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17.千年のお別れ


それから千年のときが経つまで、起きたことは三度だけあった。


一度は龍族国が人族国へ侵略戦争を仕掛けていたとき。眠ってからおよそ二百年後の話だ。追い詰められる人族の悲鳴で目が覚めた。国ができるほどに龍族も人族も増えていたことにまず驚いたが、戦争が起こっていることには無性に腹が立った。


ここは彼女が命と引き換えに護った世界だ。それを龍族は、他種族より力が強いからというたったそれだけの理由で殺し始めるのか。ふざけるな。


俺は新たな魔法を構成し、龍族国全体を囲う障壁を築いた。“夜”の応用だ。龍族は障壁に足を踏み入れるとすべての力を奪われる。これもまた永続するものではなかったが、ひとまず戦争を強制的にやめさせることはできた。


そのとき、俺は気づいていた。自分の力が増していることに。二百年間なにもせず眠っていただけなのに、この肉体は時を止めてしまっていて、俺は以前よりも多くのことができるようになっていた。


二百年前に、あの戦いのときにこの力があったら、彼女が死ぬことはなかったかもしれない。俺は彼女を護れたかもしれない。彼女と笑って暮らす未来があったかもしれない。


そう考えると吐き気がした。俺はうめき声すら上げられずに口を抑えた。今さら力があって何になるのか。彼女はもういない。苦しい。憎い。悲しい。……寂しい。あなたに会いたい。


俺は色々と嫌になってしまって、また眠った。どうか夢で彼女に会えますようにと祈りながら。





二度目に起きたのはそれからおよそ三百年後だった。


驚いたことに、そのとき俺を起こしたのは年老いた人族の女性だった。魔法使いとはいえ、よく生きてこの地底湖までたどり着けたものだと驚愕した。


その女性は、額を地にこすりつけて俺に願った。


───どうか息子の後ろ盾になってほしい、と。


話を聞くと、俺が作った障壁は三百年後の現在では消えていたが、神の怒りに触れたという逸話が残っていて、ひとまず両国は不可侵条約を結んだようだった。女性は人族の姫君で、友好関係の証として若くして龍族国へ嫁いできたのだという。


女性は美しく、始め王は人族の王妃を寵愛した。しかし、そこで双方とも予想していなかった事態が起きた。子供ができたのだ。

それまで他種族間で子供ができたという話は聞いたことがなかったため、王妃は不貞を疑われたが、生まれた子供は龍化することができた。真実龍族の血を引いていたのだ。


その子は第一王子、本来なら次期国王だ。

けれど、母親が人族ということで、次期王として認めるかどうかで王家は揺れた。


王妃である女性は必死で息子を守ってきたけれど、人族は龍族よりも寿命が短い。自分が死ねば、母国すら龍族の血を引く息子を見捨てるかもしれない。王は優柔不断で、未だに王太子を決めかねている。息子自身は龍族国に未練はないと、母上と静かに暮らせればいいといってくれるけれど、妾妃の一派は今まで何度も暗殺を企ててきた。自分亡き後にはきっとあの子は殺されてしまう。


それで、藁にもすがる思いでこの地底湖を目指した。ここに龍族の神が眠っていると聞いたから。


「どうか、どうかあの子の後ろ盾になってくださいませ。どんな代償でもお支払いします。わたくしの命も捧げます。ですから、どうか、偉大なる龍族の神よ。どうかあの子をお守りくださいませ」


「……あの、申し訳ないんですけど、俺は長く生きているだけの龍族で、神様じゃないんですよ……」


俺はほとほと困り果てた。


龍族にも王家にも関わりたくない。それに、俺が関わったところで事態が好転するとは思えない。俺は確かに強大な力を持つ龍族だが、政治や陰謀には何も詳しくない。俺ができることはすべてを夜に溶かすことだけだ。俺を“終焉の夜(イル・ゼスト)”と呼んだ族長は、その意味では正しかった。俺の魔法は幕引きにだけ長けていたが、それ以外はさっぱりだった。


俺の説明を聞いた王妃は絶望的な顔をした。


しかし、沈黙の末に、王妃は無理やり笑顔を作った。それから俺に礼儀正しく感謝と謝罪を述べた。王妃の年月とともに刻まれた皺には、我が子への深い愛と奮い立たせた意志が見えた。


姿形はまったく似ていなかったけれど、俺は、ルーンの横顔を重ねてしまっていた。強い意志で前を向き続けた彼女の幻を探してしまった。


俺は迷った末に、一つの提案をした。


「あなたの身体が刻む時間を、通常より遅らせることならできると思います。つまり、百年程度寿命を延ばすことなら。若返らせたり、特別な力を与えることはできませんが」


王妃は目を見開いた。


「結局はあなたが自力でどうにかするしかないということでもありますが、それでもいいのであれば」


「感謝します、神よ……! 偉大なる龍族の神よ、心から感謝いたします……!!」


いや神様ではないです、という会話を十回ほど繰り返してから、彼女に魔法をかけて、山のふもとまで送り届けた。そこには母親を探すために今まさに大山に挑もうとしていた王妃の息子がいて、俺たちの姿を見るなり飛んできた。涙ながらに抱きしめ合う親子を尻目に、俺は気配を消してそっと寝床へ戻った。


それから俺は再び地底湖で眠った。




のちに人族の学園へ入り、もしかしてあれが“つがい”という伝説の発生源では……? と愕然とする日が来るとは、そのときは夢にも思わないまま。





三度目に目を覚ましたのはそれから四百年後だった。


このときは龍族の悲鳴で目を覚ました。

何事かと思ったら、龍族国全土を圧し潰す可能性のある隕石の到来が予測されていたのだ。


空から飛んでくる石くらい、王家が龍化すれば防げるだろうに、何を騒いでいるんだか。寝起きの頭でそう考えた俺は、今の時代、大多数の龍族は龍化できないのだと聞いて、思わず耳を疑った。


信じられないと思いつつ、上空へ飛んで龍族の国土を眺めたところで、俺はなんとなく納得した。見渡せる範囲に限っても、およそ九百年前と比べて建物がものすごく増えていたからだ。龍族の人口大爆発。そんな言葉が頭に浮かんだ。


これだけ増えたら、龍化する機会も減るだろうし、使わない能力は退化するものだろうなと感じた。そして失った能力を補うように、龍族もまた知恵によって魔法科学を発展させたのだろう。隕石の到来を予測できたものそのおかげなのだ。


時代の移り変わりをしみじみ感じつつも、このままでは国土全てが滅びそうだったので、俺は龍化して隕石を砕きつつ“夜”を使った。細かな破片となり、纏っていた熱量を失った後なら、龍族国の軍部でも処理は可能だろうと思った。その予想は当たり、龍族国には、ぱらぱらと星の砂が降るだけですんだ。


誤算があったとすれば、龍族の防衛部隊とは十分な距離を保っていたつもりだったのに、彼らの使用する機器が俺の想像以上に優秀で、黒龍の姿が捉えられてしまっていたことだ。


部隊の中でも飛びぬけた力を持っていた子供が、寝床へ戻ろうとする俺へ追いついてきて、興奮しきった様子で神様だの始祖龍だの呼んできたことには辟易した。俺は優しくない年寄りの龍なので、地底湖の周りに強めの障壁を張って寝た。




……そうだ、俺は優しくない。上空から地上を眺めて、守らなくてはと思う一方で、ひどく恨めしかった。あの建物の一つ一つに誰かが住んでいて、大切な相手と一緒に暮らしているのだろうと、そう考えるだけで苦しかった。


だってもう彼女はいないのに。未来を約束した彼女はいなくて、彼女が守り抜いたものだけがあって、それが俺にはひどくつらい。


叶わなかった約束を思い出す。俺が失った明日を見せつけられているような気がして、勝手に恨んでしまう。無関係の人々のことを。最愛の彼女のことさえも。どうして最後まで連れていってくれなかったのかと、一緒にいこうとあなたがいったのにと、胸の中で詰っては、そのたびに謝る。ごめんなさい。わかっているんです。あなただって約束を破りたかったわけじゃない。わかっているんだ。だけど俺は、あなたがいないことが悲しくて、苦しくて、つらくて。この痛みに耐えられなくて。


湖の底に沈みながら祈った。

どうか今度こそ、世界が終わるまで眼が覚めませんように───。









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