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そしてまた、この地へ  作者: 朱殷


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前哨8


 ゴーアは独りである。


 ゴーアは独りでなかった。いつも誰かに囲まれていた。それをゴーアは知らなかった。

 ゴーアは彼らを友達でないと思っていても、その逆は友達だと思っていた。ゴーアの力に恐れて囲いに加わった者もいたけれど、そういった人たちは皆すぐにゴーアの元を離れていった。

 最初に離れたのは、ゴーアの仲間一号だった。ゴーアがガキ大将を目指すよりも昔、家が近かっただけの一つ上の兄みたいな存在。彼はゴーアが子供たちを統べ始めた頃に、親の引っ越しとかでこの街を去った。

 次に離れたのは、誰だったか覚えていない。名前も、顔も。どんな順番で離れてどんな順番で入ってきたのか。覚えていない。興味もなかった。

 最後に離れたのは、思えば一番僕だった時間の長かった奴だ。何時の日か、根性あるなと褒めた記憶がある。誰かをいじめるとき以外にも一緒に遊んだりして、けれど結局いなくなってしまった。


 ゴーアは独りである。


 それを寂しいとは思わない。それはルイスのせいだから、ルイスをぶっ倒せば万事解決なのだから。


 けれど、どうしてだろう。夜の風はゴーアに「寂しいだろう、寂しいだろう」と囁きかけてくるのだ。「寂しいだろう、寂しいだろう」と。

 嗚呼、そんな言葉ばかり聞いていると、自己暗示のようにそれが正しいように振る舞い始める。「寂しいだろう、寂しいだろう」。嗚呼、寂しいとも。独りぼっちなんて生まれたとき以来なのだから!

 それを口にするのは、トップの器ではないのだ。


 冷たい夜の風は嫌いである。


 けれど今ばかりは、その寂しさも心なしか和らぐ気がした。不安が解消されるような気がした。まるで両親の胸の中で抱かれているように。

 思えば、両親に抱かれたのはいつが最後だったろう。ゴーアが生まれたとき?テストで良い点数を取ったとき?いいや、違う。妹が生まれたときだ。妹が生まれたとき、ゴーアと両親は喜びに明け暮れて、それから両親の目は妹以外を映さなくなった。両親の瞳にゴーアはいなかった。


 人を傷付けたとき、必ず人は相手を捉える。親が抗議しに家に来たとき、両親はゴーアを見る。ゴーアにはそれが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

 そうしてちまちまと注目を集める日々も今日でおしまいだ。何せ、手元には拳銃があるのだから。服の下に隠した重い金属は、きっと火薬の音は皆の耳に届いて、ゴーアは独りじゃなくなるのだ。


 これまでで一番頭に残っている名前はルイスかもしれない。ルイスは妬ましい。ルイスの母親は繁盛した宿を経営していて、目が回るくらい忙しいはずなのに、たったふたつの目はルイスを映している。

 ゴーアの両親も忙しいのだろう。ルイスの母親ほどではなくても、それ以上かもしれない。けれど四個もあるはずの瞳はひとつだって、ゴーアに向けられない。妹が四個を独占して、それでも妹なのだ。ゴーアには矛先を向けることができなかった。


「もう、夜だ」


 拳銃を隠しているという事実からだろうか。普段よりも歩くのがいくらか遅くなって、ルイスを探すのに時間がかかってしまった。今まで会ったことがある場所を巡ったのも、これで最後だ。

 公園の鯉が住む池の中心にある小島。そこには休憩用のベンチがあって、馬鹿みたいに寛いでいるではないか。その上忌々しい魔法使いも一緒ときた。これは、神の誘導と言わずして何と言う。


 拳銃を隠したまま小島に近づくと、魔法使いがルイスをかばうように立ち上がった。


「こんばんは、お昼の。ええと、何の用かな?」


「――ただの散歩」


「そっか、こんな時間に。感心しないね」


 女の魔法使いが一歩前に出て喋る。男の魔法使いは逆に一歩下がって、ルイスを背中に隠す。なるほど、役割分担か。

 それは正しいのかもしれないが、女の言葉を使うなら感心しない。男なら女を守るべきだ。それなのに女に守られるように動くなんて、腑抜けにも程がある。

 よし、決めた。まずはあの男の魔法使いから撃とう。それから女の魔法使いを倒して、最後にルイスだ。でも片方の魔法使いを撃っている間に魔法を使われたらどうしようもないし――。


「いや」


 違うな。


 ゴーアが魔法を受けたのは一度だけ。あの時は驚いて二人とも魔法使いだと思ってしまったが、本当に二人ともなのか?わからない。杖を出してくれればわかるのだが、判断材料がない。

 五分五分と言ったところか。魔法使いは絶対数が少ないことを考えれば、片方だけの可能性が僅かに高くなる。どうせ二人ともなら正面切っては無理なのだ。片方に賭けるべき。

 だとしたら、男と女どっちが魔法使いなのか知りたい。


 魔法の発動にはラグがあると聞く。合理的に考えるなら、相手から距離を取りたいはず。だとすれば男の方か?でも、魔法使いは生身の人間よりずっと強い。強い魔法使いを前に出すのは、それはそれで合理的だ。

 わからない。とりあえず、距離を詰めないと。拳銃を外さない距離まで。


「そんなに近付いて、もう一回水浴びしたいの?今は夜だから、風邪引いちゃうよ」


「――そうかもな」


 もう少し、もう少し。警戒して杖を取り出してくれるなら御の字だ。そっちを狙う。


 もう少し。――この距離なら外さない。エアガンなら触った経験がある。

 瞬間、二人が同時に動く。男は更に一歩下がって、女の方が杖を取り出した。魔法使いはあっちだ。


 服の下の銃を取り出す。狙う。引き金を握る。

 それに集中しているゴーアは気付かない。拳銃の真下からそれを突き上げるように氷柱が射出されていることに。

 銃口が空を向く。パン!と乾いた銃声が夜空に響く。


 しくった。そう思った頃にはもう遅く、近付きすぎた弊害だ。即刻男に取り押さえられ、拳銃は取り上げられていた。

 一瞬のことである。


◇◆◇


「あれ、この国って銃禁止されてるよな?」


「うん。そのはずだよ」


 子供でも銃を容易に買える国は存在するが、少なくともここはそうでない。

 だったら、どこから仕入れたのか。簡単に考えるならミシルスが売ったことだが、こんな子供にまで売るだろうか。あるいはどこかで拾ったか。だとしても、銃が規制されているこの国じゃそれも難しい。


 彼は外さないように距離を詰めてきたし、銃への知識はあるようだが使い慣れてはいなさそう。だとすれば、入手したのは最近。自称探偵に知らせれば何かわかるだろうか。


「た、旅人さん、急いで――」


 ルイスがしきりに服の裾を引っ張る。何をそんなに焦っているのか、思考を一旦打ち切ると、遠くから規則的な音が響いていた。

 警察が鳴らすサイレンだ。銃声を聞き付けてこちらに向かってきている。どうにも仕事が早い。


「さ、早く逃げるぞ。そこで固まってる――ええと、いじめっこも」


 放心状態のいじめっこの腕を引いて、ルドルフたちはサイレンと逆の方向へと逃げる。「どうして俺まで――」なんてほざいている奴のことは無視して、ひたすらに。

 ルドルフも銃を持っているから、怪しまれるのは面倒だったのだ。最悪。銃を撃った犯人にされかねない。それはごめんだ。

 いじめっこは放置でも良かったのだが、連れたのにはもちろん理由がある。


 訊きたいことがあったからだ。何故俺たちに撃ったのかもそうだけれど、それ以上に銃をどうやって手に入れたのか。それがわかれば、あの色々を隠して要領を得なかった自称探偵のお願いも企みも、その一部くらいは解明できるような気がした。

 同時に、ルイスをどうすべきかの問いについて答えを出せる気がした。


 ルドルフは悩んでいたのだ。ミシルスを捕まえるのは確定として、そのあとルイスをどうすべきなのか。犯罪者の息子としてのレッテルを貼られるルイスを、そのままにしておくのは間違いだ。けれどそうするのが正解かわからなかった。

 この拳銃があれば、どうにかなるかもしれない。そんな謀略を巡らせて、ルドルフたちはサイレンから逃げていた。


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