14.ノー神、イエス長生き
ゼストはとても渋い顔をしながらも、わたしの手を放すと、ユリウス殿下の元へ歩いていった。彼にしては荒っぽい手つきで殿下の腕を掴んで立たせる。
「面倒ですけど、同族なので、寮まで連れて帰ります。それから先生と本国へ報告しますから、ルーナちゃんたちは先に帰っていてください」
「一緒に行こうか?」
「俺一人で大丈夫です。殿下も同族相手には攻撃してこないでしょうからね」
いや、攻撃しないのは多分、ゼストの“夜”がまだ殿下の身の内にあるからだよね? 今の殿下、魔力を完全に溶かされて常時残量ゼロの状態だよね? と思いつつも、わたしは「そうだね、同族だもんね」と力強く頷いた。
クラスメイトたちの前では、あくまで『庶民のゼストくん』で通したいところだ。
……まぁ、アニーもシン君も、明らかに問いかける眼でわたしを見ているし、公爵家のご令息にもものすごく凝視されていますが。
教室を出て行くゼストと殿下を見送って、わたしは腹の底に力を込めた。
クラスメイトたちの視線が痛い。
ここはわたしがどうにか、どうにか誤魔化さなくては……!
※
俺は寮の部屋まで殿下を連れて帰ると、室内にいた殿下の侍従たちに一通りの事情を説明して、本国への連絡を頼んだ。
殿下はソファに腰を下ろしたまま、ずっと俯いている。
俺が先生方にも報告に行こうと踵を返したところで、背後から声がかかった。
「なぜ……、あんな人族の女を庇うのですか。龍族の神であるあなたが、なぜっ!」
俺はげんなりとしながら振り返った。
「何度もいっていますけどね。俺は神じゃありません。長生きしているだけのただの龍族です」
「あなたは始祖龍だっ! 我らの神です!」
ユリウス殿下は必死になって言い募る。聞く耳を持たないその様子に、俺は嘆息した。
結婚したこともないし、子供を持ったこともないのに、一部の連中による始祖龍呼びはどこから来たんだろうか。俺が始祖だったら俺で末代になっているはずだが。
「まさか、本気で、あんな脆弱な人間の女に入れ込んでいるわけではないでしょう!?」
「それを聞いてどうするんですか。俺と彼女の関係がどうであろうと、俺は殿下の望みを叶えることはできませんよ」
何度も繰り返した説明だ。ため息が出そうになるのをかみ殺しながらいった。
「殿下を龍化させることは、俺にはできません。俺にそんな力はないんですよ」
「───っ、どんな厳しい訓練でも受けます! 何を犠牲にしても構いません! どうか、どうか、試すだけでも、お願いします……っ!!」
「いや、だから、無理なんですって」
殿下が床に膝をついて頭を下げてくる。勘弁してほしい。
俺は殿下を引っ張って、再びソファへ座らせた。殿下の前に片膝をついて、目線の高さを合わせるようにして話す。
「龍化できるかどうかは生まれ持った体質次第だと、龍族の学者たちもいっているでしょう。俺に殿下の体質を変える力はありません。だいたい、今じゃ龍化できないほうが大多数です。できなくたって、殿下が王太子であることは揺らぎません。───でも、怒りに駆られてクラスメイトを殺しかけたことは大きな問題ですよ」
「たかが人族の女一人、殺したところで何だというんです。そんなことより、龍化の方法を……っ」
殿下は俺の顔を見るなり口ごもった。べつに、俺は今さら殿下に腹を立てていたわけではなかったのだが。ただ、言っても無駄だと思っただけだ。これ以上は話したところで無意味だと。
俺は立ち上がり、室内に控えている侍従たちへ眼をやっていった。
「殿下がどう思おうと勝手ですけどね。次にルーナ・ファリア嬢に手出ししたら、俺は必ず報復します。王太子殿下であろうと関係ありません。殿下を庇う方々にも容赦はしません。わかったら、もう二度とルーナちゃんに近づかないでください」
殿下ではなく、侍従たちに、そしてその背後にいるフレイヤ王家に聞かせるための言葉だ。
年かさの侍従たちもそれは理解しているのだろう。青ざめながらも頷いた。
俺が今度こそ部屋を出て行こうとしたときだ。扉に手をかけたところで、自棄になったような声が室内に響いた。
「あんな女に費やす時間はあるのに、次期王である僕には訓練をつけることさえしてくださらないのですか。なにが神だ。なにが始祖龍だ。脅しをかけるくらいなら、今ここで僕に報復したらいい……っ! 殴るのでも蹴るのでも、魔法で叩きのめすのでも、好きにしたらいいでしょう! やってみろ!」
「やりませんよ」
俺は声を荒げる気にもならずに、淡々といった。
「殴ったら理解するんですか、殿下は? 他人を傷つけてはいけないことを。龍族以外の人々にも心はあって、それを軽んじてはいけないことを。ここで叩きのめしたら理解するんですか? しないでしょう?」
俺は扉を閉めながら続けた。
「だったら、殴るだけ無駄です」
視界の片隅で、大きく顔を歪ませる殿下が見えた気がした。
俺はそれ以上は何もいわず、その場を立ち去った。