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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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ロスト・ワンの戦い3


 城郭都市ライアーレイ。左右を険しい崖にいう天然の防壁と、前方に高い壁と堀を有する少々特殊な大都市である。防衛拠点として考案され建設されたこの都市は想定以上の賑わいを見せることになった。

 その功績を称え都市の名前は考案者の名前と、彼が好んで演奏したとされる楽器の名前から付けられたと言う。


「急に何の話?僕たちは旅人であって歴史学者じゃないよ」


「そう言わずに、教養は大切ですよ。それに旅人というのはこういう話を好むのでしょう?」


 好むのは認めるけれど知っている話を自慢げにされても困るのだ。どこで知ったと聞かれても困るので指摘はしない。


 沈黙が辛いからと言って雑談をするような仲ではないはずだ。自称貴族がその話題を出した理由について考えていると、彼は「到着しました」と言って立ち止まった。

 ある程度の食料を分けてもらう約束を交わしたルドルフたち一行は案内されるがまま、昨晩紐なしバンジージャンプを経験した付近に来ていた。

 当てつけだろうか?性格の悪い。


 道端に放置された花束が哀しそうにこちらを見ている。


 ルドルフが花束に気を取られていると、そんなもの意に介していない様子の自称貴族が石ころをひとつ拾い上げた。


「また勝手に抜け出したんですか――」


 自称貴族がポケットから取り出した鍵で開錠する。ギギギッ――、と重い金属の扉が軋みながら開けられる。

 どうやら内部は倉庫になっているようだ。ここで食料を見せつけながら条件についての話をするのだろう。正確の悪い。


 そんな考えはすぐさま打ち砕かれた。なぜならそこに食料などなく、倉庫ですらなかったのだから。


 だだっ広い内部に、それを満足に照らせない昼光照明。物資はほとんどなくがらんどうとしていて、数少ないそれらは一部分に集められている。

 腰ほどの棚上に載せられた心許ないライト、セミダブルのベッド、小さな冷蔵庫。どれもがこの都市に来て初めて見たものだ。一人暮らしの家のようだが調理器具の一切がない。


 そんな場所、ベッドの上。寝転がって落としたら唇を切る体勢で本を読んでいた少女は、一行が訪れた音に気付いて身体を起こした。


「外出は控えて下さいと言いましたよね?」


「――、いや、抜け出してなんて――、はあ、うるさい。お前が私に指図するな」


 少女はため息の前後で語気を大きく変えて言う。


「庶民。私の許可なしに誰を連れて来た?」


「探偵さんが話していた件の二人です。覚えていらっしゃいますか?」


「私を馬鹿にするな。連れて来なくて良いと言ったことまで、しっかりと覚えている」


 少女は座ったまま、近付いてきたルドルフとノクターナを値踏みするように見る。頭頂部から足先まで余すところなく、心の内まで見透かそうとしているようだ。

 居心地の悪さで唾液を飲み込むと、少女は手をぽんっと叩いて納得がいったような口調で言った。


「なるほど。お前たち、そこの庶民に弱みを握られているな?」


「急に何をおっしゃるんですか。彼らの好意ですよ」


「ならばお前たちに何を言っても仕方がないか。――良かろう、私の名はハートレイだ。一応そこの庶民らの上司に値する」


 ハートレイ。

 ナイフで雑に切り揃えたような毛先をした、透き通るようなシルバーの髪の少女。幼く清楚な第一印象を与える顔つきだが、それを真逆たらしめているのは口調よりも全てを見透かし見下したような紅玉の瞳が大部分を占めている。首からは片手で覆い隠せないくらいの輝きを有る、宝石に似た何かあしらったペンダントをかけている。


 そして何より、彼女は――。


「はじめまして。僕らも名乗った方が良い?」


「良い。ある程度聞かされている」


 ルドルフがハートレイについて考えている間に、ノクターナが握手をしていた。動揺の色が見えないのは流石と言うべきだろう。


 ハートレイの瞳に見透かされる前に話題を変えたくて、部屋の中でも一際存在感を放つそれを見遣る。

 白い布でぐるぐる巻きにされた、自称貴族よりも背が高い何か。最低限をコンセプトとされていそうなこの部屋には異様に異質な代物。重苦しく近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


「それが何か気になるか?別に気に掛けるのは良いが、絶対に触るなよ」


「――勝手に物色する趣味はないな」


 触ったら殺すとでも言いそうな権幕だ。


 ルドルフは冗談っぽくあしらうけれど、それへの興味は尽きないでいた。シルエットさえわからなくとも、独特の雰囲気をルドルフは見たことがある。

 森羅万象に輪郭が与えられるよりも前。


「幼少期に――」


 他の人と比べてやけに少ない幼少期の記憶のひとつだ。


「儀式用の杖、だよね。珍しい。初めて見たよ」


「良くわかったな?答えを教えてやるつもりはなかったが、正解だ」


 儀式用の杖作成できる職人はもういない、ロストテクノロジー。ノクターナですら見たことがないようなものをどこで見たのだろう?ルドルフは首を捻って考えてみるけれど、記憶は複雑に絡まった線のようで根本に辿り着けない。


「そんな危険なもの、何に使うの?」


 ノクターナは何気ない質問のように聞いているけれど、正義感のようなものが見て取れた。ノクターナの両手に力が入って、感化されたルドルフもハートレイの言葉に耳を傾ける。


 それくらい儀式用の杖は細心の注意を払うべきで、平和な時代には無用の長物なのだ。


「少しばかり派手な魔法を使うために用意させた」


 ノクターナの眉がピクリと動く。ハートレイの回答には責任感や誠意といったものが足りなすぎた。


 それを知ってか知らずか、ハートレイはルドルフたちの二歩後ろにいる自称貴族に目配せをしながら言う。


「私からのプレゼントだ。受け取れ。口止め料と、カツ丼には荷が重かっただろう?」


 いつの間に用意していたのか、自称貴族は持っていた大きめの袋をルドルフたちの鞄の中へ無理矢理詰め込む。重い。

 パンや干し肉といった日持ちする食料や、旅人にはなかなか手に取りがたいフルーツのような嗜好品が数食分。それから、貴金属で作られたアクセサリーや金や銀といった世界共通の通貨が幾らか。


「――――」


 量が量だ、破格に思う。


 断片的な知識とノクターナの杖に対する反応を鑑みて。


 正直なところ、杖に対してルドルフが持っている情報はその程度だ。だからルドルフには、博物館に飾られるべき骨董品がここにあるという情報に、どれだけの価値があるのかわからない。

 安くはないのだろう。袋の中を見ればそれは明らかだ。

 確実に言えるのは、一介の旅人ごときの口止めに暴力ではなく少なくない通貨を払ったことと、杖に触れようが触れまいがハートレイはこれを渡すつもりであったのだろうことだけである。


「ルドルフ――?」


 様子のおかしいルドルフを心配したノクターナを、ルドルフは意図的に意識から除外した。


 ルドルフの頭の中で警鐘が鳴り響く。踏み込むべきではないと。不本意な流れながら、この都市に不法侵入した目的は達したのだから。


「――足りないな」


「ほう――?」


 引き際はまだもう少し先にある。


「少しばかり派手な魔法で、何をするつもりだ」


 にやりと笑うハートレイは、顔立ち相応の少女のようにも百年の時を生きた知識人のようにも思えた。


「――良い、教えてやる。捨て台詞のように言って面倒臭い女のように一生付きまとう呪いにしてやろうと考えていたが、今伝えても変わらんだろう」


 好奇心は猫を殺すと言うが、多くの場合において先人の言葉は正しい。


「戦争だ。負け戦と言い換えても良い。ライアーレイは放棄された。住民が居ないのも物資がないのもそのためだ。だが――、無血開城なんて癪に障ることをこの私が許すはずないだろう?」


 ハートレイは悲しそうな瞳で、同時に確固たる意志を持ってそう言った。


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