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対価、灰色の石像


「久しぶりだね。君がおのずから尋ねて来るなんて、どんな風の吹き回しだろうね」


 ノクターナの故郷を離れ、はや数ヶ月。ようやく帰ってきたそこは、街の様子こそ変われど、その芯まで凍える寒さとこの男が牛耳っていることは同じだった。


 こいつを頼るのは正直頂けないのだが、裏社会での顔の広さは知る限り圧倒的だ。話を通すのと通さないのとではやり易さが違いすぎる。まあ、他に選択肢がないというのもあるのだが。


「それで、要件は?一緒に来た女と関係があるのか?友達割として話くらいは聞いてやる」


 俺がノクターナと街に入ったのはやはり知っているか。今朝のことだろうと、驚くまでもない。


「感謝する。あんたのペットにしては面白い話だ」


 友達だなんて思ってもないだろうと、わかりやすか悪態をついてやれば、それはそれは面白そうにケタケタと笑う。


 簡単な事情と偽の身分が要ることを話せば、返答はとても簡素なものだった。


「知ってる。もう作った。だが渡すかどうかは別だ。馴染み深いだろ?」


 俺は以前、こいつの元で働いていたことがある。可愛そうだとか新しい玩具だとか、そんな気分で雇われていた。

 そんな俺からすれば、こいつが要求するのはとても変でとても馴染み深いもの。金と同時に求める、又は金の不足を補うために求める暇潰し。


「昔々あるところに――」


「そういうのいいから」


 ちょっとしたお話を、俺は口にする。満足するまで。


 どこにもうけ話が隠れているかわからないというそれっぽい理由で飾った、ただの暇潰しを。


◇◆◇


「石像を建てて欲しい?」


 道中寄ったとある街でのこと。ありきたりな道の途中で、俺たちはそんな張り紙を見かけた。


 結構昔の張り紙らしく、風やら雨やらで所々に虫食いが生じていた。そっとなぞれば紙がほろほろと砕ける。誰かしらが剥がしたりはしないのだろうか。


「この先炊き出しやってます、だって。行かない?」


 ぐいぐいと服を引かれ、ノクターナの指先を見ると確かに人集りがあった。風に乗って久々の料理の匂いが漂ってくる。部外者でも貰えるのだろうかと不安を抱きつつ、けれど匂いには逆らえず寄っていく。あわよくば何度か回れないだろうかと期待しつつ俯いて。


「貴方たち、この街の人じゃありませんよね。すみませんが、渡せません。そういうルールですので」


 その一点張りだった。


 ノクターナは何度か不満を垂れていたのだが、俺はとぼとぼとその場を離れるノクターナに付いていく。どの街も財政が良くないのはいつものことだ。田舎の街となれば尚更。


 かれこれ何食分ほど逃しているだろうか。旅をしながらでは職になんてありつけるはずもなく金は減る一方。一食分を二人で分けたきりだ。


「貴方、魔法使いよね。良かったら話を聞いてくれない?」


 どうにかして稼がなければとベンチに座る俺の肩を叩いたのは一人のおばあちゃんだった。


「おばあちゃん、彼は違うよ。魔法使いは僕」


「あら、見間違いかしら」


 魔法使い同士はその特有のオーラ的なのが見えるらしく、おそらくその話だろう。俺にはわからない概念だ。


「おばあちゃんも魔法使いだよね。彼に何の用?」


 先程突き放されたからだろう。少々冷たいとも取れる口調でノクターナは尋ねる。


「少し聞いて欲しい話があるのよ、良いかしら。お茶くらい出すから安心してちょうだい」


 どうにも足元を見られている気がしてならないが、それが軽食であれ有り難いのは事実だ。それに正直いってあまり急ぎたくはない旅路。ノクターナに軽く目配せをして、おばあちゃんの話とやらに付き合うことにする。


 ――お茶を出すというからには家に案内されるかと思えば、そこはこぢんまりとした喫茶だった。ティータイムには丁度良い時間帯なのにお客さんは誰も居らず首を傾げていれば


「息子の店だったのよ、今日は定休日。今は私が切り盛りさせて貰ってるわ」


 子から親にって変だけどね、とおばあちゃんは笑う。


 何でも好きなのを頼めというので、食い溜めでもしてやろうと意気込んでメニューとにらめっこする。ノクターナは初めこそ遠慮していたものの、空腹と厨房から漂う香りには逆らえなかったみたいだ。


「おばあちゃん、だったっていうのは?」


 食べ物を口に運びながら、ノクターナは合間合間で会話を持ちかける。


「別に死んでないわよ」


 ノクターナの恐る恐るといった様子におばあちゃんは糸目になる。


「三年ほど前、婿に行っただけ」


 それより、と声のボリュームを上げて、頼んだメニューを運び終えたおばあちゃんは俺たちの前に座る。


「勇者様の話は知ってるかしら?」


「勇者?僕が知ってるのは道端で酔っ払った吟遊詩人が詠っていたくらい。ルドルフ、君は?」


「勇者と呼ばれる者は一定数いるからな」


 わからないというのが正直なところだ。


 そもそもこの広い世界で、勇者という有名で使い易い言葉がたった一人の誰かの代名詞になることなんてあるのだろうか。なんて考えてしまうのはきっと俺が捻くれているから。


「この街で勇者様といえば一人なのよ。二人には彼の石像を作ってほしくてね」


「石像?俺たちその勇者の顔知らないんだけど」


「いいのいいの。勇者様の石像があるという事実が大切なんだから」


 はあ、何というか。


「浮かばれねえな、その勇者」


 少なくとも街で通用するくらいの善行をしているのに。俺には関係のないことだけれど。


 頼んだメニューを粗方詰め終わったお腹を軽く叩く。ふむ、もあと少しは入る。デザートでも頼もうか。


「おばあちゃん、これ追加でお願い」


「あ、僕こっちで」


 微笑ましいものでも見るような顔になっておばあちゃんは厨房へと下がっていく。これで当分は持ちこたえられそうだが、今はこのあとに来るだろう食べ過ぎで辛い時間が恐ろしい。


「ノクターナ、どうする?」


「ん?僕はどっちでも良いよ。でもまあ、こんなに食べたしね――」


「そうだな」


 視線を落とせば小さなテーブルに空の皿が積まれている。残された米一粒が勿体なくて口に運んだ。


「持ってきたわよー。それで、受けてくれるかしら?」


「ああ」


 俺は小さく頷く。


「それじゃ、まずは聞いて貰おうかしら。この街での善行の全てを」


 その長そうな導入に早くも心が折れかける。仕方ない、祈っておこう。途中で寝てしまいませんように、どうせなら長引いてもう一食ただ飯と洒落込めますように。


「――」


 四、五年前のこと。この街に訪れた勇者様はいいました。


「みんな、何か困っていることはないか?」


 それはそれは胡散臭いものでした。ぱっと現れた男がそう触れ回ったのですから。勿論、ほとんどの人は相手にしませんでした。

 強いていえば縁側の掃除だとか買い付けだとか、悪いことを考えていても問題ないようなことばかり。それでも男は挫けることなくこなしていきました。


 そんなある日のこと。市民にも煙たがられるような、所謂生活困窮者の女がいいました。


「私たちに食事を恵んでほしい」


 男は決して金持ちではありませんでしたが、尽力しました。善行に対価を求めないスタンスを改め少しの対価を要求するようになりました。それにより一度は人が離れましたが、日に日に持ち物の少なくなる男に何も思わないほど市民も冷たくはありませんでした。


 こうして集めたお金で数回炊き出しを行った男はいいました。


「できれば今後もやってあげてほしい」


 そして男は、あと数回分の費用を置いて街を去りました。


 それからというもの、量も頻度も多くはありませんが匿名でお金が届くようになりました。きっと、まだ勇者様は近くでこの街のために働いてくれているのでしょう。


「わかった、わかったからちょっと待って」


 おばあちゃんから似通った話を二三聞いたあたり、夕飯にはまだまだ遠い頃。ノクターナはそれを止めた。


「僕たち、いつまでこれを聞くの?」


「最初にすべてのって言ったじゃない」


 困ったように、ノクターナは頭に手を当てる。


「――僕、先に石像作っとくね」


 とまあ、そんな具合に。


 二時間ほどしたくらいだろうか。「私が知っているのはそれくらいね」と、ようやく話は終わった。


 ノクターナが作ったサンプルを元におばあちゃんが口を出して石像を作っていく。

 顔はどうでも良いという割には注文が多くて、暇な時間がただ重なっていた。


 形が決まり石を削って。できることのない俺は完成に向かう様子を眺める。細部は違うけれど、どこかグレイに似ていく石像を。


「ルドルフ、これ運ぶの手伝ってくれない?」


「ああ。そういや、これどこへ設置するんだ?」


「そうねぇ、庭先にでも置いておこうかしら」


 見た目よりずっと軽い石像に腰を抜かしそうになって、間近で見ればより見知った顔に思えて仕方がない。


「どうせなら今晩家に泊まっていきなさい」


 おばあちゃんの一言にノクターナの瞳が光って、俺は破顔した。

 城に帰ったら聞いてみるのもいいかもしれない。面白いことになるかも、と。

 

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