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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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元小国の城10


 店から程なく離れひっそりとした路地。ため息にも似た空気の塊を吐き出すと、罪悪感が大気と混ざって薄まった。


 彼らが一体何をして、これからどうなるのか。ルドルフには知る由もないことをぼんやりと思い浮かべる。事情も聞かず譲り渡すのは早計だったのかも。普段であれば。

 しかしノクターナと別れてから日に日に強まっていく取り留めのない焦燥感は、言い訳に過ぎないと切り捨てるには大きく膨らんでいた。


 冷静さを、少なくとも表面上は取り戻すため、ルドルフは瞼を下して呼吸に意識を向ける。肺が萎み唇の隙間から吐息が零れ出る。脳の澄み渡った部分を前面へ、今は忘れて良い感覚はクローゼットの奥底へ。知覚した心拍のうねりは凪いでくれない。


 そんなルドルフを退屈だと言うように、小さな欠伸が耳に届いた。


「ふぁ――っ、ねっむ。あんたの近くはまだマシだけど」


 鳥かごの中から黒い布を捲ったそれは目を擦りながら言った。


「そろそろ本題に入らせて。夏眠しそう」


「――昨日はあんなに元気だったのにか?」


「あたいはあんたら人間と違って非力なの。重い籠を運んで、この時代は空気が薄い」


 気怠げなそれは布を持ち上げるのすら諦めて寝転がった。ちらりと覗く足先以外はすべて隠れていしまっている。


「あんたはあたいのお願いを聞いてくれた。だから等価交換の原則に従って、あんたに褒美をあげる」


 言葉遣いは高慢なままだが、眠気から声色に神秘性が加わっていた。まるで悪魔と契約してしまったような寒気があってルドルフは一瞬狼狽える。何を頼んでも使用者の望みと違う形で叶えてくれる危うさ。それの出自からすればあり得ない話でもないと思わせられる。


「先に言っておくけど、何でもは無理だから。あたいにできるのはあたいにできることだけ」


「――だったら、ノクターナの居場所を教えてくれ」


「わかった」


 断る準備にも思える謙虚さだった。そう簡単に事は運ばないだろうと落胆から逃れようとしたけれど、返ってきたのは短い同意だった。目で追えないくらいの速度で期待は視界を明るくしていく。


「あたいはあんたの探し人を知っている。あたいは知っている人間の過去から未来を予測できる」


「的中率は?」


 未来の予測なんて胡散臭い。けれどぱちぱちと弾ける期待は勢いを増すばかりで留まるところを知らない。


 ルドルフは尋ねる。抱いた期待が裏切られたときの絶望感は考えたくもない。100%を望んで50%を求めた。


「ひと月の範囲なら七割くらい。どこで蝶が羽ばたいたかは知らねー」


 誤る準備にも思える謙虚さ。しかし今ばかりはルドルフの信用を勝ち取る要素でしかなかった。100%と言われるよりずっと信じられる。完璧に限りなく近しい正解。ルドルフはそれから発せられる言葉に傾倒していく。


「あたいが予言してあげる。あんたは探し人と再会できる。明後日の早朝、一人で城前の広場に向かって」


 人は他の何にも縋れなくなったとき眉唾物にそれを求める。ルドルフは自分がなりつつあるのを自覚しながらも受け入れた。絶対などではないとわかっているから大丈夫を免罪符として。


 ルドルフの様子に満足したように、それは見せていた足先すらも布の向こう側に隠してしまった。もう一度欠伸をしたあと、鳥かごが微かに揺れる。


「それじゃ、あたいは寝るから。絶対に起こさないで」


 言うと、辺りはすっかり静かになった。


 急激に疲れが押し寄せて、ルドルフは壁に背中を預けた。身体は汗ばんでクラクラする。空気が冷たく感じられる。

 今日は戻って休もう。その方が良い。ルドルフはしばらく息を整えてから宿を目指す。風邪にうなされるようでありながら、足取りはしっかりとしていた。


 ルドルフは人通りの少ない道を選んだ。鳥かごを大切そうに両手で抱えながら。


◇◆◇


 この二日間、ルドルフの行動に大きな差異はない。朝起きては街に出て、食事は手短に、情報収集をして、夜は宿に戻る。今日も昨日も同じこと。

 朝と夜に鳥かごの確認をするようになったくらいだ。死んだように眠るそれを黒い布越しに眺める。本当に死んでいるのではと考えてしまう。意識の一部が占有されているのを実感する。頼り切りになっていることを実感する。


 一本化してしまわないようにと別の手がかりを差探したけれど、綺麗に隠匿されているかのようだった。


 昨晩は「予言が外れていませんように」なんて宿の備品を積んでしまった。早くから床に入ったのに、寝付けたのは日付が変わってしばらく後のことだった。


 七月三日。ルドルフは夢を見た。


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