元小国の城9
しかし、どこから探したものだろうか。ノクターナが企んでいることは何となく想定できるけれど、具体的に何をすると聞いていない。
踵を返したルドルフは、泊まっていた宿へと向かった。ルドルフが悶々としている間に街には若干名の通行人がいて、足早に歩くルドルフを流し見ている。
到着して扉を開け早々にノクターナについて尋ねるが知らないの一点張り。ましてや仕事の邪魔だからと追い出されてしまった。確かに嘘を吐く必要はないしこんな時間から宿を取るとも考えにくいか。また来るからもしノクターナが来たら教えてくれとだけ伝えて、ルドルフはその場を後にした。
次に向かったのは二人が別れた場所だ。つまりは城。まだ城にいるとは思わないけれど、何か手がかりがあれば良い。
城前の広場では数人が慌ただしくしていた。制服を見るに警察だろうか。彼らは情報交換をしているようだけれどルドルフの場所からでは会話を盗み聞くことはできない。こっそり近付こうとしたけれど解散されてしまった。ルドルフの知らないところで事が進んでいる予感がした。
それから城をぐるりと一周してみたけれど収穫はなし。そう簡単に見つけられるとは思っていないけれど何の情報も掴めないのは少し心に来る。
早く見つけ出さないと。ルドルフは急ぐ理由も会って何を話すのかも上手く言語化できないままに街を歩いた。
◇◆◇
六月三十日。
ルドルフは古めかしい魔法具店を訪れていた。何か特別な理由があったわけじゃない。偶然、導かれるように、そこに辿り着いていたのだ。
寄り道をするつもりはなかったけれど、ノクターナが好みそうだと思えば、少しだけ興味が湧いた。ルドルフは扉に手を掛ける。
人を選びそうな外観に正しく、店の中は無音だった。空気は停滞しているしそれどころか店主もいない。数分だけ休憩したらここを出ようと決め店内を見て回る。
気を付けなければ商品を踏んでしまいそうなくらい店は散らかっている。何かが暴れた後のようだ。ルドルフはそれを片付けたくなって床の者をひとつ拾うけれど、商品の並びに規則性が見出せなくて諦める。
店の最奥にあるカウンターには、黒い布を被った鳥かごがあった。何の変哲もない鳥かごが手招きをするように布をはためかせる。それに誘われる。
カウンターの前に立ったルドルフは恐る恐る布を持ち上げた。徐々に露わになっていく高価そうな鳥かご。果たして何が飼われているのか――。
空っぽだった。拍子抜けしたルドルフは布を元通りに戻す。
「あたいの家に何か用?」
はたりと小さな音がしたかと思えば、人間ともハルピュイアとも取れない小さな生物が鳥かごの上に立っていた。
「レディの家を勝手に覗くなんて普通なら許されねーけど今回だけは目を瞑ってあげる。あたいったら寛容」
「それはどうも」
「――面白くない。わかってたけど」
それはルドルフの反応がお気に召さなかったようだ。
ルドルフは簡素に答えたが全く驚きがなかったわけではない。意識の外から話しかけられて突然現れたのだから、しかしそれが反応として現れなかっただけだ。
声を聞いた瞬間、そして姿を見た瞬間、人間が暗闇を本能的に恐れるようにルドルフは理解した。それは現代において何者でもない。触るべきではない。
「待ち草臥れた。せっかく人払いもしたのに油売り過ぎ」
「俺が来るのがわかってたみたいな口ぶりだな」
「あたいは思慮深くて天才だから」
答えになっていない。
ルドルフが呆れながら視線を外すと、それは両手を大きく広げて存在をアピールした。何かルドルフに話しておきたいことがあるようだ。
一度頭の上に時計を思い浮かべる。ルドルフは帰ろうとするのを止めた。
「あんたは明日同じ時間にここへ来ること。とびっきりのサプライズを用意しておいてあげる」
「今じゃだめなのか」
「だめ。明日の方があたいに都合良いから」
傲慢なやつだ。普段ならそんな物言いをするやつの言葉を聞いてやる義理はないけれど、確かな重みを有していた。ルドルフは気だるげに頷く。
「――考えておく」
「そうして」
◇◆◇
七月一日。
ルドルフは再びその店を訪れた。手がかりと呼べるかもわからない僅かな取っ掛かりを逃したくなかったのだ。しかし訪れたその時には、店の様相は打って変わっていた。
店の前に小さな人だかりができていたのだ。万民受けするタイプではないのに珍しいとポジティブに捉えてみるけれど、それが謝りであることは誰の目にも確かだった。
扉の奥、声が聞こえる。古風を目指したそれに防音効果は乏しくほとんど鮮明に。怒号と金切声。痴話喧嘩でもしているのだろうか。
ルドルフは無造作に扉を開けた。
一瞬、静まり返る。店の内外問わず、その境界線で佇むルドルフに視線を突き刺す。全員が驚愕していた。口をあんぐりと開けていた。止めようとしていた者もいたらしい。腕が空中で静止している。
唯一動けるのはバネの力を受けた扉だけだ。ギギッと音を立てながらゆっくりと。再び店の内と外が定義される瞬間まで、時は止まっていた。
店内はこれが痴情の縺れであればどれほど良かったか、というほどの修羅場であった。少年と女性を五人の警察が囲んでいる。女性は目元に涙の跡、少年は懇願するように警察の足に纏わりついている。
これがどういう状況なのか、ルドルフは理解したくなかった。
「気にせず続けてくれ、ただの客だ」
何の間違いもなくそのまま伝えてみたけれど、全員からブーイングを喰らったことは想像に難くない。
「何なんですかあなた今はそんな場合じゃないんです見たらわかるでしょう出て行ってください」
是面に限界まで近付いていた少年がルドルフに顔を寄せて言った。怒気を孕んでいるようだったが先程の場面を目にしていればその効果はないに等しい。
「いや、今日買っておかないとおけないものがあるんだ」
それが通ることはないだろうと思いつつもルドルフは一応粘ってみる。
「それを買えれば出て行ってくれるんですよね」
「ああ。約束しよう」
「わかりました。みなさんもそれで良いですよね」
「それだけなら、まあ――」
「構わないんですかっ!?」
この街は平和ボケが深刻そうであった。
女性を一人残して警察の輪から出てきた少年はカウンターの向こう側に向かった。足りない身長を台座で補って小慣れた表情を作る。
「それで、何が欲しいんですか」
不愛想に言った。
てっきりカウンターの上で準備されているかと思っていた鳥かごはそこになく、ルドルフはカウンター前から店を見回す。
警察は女性への尋問を再開している。その声もさることながら、物が散乱した狭い店内に人がいるというだけで、商品を探すのにかなり邪魔だ。彼らを睨んだところで何もかわらないから諦めるけれど、ルドルフは来るタイミングを間違えたと後悔した。
しかし見当たらない。昨日はあんなにも主張激しくいたのに、まるでルドルフから隠れているように。
「どうかしましたか?」
見かねた少年は話しかける。何と説明すべきか悩んでいると、少年は顔を近付けるよう手招きした。
「実のところ、ボクら今かなり困ったことになっていまして」
「だろうな。見ればわかる。いったい何をやらかしたんだ」
「それは言えません。ボクらの矜持に関わりますし、何より仲間を売ることになってしまいます」
ルドルフにだけ聞こえるよう小声で言う。
矜持などと言う以前にかなり詰んでいる状況だと思うのだが少年には見えていないのだろうか。ルドルフは呆れたようにため息を吐く。
「ですから、もし状況を何とかしてくれたらこの店にあるもの何でもひとつ差し上げます。非売品のコレクションもあるんですが背に腹は代えられません」
面倒臭いことになった。女性は意味のわからない長話を展開してまだ抵抗しているけれど、それもいつまで続くことだろう。
少年のことは忘れてノクターナ探しを優先すべきかもしれない。少年から視線を外し足を動かすと、それを阻止するように、足元で何かに当たった。
それは黒い布を被った鳥かごだった。先程まではこんなところになかったはずだ。ルドルフは再び少年に視線を向ける。
「普通に弁解すれば良いんじゃないのか」
「もちろん言いました。でも証拠を握っているらしくてなかなか納得してくれないんです」
「だったら諦めてついて行け。誤解なら帰してくれるだろ」
「誤解だったら帰してくれると思います」
この辺りで十分だろう。ルドルフは足元にある鳥かごを持ち上げる。それは大きさから考えて異様に重かった。
「停滞した状況は何とかしたから俺はこれを貰っていく」
見知らぬやつの犯罪に加担するつもりはない。ルドルフは一番近くにいた警察へ向けてそう言った。
「待ってくださいそれは奥に置いていたはず――っ」
少年は焦って手を伸ばすけれど、後ずさるルドルフには届かない。
何とかしたら何でもあげる、という約束をやり遂げたことにはならないだろう。やっていることは泥棒と同じだけれど、警察が「ご協力感謝いたします」としか言っていないのでルドルフは無罪だ。
手錠を掛けられる二人を後目にルドルフは店を後にした。狭い店内、ましてや魔法使いの前で内緒話などできるはずがないのである。




