坊だった。

俺は固まった。文字通り、身体も思考もぴしりと止まった。


呆然と窓から室内を覗き込む。何度見ても赤ん坊が寝ている。だけどルーンの気配がする。それもまちがいなくあの赤ん坊から。


俺が呆然としていると、室内で人影が動いた。赤ん坊のほかにも、人族の女性がいたらしい。俺は慌てて上空へ上った。脳裏で疑問符が飛び交う中で、なんとか状況を整理しようとする。


あそこにいるのは恐らく生まれたばかりの赤ん坊で、あの子からルーンの気配がして、そもそも俺が認識しているのは姿形ではなく彼女の魂だから間違えるはずはなくて。


「……あ」


───地上を去った魂はどこへ行くのか?


龍族の神話にいわく、死者の魂は冥府の王の御前へ連れて行かれるのだという。恐ろしき冥府の王によって生前の罪を裁かれ、悪しき者は地獄へ落ち、善き者は楽園へ迎えられる。そして善き者たちは永く楽園で過ごした後に、すべての記憶を冥府の夜へ委ねて、新たな生へ向かうのだという。


ただの神話だと思っていたけれど、まさか。


「転生って、実際にあるんですか……!?」


嘘でしょう!? という俺の叫びを聞いたのは、上空を吹き抜ける風だけだっただろう。





それから俺は寝床へ戻り、その後およそ五年間引きこもった。


だってあの子は、あの赤ん坊は、彼女が転生した姿であっても、彼女ではないのだ。俺が関わってはいけない。俺は絶対にあの子に彼女の面影を探してしまう。あの子をまっさらな一人の人として見ることが俺にはできない。どこまでいっても『彼女の生まれ変わり』だ。そんなの、新しく生まれたあの子にとってはひどく失礼な話だろう。


関わってはいけない。俺は強大な力を持つ龍族で、あの子を不幸にする力があるのだから。


俺に自分自身にそう言い聞かせて、再び眠りに落ちようとした。だけどできなかった。今までかけてきた魔法は、あくまで俺自身の望みに沿っていたから効果があっただけだと知らしめるように、俺の五感は冴え渡っていた。眠ろうとしてもちっとも眠れない。彼女の気配を感じ取ろうと耳をそばだててしまう。


だけど近づいてはいけない。一度でもそれを許したら、自分のタガが外れてしまいそうで怖かった。何も覚えていないあの子に、今はいない彼女の面影を求めてしまいそうで怖かった。


俺が自制と葛藤を繰り返し続けたある日のことだ。


突然、彼女の気配が大きく揺らぐのを感じた。それはまるで魔力の暴走のようだった。魂が損傷するほどの大きな力の爆発だった。


俺は慌てて龍化して彼女の元へ飛んだ。すると、山の中で、幼い少女が倒れているのを見つけた。そこには膨大な魔力の残り香があり、なぜかお湯が噴水のごとく沸き出ていた。


───いったい何がどうしてこうなったんです? 


そう俺は混乱しながらも、すぐさま人の姿を取って降り立ち、とにかく女の子の容態を確認しようとした。この子供を苛んでいるものが何なのかは、すぐにわかった。ルーンと同じほどの魔力量を有しているのに、それを魔法として変換するための器が非常に小さい。一般的な人族として見たら普通かもしれないが、魔力量と器がまったく合っていない。


これでは魔法を使おうとするたびに身体に過度の負担がかかるだろう。

現に、この子は高い熱を出している。器の故障は心身を損ない、そう遠くない未来でこの子の命まで奪うだろう。


俺はその予想にゾッとし、わずかな逡巡の末に、子供に“夜”を施した。


これで、この子は、器に適した量の魔力しか持つことができなくなる。それ以上は“夜”に溶けていく。勝手な真似をして申し訳ないという気持ちはあったが、命には代えられないと迷いを振り切る。


それから俺は、子供を両親の元まで送り届けた。ご両親は涙ながらにお礼をいってくれて、俺を屋敷に招待しようとしてくれたが、俺は必死に断った。深入りするのはよくない。龍族だとはいえず、正体を隠すために旅の途中の獣人族だと嘘をついたこともあって、俺はそそくさとその場を退散した。


あの子供がファリア男爵家のルーナ嬢であることを、俺はそのときに初めて知った。ルーナ。なんて綺麗な響きだろう。ルーンとよく似ている。そう思ってしまって、俺は自分で自分の顔を殴った。こういうのがよくない。あの子はルーンじゃないのに、すぐに似ているところ探しをしてしまう。


俺は必死に自分を戒めつつ、再び山中へ戻ってきた。


……何度見ても、温泉が湧いている。


もしかしたらあの子も温泉が好きなのかな? ルーンと一緒ですね。やめろ。そうやって面影探しをするから駄目なんです。そういうのは本当によくないです。


と、ひとしきり堂々巡りを繰り返してから、ちらりと温泉を見る。


いや……、なんであんな幼児が、山の中で温泉を掘っているんです……?


温泉が好きだからという理由で納得するのも限度がある。俺は頭を抱えた。この魔力の痕跡はどう見てもあの子のものだが、何がどうしてそうなったのかがわからない。もしかして幼児特有の後先考えない行動か何かなのか? 温泉好き! 掘る! みたいなノリだったのだろうか。


「でも、これに入るのは無理でしょう……」


大きな穴があって、そこにお湯が噴水のごとく沸き出してはいるけれど、幼児が安全に入れるお風呂だとは思えない。あのご両親だって許さないだろう。まあ、入浴施設として整備して、ここへ来るまでの道も整えたら、この温泉にも入れるだろうけれど。


はたして、あのご両親は温泉施設を作ってくれるだろうか?


俺は人の姿のまま、様子を窺うために、あの子供の住む家まで飛んでいった。

五年前以来、初めての訪問だ。そして俺は衝撃を受けた。


五年前はあまりに動揺していて周りが目に入っていなかったけれど、改めて見ると、一目でそれとわかるほど年季の入った屋敷だった。率直にいってしまうとボロかった。よくよく見れば、あの子供の家だけでなく辺り一帯が寂れていた。


五年前、俺が龍の姿のまま屋敷を覗き込んでいても、騒ぐ声一つ上がらなかったわけである。そもそも人の行き来がない。


これではあのお湯を温泉施設として整えるどころではないだろう。





俺は悩みながらも龍族国へ戻り、手っ取り早く金を稼ぐ方法を探した。


そこで知ったのが、魔力石の存在だった。現代の魔法科学においては、魔力石と呼ばれる魔力を凝縮して作る結晶が、魔法機器を動かすための動力源として売買されており、その中でも小型で魔力量の多いものは高値で売れるのだという。


俺はさっそく魔力石作りに挑戦した。魔力をぐぐっと込めて、指の先ほどの立方体にする。真っ黒で艶のある四角の石を数個作ったところで、路地裏に店を構えている質屋へ持ち込んだ。


なぜ路地裏かといえば、身分証の提示を求められずに済みそうだったからだ。


薄暗い店内で、怪しい雰囲気に満ちた質屋だったが、俺の魔力石を結構な高値で引き取ってくれた。ほかにもあるなら買わせてほしいともいわれて、俺は喜び勇んで魔力石作りに精を出した。


お金が溜まれば、あの子供の家に何らかの理由を付けて寄付をすることもできるだろう。そう思って、足取り軽く再び質屋を訪れた俺は、見覚えのある顔に遭遇して「げっ」と声を上げた。


質屋の店主の隣には、身なりの良い青年が立っていた。


金の髪に青い瞳で、大人の顔つきに変わっていたが、まちがいなく百年前に防衛部隊にいた子供だった。俺を神様扱いしてまとわりついてきたあの子供である。


青年は目を見開いていった。


「───まさか、本当にあなただったとは。大いなる神、我らが始祖龍よ」


「龍ちがいで~す……」








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