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11.楽しい恋バナ


一年生の頃は、まさかゼストが生きていて留学してくるなんて夢にも思わなかったから、友達とのお喋りの中で普通に明かしてしまっていたのだ。「一度でいいから龍族国へ行ってみたい」というのは、この魔法学園においては高望みではあっても、おかしな願いではなかったから。


だけどその他愛無かったはずのお喋りは、いまやわたしがゼストのつがいであるという噂の強固な補強材になっている。


「……ゼストも、知っていると思う?」


キッチンをちらちらと気にしつつも小声で尋ねると、アニーはあっさりと頷いた。


「彼、A組やB組からは低く見られているけれど、ほかのクラスの子からは人気あるもの。誰に対しても優しくて丁寧で、龍族のくせにって蔑んでくる相手にさえ冷静に対応している格好良い男の子。そんなゼストくんとお近づきになるには、彼の大事な“つがい”の話題が一番だと思わない?」


「ほかの話題にしようよ! パンケーキの話とか!」


「ユリウス殿下がああいう性格だから、余計にゼストくんに癒されるというのもあるわよね。……知っている? あの公爵家のご子息やそのご友人の方々さえ、最近はもう、ユリウス殿下に近づきたくないと零されているんですって」


「あー……、まあ、完全に無視だものね、あの殿下」


龍の王子様は、授業で教師に指名されたときなど、かろうじて最低限の会話はしている。でも、それ以外では、挨拶すら返さない。休憩時間などは、周りがどれだけ一生懸命話しかけても、話題を振っても、一言もしゃべらずに冷たく見返すだけだ。人族がゴミに見えているんじゃないかという評判だ。公爵家のご令息も、家の意向で親しくなろうと努力しているだけで、本心ではできることなら関わりたくないのだろう。


わたしは関わりがないので遠巻きに見ているだけだけど、挨拶さえ無視されている姿には、前世を思い出して勝手に胃が痛くなってくる。


雑談を拒否するのはまだしも、挨拶を返さないお偉いさんにまともな人間は一人もいなかったからね。

しかもああいうお偉いさんって自分は無視するくせに、わたしが挨拶しないと突然キレ出すという最悪の上司だったからね。これが教会幹部、人々から尊敬される聖職者だなんて、この世はもう終わりだなって思ったもんね。実際終わりかけていましたけどね。


まあ、ユリウス殿下は龍族なので、また少しちがうけれど。

前世の上司が話が通じないタイプなら、龍族というのはそもそもこちらと話す気がないタイプだ。龍族は龍族以外を下等種族だと思っているのが基本姿勢だ。傲慢すぎである。そんなだから最強種族のくせに魔物に滅ぼされかけていたのだ。


ちなみに前世のわたしは龍族より魔物より強くて最強の魔法使いだった。はっはっは。でも一人だけ能力が強いと厄介事を全部押し付けられるからあまりいいことはないよ……。


今世のわたしは前世ほどの魔力量はないし、目立ってもいない。

だけど相変わらず、殿下からの突き刺すような視線を感じている。


これはもしかしてわたしの見えない場所、たとえば寮の中でゼストが苛められているんじゃないかと心配になったけど、今のところ殿下から何か仕掛けてくることはないらしい。


ゼストは龍族国では一般人の振りをしているようだから、王子様にとっては取るに足らない存在なのかもしれない。学園での成績にしても、ユリウス殿下は実技も座学もずば抜けているけれど、ゼストは実技ではクラスの最下位を争っているから、視界に入れる必要もない相手くらいに思っている可能性は高い。


ゼストは座学は優秀なのだけど、魔法の実技は苦手だから、一時は『龍族なのに?』という驚愕と猜疑の眼を学園中から向けられていた。今では龍族といっても庶民だから弱いのだろうと納得されている。


ゼストへ向けられる視線が期待から失望へ変わっていくのを見るのは、わたしにとってはひどく歯がゆく悔しかったけれど、本人はあっさりしたものだった。「俺の力がバレるほうが面倒でしょう?」というのは、彼の過去を思えばもっともな言葉で、わたしも頷くしかなかった。


ゼストは一般的な魔法は不得手だけど、彼にしか使えない魔法をいくつか持っている。それは普通の魔法のような再現性がなく、かなり特殊なのだ。


初夏の日差しが差し込む室内に、しゅんしゅんとお湯が沸く音が聞こえてくる。


アニーは面白がっている顔でいった。


「殿下があの調子だと、ゼストくんを狙う女子は増えるんじゃないかしら」


「なんで突然脅してきたのアニー!?」


「あら、事実を述べたまでよ? 彼、実技はいま一つでも頭はいいし、何より龍族だもの。あの国にコネクションを作りたい家にとっては十分に魅力的だと思わない?」


「でっ、でもほら、皆にはわたしがゼストのつがいだって思われているわけだし……!」


「そうね、思われているだけね。誤解されているだけなのよね」


再び撃沈したわたしに、アニーは空とぼけた口調でいった。


「本当はまだ恋人でもないと知られたらどうなるかしらね? こんなに仲良くしているのに、将来の約束どころか、気持ちを確かめ合ってもいないなんて、みんなに知られたら?」


「心を抉ってくるじゃない……、さてはアニー、試験勉強の疲れがたまっているんでしょ?」


「あら、羨ましくて意地悪をいっているだけよ。ルーナはどう見たってゼストくんと両想いじゃない。わたしなんて先生に告白さえまともに受け取ってもらえていないのに」


アニーの片想い相手は魔法学園の非常勤講師だ。

子供の頃に家庭教師をしてもらって以来、ずっと想い続けているのだという。この学園に入学したのも先生に近づきたい一心だったというからすごい。

ただ、その先生は現在三十歳だ。十七歳のアニーの告白を交わし続けているというのも、無理のない話だろう。


わたしはぐぐぐっと力を入れて身体を起こし、真剣な眼でアニーを見て断言した。


「灯花祭のダンスのパートナーは、ゼストに頼もうと思っているの」


「いつ言うの?」


「……、この中間試験が終わったら……っ!」


灯花祭とは秋にある学園祭の名前だ。最終日の夜には講堂でパーティーが開かれる。そこで踊った恋人たちは末永く幸せになれるという言い伝えもあることから、カップル向けのパーティーといっても過言ではない。


ちなみに去年のわたしは、恋人も婚約者もいない少数派として、寮の友人たちと肉を焼いてくだを巻くパーティーをしていた。


「でも今年はちがう。今年は仲の良いカップルとして踊ってみせる。ゼストがパートナーを引き受けてくれたら……、くれるかな……、本当に大丈夫だと思う……?」


「ルーナっていつもは前向きなのに、ゼストくんが絡むと途端に後ろ向きになるわよね」


「だってゼストにフラれたら、もう暗黒時代に逆戻りだよ……! どんなに世界が平和でもわたしの心は暗黒! 冥府の闇よりも地獄! 絶望しかない!」


「大丈夫大丈夫、ゼストくんはどう見てもルーナのことが好きよ」







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