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16.満ちた月は欠けるもの


彼女が俺の封印を解くことに成功したのは、それから三ヶ月後だった。

信じられないと呟く俺に、彼女は満面の笑みで胸を張ってみせた。


「ふっふっふ、このわたしの手にかかればざっとこんなものよ。龍族の長がなんぼのもんじゃーい!!」


「すごいです。さすが大聖女ルーン」


「大聖女呼びはなしで……! なしでお願いします」


「えっ、嫌だったんですか?」


「だって清らかな乙女とかいわれるのよ? 恋人の一人もいないんだろって煽られている気がする」


「そんなことあります? 大聖女というのは人族では最高位の尊称では?」


「ヤダーもっと大人のイケてる女って感じの尊称にしてほしい~!!」


「無理難題をいいますねえ」




ルーンと旅をした。

世界を救うための旅を。

平和になった後の世界で、二人で一緒にキラキラな暮らしをするための旅を。


旅は過酷だった。

魔物は倒しても倒しても新たに湧いて出てきた。終わりの見えない消耗戦が続くことは、精神的にも負荷が大きかった。


味方はお互いしかいなかった。ルーンの上司である教会の上層部は、文句をつけることしか知らないような連中だった。彼女を大聖女として持ち上げる一方で、その名前を利用して私腹を肥やすことしか考えていなかった。


龍族は俺が外を出歩いているのを見つけるや否や攻撃してきた。龍族もまた滅びかけているというのに、この期に及んでも協力するということを知らない一族だった。俺はかつては抵抗もできずに封じられたが、二度目はなかった。俺だけならまだしも、ルーンまで平然と巻き込んで攻撃魔法を放ってくるような連中だったからだ。俺は容赦なく”夜”を使った。


過酷な旅だった。それは間違いなくそうだ。

だけど同時に、俺にとってはとても幸せな旅だった。


俺の隣にはルーンがいた。ルーンと一緒に歩いていた。


雲が尾のように長く伸びている青空の下を。


地平線が真っ赤に染まる夕暮れを。


丸い月がぽっかりと浮かぶ美しい夜を。


彼女と二人で見上げながら歩いた。




歩きながらルーンと他愛のないやり取りをした。


野に咲く白い花の名前を当てようといいあった。


強い陽射しから逃れようと木陰を探して飛んだ。


赤茶色の落ち葉を集めてたき火をした。


雪の固まりを作ってぶつけ合った。




夜に火の番をしながら、眠る彼女の横顔を眺めた。


幸せだった。




ルーンはときどき未来の話をした。二人で一緒にキラキラな暮らしをするのだという話を。

その『キラキラ』が具体的にはどんなものかという話になると、彼女はいつも言葉に詰まっていたし、「経験がなさすぎてなにも思いつかない……!」と呻いていたけれど、俺は未来の話を聞くのが好きだった。いつか魔物の王を倒して、旅が終わりを迎えた後も、彼女と一緒にいられるのだと思うと嬉しかった。


「ひとまずどこかに家を建てませんか?」

「いいね、安住の地を手に入れるのは大事だよね」

「ルーンは住むならどこがいいですか?」

「うーん、温泉と海で迷うけど、家を建てるなら海の近くかなあ。海ってこう、キラキラしてるじゃない? それに平地の方が建てやすいし、魚が取れたら食費が浮くよね」

「急に現実味が増しましたねえ」

「フフフ、海辺に住んだら毎日魚釣りに行くんだ。ゼストにいっぱい魚を食べさせてあげるよ」

「じゃあ俺は魚料理のレパートリーを増やしますね」

「楽しみ~。ゼストの手料理は美味しいからねえ」

「手料理といっても、今のところほぼ龍族の炎で焼いているだけですけどね」

「焼いただけでも最高に美味しいんだから、料理を本格的にしたら最強になっちゃうのでは?」

「ははは、俺が本格的な料理というものができるようになるまで、気長に待っていてくださいね……」

「待ってる待ってる、一生待ってるよ」


彼女の笑う横顔が、この上なく愛しかった。

気負いもなく紡がれる『一生』という言葉が、胸が震えるほど嬉しかった。


彼女は人族で、俺は龍族だ。

寿命に差があることはわかっていた。この先、いつか彼女を看取る日が来るのだろうことも知っていた。

ルーンが「しわくちゃのお婆さんになるまで長生きするから、老衰で死ぬのを看取ってね?」と笑いながらいうのに「約束します」と頷いたこともあった。

遠い未来の先で、俺は寝台に横たわる彼女の手をしっかりと握って、その瞼が最後に閉じられるのを見つめる日が来るのだろうと考えたこともあった。


だけど、それはまだ遠い未来の話だと思っていた。


いずれ彼女の魂が冥府へ旅立つときが来るのだとしても、それまではまだ長い時間が俺と彼女の間にはあるのだと思っていた。彼女が歳を重ねていく日々を、ずっと一緒に過ごせるのだと信じていた。


過酷な旅の中で、俺は愚かしくも、この先の未来があると思っていたのだ。


いつか、いつか平和になったら、あなたに愛を伝えよう。好きですと、愛していますと、あらん限りの言葉で伝えよう。人族の習わしに従って、あなたに指輪を捧げよう。あなたの前にひざまずいて愛を乞おう。あなたとこれから先の一生を共に生きていきたいのですと伝えよう。


きっとあなたは笑ってくれる。


いつか、平和になったら───。





───いつかは、永遠に来ない。





彼女は死んだ。

彼女は最後まで俺の制止を聞いてくれなかった。


(その薬だけは使わないでくださいといったのに)


彼女は最後まで俺を盾に使ってくれなかった。


(俺はあなたよりずっと頑丈だったのに)



(約束、したのに)



俺が高位の魔物たちと戦っている間に、彼女は一人で魔物の王へ挑んで、相打ちになった。

駆けつけた俺の腕の中で、彼女は血を吐いて、笑った。


「よかった……、ゼスト、いきて……」


それが彼女の最後の言葉だった。






俺は世界を呪った。


何もかもが憎くて憎くて、苦しくて、辛くて、悲しくて。何よりも俺自身が許せなくて、彼女を守れなかった自分が憎くて。彼女を傷つけた者が憎くて、彼女を助けなかった連中が憎くて。

何もかもが憎くて苦しくて悲しくて。


俺は荒れ狂った。




やがて、魔王を退けた世界が、平和の訪れに歓声を上げる。

誰もかれもが喜び合い、弾けるような笑顔を見せる。






それさえも、俺には、ひどく、憎くて。






そうして、このままでは駄目だと思った。


このままでは俺は世界を壊してしまう。彼女が命懸けで守った人々を傷つけてしまう。今の俺を止められる存在はいない。今となっては龍族の長ですら無理だ。俺を抑え込む力を持っているのは、世界で最強の魔法使いである彼女だけだった。


だけどもう、彼女はいない。

俺は世界を壊してしまう。


……それは、駄目だ。絶対に、してはいけない。あなたが守ったものを、俺が傷つけるなんて、そんなこと絶対に、してたまるか。




何度も何度も、俺は俺を終わらせることを考えた。

俺自身を終わりにすることは、この憎しみと悲しみと、苦しみと痛みに耐えるよりもずっと簡単なことだった。


だけど、そのたびに、彼女の最後の声が耳元でよみがえる。

俺に生きてほしいと望んだ、あなたのその最後の言葉が、俺の胸をかきむしる。







俺は、おかしくなりそうな頭で、一心不乱に魔法の構成を練った。

それから大山グランギルの地底へ行った。普通の龍族では決してたどり着けないほど深く潜り、たどり着いた先で、白銀の地底湖に身を投げた。

湖の底に横たわり、長く眠るための魔法を自分自身へかけた。かつて牢獄の中で行ったような自己暗示ではなく、本物の眠りの魔法だ。魔物の軍勢を抑えるために使っていた“夜”を、自分自身に深く深くかける。


永続するものではないとわかっていた。それでも俺は眠りを求めた。世界を壊してしまわないように。








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― 新着の感想 ―
ルーンの死、悲しく、寂しく、そしてゼストの思いに感動しました。一つのステージを超えたと思います。
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