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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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元小国の城6


 六月二十七日。公開処刑まであと四日。


 宿に戻ったノクターナはすぐさまベッドに寝転んだ。柔らかい枕に顔を埋める。大した距離は動き回っていないのに微睡む。


「ねえルドルフ。もし目の前に何もしなくても結果が変わらないことがあるとしたら、手を差し伸べる?」


「やりたければやるし、やりたくなければやらない。これまでの旅と同じようにな」


「――らしいね」


 でも、それじゃ何の助けにもならないんだよ。


◇◆◇


 六月二十九日。公開処刑まであと二日。


「またね」


 城が見える通り。ルドルフとノクターナは別々の方角を向いていた。

 本来なら街の端まで行って手を振りたかったけれど、それは諦めることにする。向かわなければならない場所があるのだ。


 古めかしい店の扉を開く。前回に感じた一瞬の寒気が今回は増して思えた。


 店番のいない店内は、比べて足の踏み場がなかくなっていた。物が増えたのではなく、荒れているのだ。最低限棚に収られていた品々が今は床へ無造作に転がっている。割れた瓶から零れた謎の液体が本にシミを作っている。

 何か良くないことが起こったのは確かであった。焦燥に駆られノクターナは店の奥へと進む。物を踏んでしまわないように。


 巧に隠されていた扉はより分かり難くなっていた。扉の場所を見たノクターナでさえ一度通り過ぎたくらいだ。


 扉に鍵はかかっていなかった。てっきり施錠されていると思って力加減を考えていなかったノクターナは、大きな音を立て全員の警戒を誘った。


「誰――っ!」


 瞬時に向けられたのはナイフと杖。ここにいたのがノクターナでなければ無事ではなかっただろう。


「――姫様?」


「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだ」


 両手を上げて言うと武器は下を向いた。


 人数は、二日前と同じだった。この部屋も荒れてはいるけれど、物がそう多くないおかげで被害は軽微なもの。最悪の事態ではなかったと安堵する。

 であれば、店のあの状態は何だったのだろうか。それをノクターナが尋ねるよりも先に、先手を取ったのはルカだった。


「すみません姫様。――つい先程まで姫様について話してたんです」


「僕の?」


「はい。早めに戻っていただけて安心しました」


 それは昨日のことを言っているのだろう。ルカはノクターナが戻ってくると信じていたようだけれど、このタイミングで一日空いたら、逃げたのだと思われてもおかしくない。実際この中の何人かはそうだったようで、バツの悪い顔をした。


「それより姫様、少し手伝ってもらえませんか?鳥が逃げ出したんです」


 テーブルの上に置かれた鳥かごを指差して言った。そしてどうやら、それが店が荒れていた理由らしい。


 黒い布は取られており、暗い紫色に塗られた不気味な格子が露出している。小さな扉に付けられた小さな鍵は、形だけはその役割を果たしているが鳥を囲ってはいない。


 ノクターナは彼らと一緒に鳥を探した。部屋の隅から隅まで、小さな隙間にも目を向けた。庭で蝶々を追いかけた日々を思い出した。

 彼らにとってその鳥はかなり大切なようだった。文字通り血眼になって、ルカと逃げたあの警察に勝るとも劣らない勢いだった。どれほどに思い入れがあるのだろう。ノクターナは疑問符を浮かべた。


 そんな様子の彼らを見ているとだから不謹慎だし決して言葉にはしないけれど、あわよくば見つからなければ良いと思う。こんなことをするために来たわけではないのに、少なくともこうしている間は平穏だったから。明後日にはもうひとり増えているだろうか。


「ねえ、見つけたとしてどうやって捕まえるの?君たちは虫取り網とか持ってる?」


「む、虫って、もっと言葉を選んで。彼女を怒らせたらどうするつもりっ」


 彼女?鳥の性別の話だろうか。それにしては、どうにも人間のような扱いをする。


「あたいを鳥って呼んだ時点で十分にさいてーだから」


「ごめん、僕の理解が追い付いてないみたいだ」


「そう?ひめさま、って愚鈍なのね。期待外れ」


 嘲ってひめさまと言った鳥でも虫でもない何かは、灯台下暗しというのか、鳥かごの上に堂々と佇んでいた。


 人語を喋るそれは、人間のようで人間でなかった。身体は小さく掌に収まるサイズ。可憐で儚い顔つきと、それに似合わない猛禽類のような鋭い爪。腕は羽と同化している。

 彼女を何と表現すれば良いのか、少なくとも生物の図鑑には掲載されていなかった生き物だ。それは現代には存在しえない、昔話の中でだけ語られているはずの伝説。


 思うのは、店へ入ったときに感じる悪寒の原因が彼女にあるということだ。ふわふわと身体を揺らす彼女は、一見そうは見えないが、本能が警鐘を鳴らしている。彼女が微笑めば警鐘が取り消されるのも気味が悪い。


「はあ、飛び回って疲れた。せっかく自由になったと思ったらいつの間にか知り合いは皆死んでるしつまんないくらい平和な世界になってるし空気は薄くてすぐ疲れるしつまんないやつに捕まって運ばれるしつまんない話聞かされるしで、あたいったら不運な女」


 そんな存在が目の前にいる。歴史に語られなかっただろう黒い部分が垣間見えて仕方がない。


「起きてたなら声を掛けてくれれば良かったですのに」


「あんなつまんなくて重い話されてるとこに出られるはずねーでしょちょっとは考えて喋れ」


 彼女の言動は稚拙であった。それ故に親しみやすいのだろう。ルカは怪訝に扱われるが満更でもない様子だ。無邪気に戯れている。


 彼女については不確かな部分が多すぎて反応に困っていると、彼女は自分の背丈よりもずっと大きい鳥かごから軽々と飛んでテーブルに降り立った。ぺちぺちと素足で音を鳴らしながらテーブルの縁に座る。


「ノクターナ。あんたのことはよく知ってる。あたいはあんた以上にあんたのことを知ってる。だから檻から出てあげた。あたいのこと疑ってねーでとっとと感謝して」


 まるでノクターナが考えていることも、このタイミングで訪れることもわかっていたような振る舞いだ。名指しでそんなことを言われて、ノクターナは小さく後退った。子どものように足を動かす彼女の底が知れない。


「――どうして?」


「感謝して」


 ノクターナの口から出たのは自分でも驚くくらいシンプルで中身のない問いだったが、彼女の要求はよりシンプルであった。


「ありがとう鳥さん。どうして僕のことを知ってるの?」


「あたいのことを鳥って呼ばないで。もちろん虫もだめ。――うーんとね、そうだ、妖精さん。妖精さんが良い。確か種族がそんな感じだった気がするし」


「ありがとう妖精さん」


「よろしい」


 彼女の風貌を妖精と呼ぶのは些か間違いがあるが、何より面倒臭くなった。困惑が恐れを上書きしていた。

 ノクターナが言葉だけの感謝を述べると、妖精さんは満足げに頷いた。足の揺れが弾んでいた。


 悪いやつではない、のかもしれない。


「褒美として教えてあげる。あたいは思慮深くて天才だから。あんたら人間とは頭の出来がちげーの」


 妖精さんは爪でこめかみを叩きながら言った。


 最初から教えるつもりなどなかったのだ。ため息を吐くと、あれやこれやと考えていたのが無駄だったように思えてくる。けけっと嗤われても、そういう生き物なのだと認めてしまいそうになる。そういう意味では確かに彼女は妖精であった。


「妖精さん妖精さん。だったらボクのことは知ってますか?誕生日とか当ててみてくださいっ」


「知るわけねーでしょ」


 呆れたノクターナとは正反対に、目を輝かせたのはルカだった。妖精さんは目だけを動かしてルカを見ると、即座に一蹴した。


「あたいが知ってるのはあんただけ。あー、この街にはもう一人いるはずだけど。だからそこの女、そんなに目キラキラさせてねーで仕事しろ」


「べ、べつに運命の相手なんて聞こうとしてないけどっ!」


「そこまでは知らねーけど」


 妖精さんは決して全知の存在ではないらしい。


 だがノクターナの知り合いに妖精はいないはずだ。ノクターナのことはどこまで、そしてどうやって知ったのかを探りたいところだが、きっと答えてはくれないのだろう。そんな気がした。


 妖精さんについて、もうひとつ知っておかなければならないことがある。彼女が何者なのかについてだ。どこから来て、何のためにいるのか。ノクターナの考える仮説は当たっているのか。


「妖精さん、一瞬耳を塞いでくれない?」


「あたいにサプライズ?いーよいーよ、あたいに気を遣わねーでさっ」


 妖精さんのことだ。これからノクターナがしそうなことなど察しがついていてもおかしくないけれど、彼女は陽気に耳を塞いだ。頼んでいないのに目も瞑っている。


 それから、ノクターナは今ここにいる全員を一瞥したあとルカと目を合わせた。突然のことで当のルカは戸惑っていた。


「な、何ですか姫様」


「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。――ねえ。彼女は、妖精さんはどこから連れて来たの?」


 きっと妖精さんに聞いても答えてくれない。だったら別の人に尋ねれば良い。


「詳しくはボクらも知らないんです。前時代の魔物が今も生きてるだなんて話、噂くらいにしか思ってなかったんですけど、切り札として探してたらあたいがそうだって名乗り出てきたらしくて――」


「ちょっと待って」


 ノクターナは混乱した。仮説を立証する足掛かりどころか直接話されるとは思わなかったからだ。つまり、妖精さんは英雄による討伐を何らかの方法で永らえた存在で、それを彼女自身が認めている。

 あり得ないことだ。探してみたら見つかった、なんて四つ葉のクローバーみたいな感覚で言うものではない。やはり、彼女は危険だ。


「因みに聞くけど、切り札にっていうのは何?」


「姫様の国を取り戻すための切り札ですよ。あ、救出作戦にも間に合ったし、そっちでも使いませんか」


 ルカはあっけらかんと言った。


 冗談じゃない。あの時代の魔物は発見した瞬間にしかるべき機関に連絡して処置をすべき存在だ。それをよもや利用しようとは、結果が推察できたものではない。

 ルカは魔物について詳しくないのだ。多くの者が知っているはずの常識をまだ教わっていないのだ。だから彼女を利用しようなどと思えるのだ。でなければ、気が狂っている。


「取り敢えず、彼女を利用する作戦は白紙にして、鳥かごの中でゆっくりさせておいてね」


「どうしてですか?もしかして姫様、もっと確実な方法を思いついたんですか?」


 ルカは期待を込めた目で言った。


 そうだ、このタイミングで言ってしまおう。ノクターナが今日ここを訪れた理由。何も鳥と戯れるためではないのだ。


「救出作戦は僕一人でやるから。君たちは手を出さないで」


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