1.転生大聖女、初恋のひとに再会する
今度こそはキラキラな人生を送ってやる。
わたしがそう心に誓ったのは、かつての人生を思い出した三歳のときの話だ。
わたしには前世の記憶がある。
それは現在の歴史書では暗黒時代と呼ばれる時期の話だ。今からおよそ一千年前、地上には魔物が溢れ、あらゆる種族が滅びに瀕していた。わたしは大聖女と呼ばれ、魔王に対抗できる唯一の希望なんて持ち上げられていたけれど、実情は都合のいい敗戦処理者扱いだった。お偉方からは無理難題を押し付けられ、守るべき人々からは不平不満をぶつけられた。上からも下からも板挟みだ。
当時のわたしはよく「何でもかんでも押し付けてくるなー!! 『やる気が足りないんじゃないか?』なんて何もしない奴がいうな! できないものはできないんですー!! 嫌味しかいえない教会は滅んでしまえ! やれっていうなら自分がやってみろー!!」と荒野で叫んでいたものだ。
滅亡の危機に瀕していようが団結なんてしない、人間だけでなく龍族も獣人族もその他種族もみんなそうである。いついかなるときも揉める!争う!足を引っ張り合うのだ!あはははは!……はぁ、最悪の思い出だ。
そんな状況だったから、わたしの人生も必然的に暗黒だった。女友達との楽しい恋バナ? 心弾むお洒落なカフェ? 色とりどりの美味しいケーキ? 仲間たちとの楽しい学園生活? そんなものはない。
かつてのわたしは常に命の危険に晒されていたし、食べられそうな木の実を探してはお腹を痛めていた。他人とは裏切るものか、厄介事を押し付けてくるものだった。心を許せる友人は、相棒と戦友と片想いの相手というすべてを兼任してくれた一人だけだった。
いつもボロボロになりながら戦い続けて、足を引きずるように歩き続け、なんとか魔王は退けたけれど、自分も相打ちになった。享年21歳。初恋の相手に告白もできないまま人生を終えた。
自分が前世の記憶を持ったまま転生していると理解したとき、わたしは心に誓った。今世こそは、楽しいことがいっぱいの人生を送ってやると!
※
あれから十三年、王都で最高峰といわれるエンバス魔法学園の二年A組へ進級した初日に、わたしは自分の席に座ったまま、ぽかんと口を開け、眼をまん丸くしていた。
「龍族国フレイヤから二人の留学生です。皆さん、くれぐれも失礼のないように……っ」
いつもは厳しく魔法構成基礎学を教える先生の声がうわずっている。
先生の隣に立つのは二人の男子生徒だ。二人とも学園の制服を着ていて、一人は金髪に青い瞳、もう一人は黒髪に黒の瞳。金髪の男の子から発せられる威圧のオーラがすごい。
「ユリウス・フレイヤです」
金髪の男の子の簡潔な自己紹介に、教室内が大きくどよめいた。フレイヤを名乗るということは、彼は間違いなく王子様だ。それも龍の王子様。伝説の『つがい探し』に来たのかと、日頃は優雅さを崩さない高貴なご令嬢方でさえ騒然としている。
そこに、やや間延びした軽い声が響いた。
「あ、俺はただのゼストです。身分も何もない一般人です。よろしく~」
黒髪のゼストが愛想よく手を振る。それにもまた歓声が上がる。ゼスト。思わず名前を呼んでしまってから、わたしは口を両手で抑えた。声を上げないように必死で我慢する。だって、だって、そこで何をしているの、ゼスト。
───というか、生きていたの!?
龍族の平均寿命は確か三百年だったはずだ。わたしが彼と共にいたのは一千年前の話なのに、教壇に立つゼストは記憶と変わらない顔をしている。そんな馬鹿な。わたしはくらりと眩暈を感じた。あぁ、もしかしてこれは夢? 新学期初日から居眠りしてしまっている? ヤダー大変大変、早く起きなきゃ。
……なんて、いや本当に、公爵家や大富豪の令息令嬢が集まっているこのA組で、男爵家のわたしが居眠りはまずい。友達を作るところか大失態すぎる。ぎゅっと目をつぶって起きろ起きろと念じたところで、視線を感じて瞼を上げる。ゼストが驚いた顔でこちらを見ていた。まっすぐに。それだけで胸がいっぱいになって泣きたくなる。夢から覚めたくないと思ってしまう。歓喜が全身に満ちる。あぁなんて単純な。
「センセー、俺、あの子の隣がいいです」
ゼストがアホっぽい声でそういった瞬間に、クラス中から突き刺さる視線を感じて、わたしはこれが夢でないことを理解しつつ、気を失ってしまいたいと思った。
※
昼休み、わたしはクラス中の視線を「ホホホホホ」という全力の愛想笑いでかわして、ゼストを引っ張って屋上まで来ていた。屋上のドアには鍵がかかっているけれど、物理的なものではなく、いわゆる魔法鍵だ。
わたしはこれでも千年前は大聖女なんてこっぱずかしい称号で呼ばれていた身だ。転生した今では人並程度の魔力量しかないけれど、魔法鍵を解くくらいはできる。こういうのは力ではなくテクニックなのだ。
人目のない屋上で、わたしは自分よりも頭一個分高いところにあるゼストの顔を、両手でガシッと挟み込んで叫んだ。
「生きてる……!」
「久しぶりですねえ大聖女ルーン。あぁ、今はファリア男爵家のルーナちゃんでしたね」
「その恥ずかしい大聖女呼びはやめてっていつもいってるでしょ!」
思わず千年前と同じようにツッコミを入れてしまってから、まじまじとゼストの顔を見返した。
「わたしのことがわかるってことは……、ゼストにも前世の記憶があるんだよね?」
「俺にとっては今世の記憶ですけどねえ。死んでないので」
「龍族の平均寿命三百年」
「ほとんど寝ていたんですよ。この千年で起きたのは三回だけなので、まあ軽く九百年は寝ていましたね」
わたしは呆気にとられて、ぽかんと口を開けたままいった。
「龍族ってそんな、冬眠みたいなことができる種族だっけ……!?」
「俺は忌み子ですからね。特別なんじゃないですか」
さらりと返された言葉に、わたしは思わず顔をしかめる。